第11話 古樹竜の試練ーその1ー
目が合ってしまった。
金色の目玉に十字の瞳孔。
土気色の竜皮。
鼻孔と口からは煙が洩れている。
古樹竜。
この世の頂点に君臨する獣。
その爪はオリハルコンでさえ削り取り、一度の息吹で数千の命を吹き飛ばすとまで謂われるドラゴン。
死と理不尽の権化。
イクスは瞬間理解した。
死ぬ。
何も出来ず、抗えず、喰われるか潰されるかの違いでしかなく。
死ぬという未来に帰結していることに。
そう理解した瞬間、イクスは弾かれるように逃げたした。
「逃げろぉぉおおおおおおおおお!!」
それは絶叫に限りなく近い。
イクスの声に反応し、レイラ、イースラ、ステラの三人も洞窟目掛け駆け出した。
「愚盧錏錏錏錏錏錏錏錏錏錏錏錏錏錏錏錏錏錏錏錏錏錏!!」
古樹竜が背後で咆哮をあげる。
地鳴りを伴ったそれは歓喜の声だったように感じ、イクス達は震える。
幸い、イクスとステラは足を止めなかったが、レイラとイースラは立ち竦んでしまった。
すかさずイクスはレイラとイースラを抱え上げた。
レイラは腰に、イースラは肩へ。
「あわわわ、ドドドドラゴンとお見合いなのです!」
「ふざけている場合か!! 早く守りの呪文を!」
「わかってるのです! だ、だからお尻揉まないでなのです!! レジストアーマー! プロテクションシールド! パワーディフェンスボディ!」
刹那、俺達に爆炎が襲った。
膨大な熱量が迫るのを感じたイクスは、咄嗟にレイラとイースラを庇い、容赦ない爆発をイクスの背で一身に受ける。
激しく吹き飛び、そのまま洞窟の中に転がり下る。
「ぐっ……ステラ天井を崩せぇぇええええ!」
ステラは詠唱を持って返事をした。
「求めるは紅火、黄土と静水は混じり合い、価値ある黒は強靭な壁となる!グランドウォール!」
洞窟の壁、床、天井から土が盛り上がり、絡み合いながら壁を作った。
壁の隙間から古樹竜が放ったであろう火の粉が見えたが、壁が赤黒く変色すると隙間もなくなる。
ジュウジュウと音がなっているので、まだ安全とは思えない。
「みんなぁー無事〜?」
「な、なんとかぁ〜」
「ハイなのです〜」
「ふへぇ、死ぬかと思った……イクス?」
レイラの声に答えるべき声は返る事は無かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ステラの魔術により、出入口を塞いだ事で洞窟の中は暗かった。
暗闇の中、ステラは自分達の身に起きた事を振り返っていた。
突如として本物の竜に襲われた。
あまりに突然の出来事に思考が停止していた。
何故も、どうしてもない思い至れなかった。
ただ眼前の存在に恐怖し、呼吸すら忘れていたに違いない。
イクスを除いて。
イクスの声に我に返り、なんとかこの洞窟に逃げ込めたのだった。
どうやら皆無事のようで、己の悪運の強さに感謝したい。
「……ステラ、明かりをお願い」
どこか強張った声のレイラに、ステラは違和感を感じる。
……嫌な予感を見ないふりをしながら、ステラは明かりを灯し、直視した。
「……う……そ、だ」
「イースラ!!」
「はいなのです!!」
嫌な予感は当たっていた。
何故なら先ほどから鉄の焼けた臭いが鼻に衝いていたから……。
目の前には背中が焼け爛れ、無数に石に穿たれ血に塗れたイクスがいた。
「あぁ……わた……ちが……いや、あぁぁぁあぁああああああ!!」
レイラが悲痛な叫び声が洞窟内に響き渡る。
「レイラ様!? 落ち着てください!」
取り乱したレイラの体を抑え、顔色を伺う。
レイラの目は何処にも焦点があっていなく、止めどなくその瞳からは涙があふれ出ていた。
「私が!? イクスが!! 嫌っ! そんなの!!」
「落ち着いてください! レイ……レイラ!!」
「っ!?」
頬を打つ事でやっとレイラと目が合った。
「落ち着くのです! ここで取り乱してどうなるのですか!!」
「でも! 私がイクスを無理矢理!!」
「違います! 『私達で』巻き込んだんです! あなた一人がどうだというのですか!」
レイラは自ら震える肩を抑えながら、イクスに目を向けた。
そしてまた一度は止まったはずの涙が流れ出す。
「……どうしよう……イクスが、死んじゃうよぉ」
「大丈夫です。今イースラが神聖術を施しています。必ず、元に戻してくれます」
「治る?」
「絶対に」
「……――」
気が緩んだのか、レイラはそのまま気を失った。
(歳相応の少女……至極当然のことではないか)
気を失ったレイラを抱きとめたまま、ステラはイースラの治療を祈るように見守る。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(マズいマズいマズいのです!!)
