第2話 サカモト
サカモトは怒っていた。
先日カミュナ村での一件の後始末をしていた時の事だ。
山向こうにある帝国領から、二人の男と大量の魔獣が侵攻してきた。
村の被害は大きく、人の命も多く落とす事になった。
村長に今回の顛末を伝え、村の被害と復興の算出。
王都への報告書作りの手伝いまでさせられ、解放されたのは空が白んだ頃だった。
そこでようやく気付いた。
イクス達がいない。
自分がイクス達に置いていかれた事にサカモトは落胆した。
いや、そもそも付いていくかどうかの話すらしていないのだから、その落胆は道理に合わず彼らに非はないのは明らか。
置いていかれたというのは、あくまでサカモトの所感でしかない。
だが、せめて挨拶の一つもあって良いのではなかろうか?
何も言わず居なくなるのは人としてどうかと思う。
一度そう考えてしまうと腹が立ってしまい、なかなかその怒りを沈める事が出来ない。
不思議なもので、どれだけ相手に非がないと理解していても、腹が立つものは立つのである。
もっとも、置いていかれたのではなく……正しくは存在を忘れられていたのだが……。
この事実に考えが至ったのは、サカモトが森でイクス達を追い越し、そこからもっとも近いこのイヤル町に着いた後だった。
「……ぐすっ」
思えば過去にもこのような経験がなかったわけではない。
臨海学校の時、集合時間が間違って伝わり集合場所の空港に着いた頃には誰もおらず、みんなからは『え? いなかったの?』と言われた事。
遠足、病欠、運動会、文化祭、卒業式……。
「や、やめよう。この考えは不毛すぎるよ……」
過去のトラウマを反芻し、その都度心のヒットポイントは赤く明滅していた。
「こういう時はこの手に限るってね」
気分を変えるために少し温くなったコーヒーを口に運んだ。
イヤル町の東側にある喫茶店の一番端のテラス席、そこがサカモトの定位置となりコーヒーを飲むのが日課となり始めていた。
コーヒーとサカモトは呼んでいるが、地球のコーヒー豆よりも空豆ほど大きな豆を使っている。
日本の飲み慣れていたコーヒーとは違い、豆感が強くとろみがあり雑味も多い。
甘味は希少なので元来微糖派のサカモトも、強制的にブラック派に引き摺り込まれてしまった。
「……ふぅ。……どうしよ、もう先に行っちゃったかな」
サカモトにはレイラ達に付いて行きたい理由があった。
……出来たというべきだろうか。
先日の一件でサカモトはレイラに命を狙われた。
当時は恐怖や怒りを始め様々感情が襲ったが、これが生き残ってみると不思議なもので、残ったものは『疑問』であった。
何故レイラは自分を襲ったのだろう。
自分の事を『未確認種族』だと、あの時レイラは言った。
他にもその『未確認種族』はいるのだろうか。
……いたのだろうか。
是非知りたい。
もし自分の他にも『未確認種族』がいるのであれば、それは『私と同郷』なのかもしれないのだから。
そのためにはレイラ……っぽい何かともう一度会う必要がある。
そう決意に燃えるサカモトだった。
行商人としてそれなりに経験を積んだからか、はたまた怒りに身を任せたからか、サカモトの行動は早かった。
それはその日の内にカミュナ村を出て、夜にはこのイヤル町に着いたほど。
だがイクス達の足跡がこの町には無かった。
この町を迂回するとは考えづらく、先を行ったという事は恐らく無いだろう。
カミュナ村を出たのなら、まず間違いなくこの町を経由するはずである。
となると……。
「やっぱり……森で迷ってる……のかなぁ」
既にこの町に滞在して一週間経とうとしている。
徒歩で森を抜けるのに一日として、そこからこの町まで一日かからない計算だ。
サカモトはまさかと思いつつ「もう一日待ってみよう」を繰り返し、今頃になって心配が怒りを上回った。
日が暮れる前に捜索隊でも依頼しようか……そんな事を考えていたら遠くの方で何か動いた気がした。
「んん? …………っ!?」
魔物かもしれないと、サカモトは即座に鞄から単眼鏡を取り出しみる。
単眼鏡越しに映ったもの――――。
――――それは楽しそうにこの町へと向かうイクス達の姿だった。
泥だらけになりながら、けれども楽しそうに和気藹々とこちらに向かっている。
まるで遊び疲れた子供のようだ。
彼女達の姿を眩しく感じるのは……恐らく夕焼けのせいに違いない。
胸中に飛来した感覚。
まるで学校の班分けの時のような……。
