第2話 勇者の印と蒙古斑
「どどどどどうしようイクスゥゥゥ私勇者なんてむむむ無理だよ!!」
「あっ、こら! 俺を巻き込むなよ!?」
「そそそんにゃこといわにゃいでよぉぉおおおおぉ!!」
「レイラさんやめて下さい、襟を掴んでガクガク揺らさないで下さい、悪酔いしてしまいます」
「心の距離をとらないでぇぇえええええええぇ!!」
あ、やべっ本当にちょいと気持ち悪くなってきた。
オッホン!
二人の内、背の高い方のイケメンが咳払いをする。
今は兵士達は外へ、二人は中央の丸テーブルに腰を落ち着かせている。
他の男衆はというと、酒を飲み続けていた。
何故なら今日の酒代は、コイツらが持つと宣言したからだ。
金なんて役に立たねぇよ!と誰かが言ったら幾つもの酒樽が運び込まれ、男衆は嬉々としてそれを受け入れた。
……俺も呑みてー。
イケメンの咳払いにレイラはピタッと動きを止めると、錆び付いた扉の様にギギギとイケメンの方を向く。
「レイラ様、話をしてもよろしいか?」
さて、無関係の俺はあっちで呑み直すか。
「イ、イクスも一緒で良いのなら!」
レイラはこともあろうか、俺の腕をがっちりホールドして話さなかった。
「「…………」」
無言で威圧してくるイケメン達。
いや、わかるよ。俺だって離れたいよ? でも、離してくれないんだよ!? だからそんなに殺意向けないで!
そんな俺の気持ちが通じたのか、はたまた諦めたのか、溜め息を吐くと手のひらを出してきた。
隣の元凶を見ると何故か頬が膨れていた……コイツなんなの?
俺も諦めて席に着くことにした。
「先ずは私達の紹介をしよう。私達はヴァルスティン神聖王国に仕えている。名をステラ・スカイストファという。職業は……まぁ今は良いだろう。」
(ステラとか随分可愛らしい名前だな。)
カミュナ村にも、女名のような男はいる。総じて、自分の名前にはコンプレックスを抱いているものだ。
幸いにして、イクスは名前ネタで煽るような年ではないので、大人の対応でスルーすることにした。
話は変わるが、エルフは精霊術を操る。
精霊術は文字通り、精霊の力を借りた術だ。
体感速度、索敵、翻訳を始め様々な術がある。
とりわけ精霊術で代表的なのは幻惑だ。
精霊は幻惑が得意なのだ。
つまりは、そういうことだ。
イクスがエルフにびびっていると、レイラがとんでもないことを言い出した。
「ヴァルスなんとかって何?」
「「「え?!」」」
「……おまえ、自分の国の名前も知らないの?」
「そんなの日々の生活に必要なの?」
事も無げにレイラは言った。
「まぁ、確かに」
「納得しないでください!!」
ちっこいのが声を荒げて訴えた。
「実際、この村は王都から大きく離れているからな。この村のほぼ全てが自給自足によって賄われているんだから、神の威光も弱いのは仕方ないさ」
「ぐぬぬ、由々しき事態なのです」
「レイラ様の教養の無さには恐怖すら覚えたが、話が逸れていくので戻させてもらうぞ」
イケメンの言い種に俺は腹も……立たなかった、事実だし。
「神聖王国で先月御神託が降りた。この村のレイラという娘が勇者の印を与えたと」
「印? おまえそんなもん貰ったの?」
「もも貰わないよ!? 知らない人から物を貰っちゃダメって、お婆ちゃんに言われてるし!」
なぜキョドる?
じとーと見つめてみた。
あははと目が泳いでいるものの……まぁ、嘘は無いだろう。
何て言ったって『勇者の印』なのだから。怪しいって程度じゃ済まない。お菓子じゃないんだからな。
「印って具体的にはどんな物なんだ?」
「我々は『聖痕』と呼んでいる。物ではなく、身体の何処かにそれが現れているはずだ」
「失礼ですが、ご確認させていただいても良いです?」
ちっこい神官はそう言うと、レイラを店の奥へつれていこうとする。
「ちょっと待てエロガキ」
「え、エロガキ!?」
ちっこい神官は怒ったようにこっちを見た。
「いくらガキでも立場に託つけて、異性の裸を堪能しようなんざ見過ごせるかよ」
そう言うと、ちっこい神官は頭上にハテナマークを浮かべた。
次第に言葉の意図を理解したのか、ちいさく「……あっ」と呟くと顔を赤く染め上げる。
「ボボボ、ボクは――っ!?」
「すまない、不躾だったことを詫びよう。誓って言うが、この者は決して不埒な意図はなかったと、私が保証しよう。今女官を連れてくるので、確認させていただきたい」
ちっこい方がなんか言おうとしていたが、ステラと名乗ったイケメンが手で制止、素直に謝ってきた。
しかも、その上で自分達の主張を通し、「店の奥を借りても?」と店長の許可を取り、あれよあれよという間に女官二人がレイラを連行していった。
そもそも、さっきの女官は何処から出てきた?
……もしかしたら、酒場の外には奴らの仲間が大勢いるのだろうか?
神官がいるのだから、偽者という事はないだろう。
この大陸で彼らを敵に回す馬鹿はいないだろうしな。
という事は……もう成り行きに任せるしかないんじゃないか?
「あ、あの……」
再び酒を呑もうとしたところ、先程のちっこい神官が声をかけてきた。
「先程はごめんなさいなのです!」
「良いさ、それに俺に謝ることじゃない。無関係って意味でもな、完全に俺は部外者だよ」
「ボクはイースラと言うのです。イースラ・ミュスラ、神聖王国では特別神官という立場なのです。」
「特別神官? 聞き馴染みのない役職だな」
「特別、とはいっても与えられている権限は大したものではないのです。実際には見習い神官と何も変わりはしないのです」
見習い神官は勇者宣告なんてしに来ないだろうに……その辺りを含めて特別なのかもしれないな。
若いうちから謙遜してちゃ将来大きくなれないぞ?
そんなことを考えながら返事をしたもんだから「ふーん」なんて気のない返事をしてしまった。
イースラと名乗った少年は唇を尖らせてすねてしまった。
ついでにステラにも睨まれていた。
どうしたものかと困っていたらレイラが戻ってきた。
「……印がございました、間違いございません」
女官がそう報告してきた。
「ふーん? で、どこにあるんだ? 見せてみ?」
「ちょっ!? 見せれるわけないでしょ! イクスのえっち!!」
「……すまん、見せなくて良い。」
えっちと言われて大方どこにあるのか予想が付く。
そういったデリケートな部分には、触れない聞かない近づかないが俺の過去の経験だ。
「臀部にございます」
女官が余計な事を言い出した。
「言わんで良い!!……臀部?」
臀部っておまえ、それって、ただの……蒙古斑じゃねえの? とイクスは思った。思ったが決して口には出さなかった。
「……ブふっ」
が、堪えることが出来なかった。
2017/06/05 初校のテキスト投げてました。
2017/07/12 一部加筆修正