それは間違いなく『寂しい』という当たり前の感情だったが、サカモトはそれを認める事は決して出来ない。
異世界で『寂しい』という感情を受け入れてしまえば、間違いなく心が折れるから。
それは死んだも同じ事なのだから。
だから決してサカモトは認めない、受け入れられない。
だから決してなんでもない風に全くもって気にせずこう言うのだ。
「やぁ皆、一週間ぶり」と。
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おかしい。
目の前にサカモトがいる。
ついでに青筋立てて。
何故村にいたはずのサカモトが、今目の前にいる? 何故怒っている? ……全くもって分からない。
「サカモト殿? 何故ここに……村にいたはずでは?」
「ボク達が森で迷子になっている間に追い抜かれたのです?」
「よ、ようサカモト奇遇だな」
極めて普通に努めて声をかけてみた。
「……いや、村での僕が出来る事が終わったからこっちに戻ってきたんだよ。そしたら君達はまだ来てないって言うじゃないか。もう少ししたら捜索隊を依頼するところだったよ」
乾いた笑いでそう語るサカモトだったが、サカモトの胸の内など知る由もないイクス達は首を傾げるしかない。
「心配させて悪かった。森の中で迷うって予想以上にやばいな」
「……まったく、宿に案内するからその泥を落としなよ」
「おなかすいたのです」
「お風呂入ってからね。……結構臭うよ」
「「すぐ入ろう(なのです)」」
サカモトの一言でステラとイースラはビクッと震えて宿へと急かす。
やっぱり臭いには敏感らしい。
森の中で「なぁ、お前ら臭くねぇ?」と、思わず言った時は本当に殺されるかと思った。
レイラでさえ鬼の形相で「ぶっ殺っ!!」、なんて言い放った時には唖然としたもんだ。
レイラと言えば、さっきから様子がおかしい。
なにやら俺の後ろに隠れて息を潜めている……つもりになっている。
「どうした?」と尋ねても、ぷるぷる顔を振るだけで要領を得ない。
サカモトは何かを察しているのか苦笑いを浮かべている。
「さぁ宿屋に行こうか、あっちの二人が暴れないうちにね」
宿屋は町の中央広場と南側の出入り口の間にあった。
俺達が無一文だとサカモトに明かすと、『村長からお金預かっているから大丈夫』と帰ってきた。
サカモトの言葉に俺達は安堵し中に入る。
俺もレイラも中の様子に驚いた。
清掃の行き届いた空間。品の良い調度品、壁に掛けてある絵画、所々に敷いてある絨毯、それらを照らす照明。
カミュナ村と比べ、何もかも違っていた。
「レイラは分かるが、何故お前も驚くのだ?」
「奴隷がこんな上等な場所に来れるわけないだろ」と周りに聞こえないよう返す。
かつて俺は奴隷だった時期がある。
仲間内に対してはさほど隠す事に意味を感じてはいないが、体面的には隠しておきたい。
面倒を自ら招く趣味はないからだ。
奴隷に対する感情は決して良いものではない。
身内に売られた者、自ら売った者、犯罪を犯した者、犯罪に巻き込まれた者。
奴隷になったその瞬間、彼らは者ではなく物になる。
彼らは資源であり資産であり労働力、それが世界の認識だった。
元奴隷にしてもそうだ。
物から者になった人間に向ける感情など好意的な訳がない。
サカモトが受付けを済ませ鍵を受け取り、俺達は二階に進んだ。
「じゃあこれ、レイラ様とステラさんとイースラちゃんの部屋」
「ちょーーーーと待つです! ボクは男なのです!」
「え”? どうしよう……僕とイクスの部屋はそれぞれ一人部屋だし……」
「イースラ、あまりわがままを言ってはいけない」
ステラがイースラを窘めた。
もっとも、イースラの気持ちもわかる。
男にも決して譲れない尊厳があるのだ。
「イースラこっちこいよ、狭いけど一緒に使おう」
「流石お兄さん! 話がわかるのです!」
ててててと部屋に飛び込んで行ったイースラ。
やれやれと俺は頭を掻いたが、レイラ達は何やら怪しい目線をこちらに向けていた。
「……二人でナニを使うのだ?」
「……ぐへへ」
「……まさかのイクスがホモな件について」
「ホモじゃねぇよ!! てめぇサカモトふざけんなよ!」
レイラ達は『きゃーーー』と悲鳴をあげながら蜘蛛の子が散らすように、それぞれの部屋に逃げ込んで行った。
何故かちょこちょこ俺にホモ疑惑が出るのは何故なのだろう。
「……疲れた。風呂入って寝よ」