お兄さんの状態は非常にマズいということが言えました。
火傷の状態がかなり深刻なのです。
恐らくお兄さんの背中は炭化していて、通常の神聖術では治せない。
仮に治せたとしても、その前にこの無数に突き刺さっている石の欠片を、取り除かなくてはならないのです。
こうして手をこまねいている間にも、傷口から刻一刻とお兄さんは血を失い続けています。
後ろの方で何やら騒がしい声が耳に届くのです。
レイラ様が取り乱しているご様子。
本当はボクも一緒に騒ぎたい気持ちに駆られるのですが、お兄さんを救うほうが先なのです。
(ダメ……ボクの神聖術じゃ助けられない)
ボクの今使える神聖術は大きく分けて『体力回復』『防御力アップ』『解毒』『治癒』『属性耐性強化』の5つ。
どう考えてもこれらを使ってお兄さんを癒す事など到底かなわない……。
でも……まだ手がないわけじゃない。
(ボクはお兄さんの身の安全を保障したのです)
村でイースラはイクスに対して『絶対に守る』と約束した。
約束を違えるわけにはいかない。
『どんな手を使っても』イクスを守ると強い情動にかられるイースラ。
もちろん聖職者として。
「ステラ、レイラ様のショートダガーを借りるのです」
イースラはステラの元に歩み寄り、気を失ったレイラの腰にあるそれを鞘ごと手に取る。
「……神聖術では助けられないのだな」
「……手段は選べないのです」
「安心しろ、レイラは今眠っている。今なら大丈夫だ、私も目を瞑っていよう」
思わず笑ってしまいましたのです。
「随分仲が良くなったようなのですね」
そういうと案の定、ステラは頬を上気させたのです。
「必ず、助けるのですよ……お兄さん」
悲痛に歪むイースラの顔は、幸い誰にも見られることはなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
暗闇だった。
天は暗く、木屑の山に立っていた。
「……ここは? 皆は?」
俺の脳裏には、爆炎を受けた瞬間を思い返していた。
無力だった。
強大な理不尽の前では、人はただの畜生でしかない事を痛感させられた。
畜生はただ、成す術もなく蹂躙されるのみだという事を。
皆はどうしただろう。
何とか無事にやり過ごせただろうか。
イースラが無事なら何とか出来るだろう。
ついでに俺の事もどうにか助けてほしいが……。
当てもなく、歩きながら皆の身を案じていると――
ずるりと、まるで泥に足を捕らわれるかのように身動きを取れなくなる。
「…………っ」
足元を見るとそれは血だった。
木屑から泥のような真っ赤な血が、足を絡め捕りじわじわと、身体中を這い上ってくる。
辺りが血の池に変わり頃には、両手、肩、口までが血に縛られずぶずぶと沈んでいく。
「……ぉがっ……っそぉ……っ!?」
必死に足掻いていると、プカプカと何かが浮き上がってきた……何かじゃない。
間違いなく人だ。
一人や二人じゃない。
何百、何千……もしかしたら万はいっているかもしれない。
そこは最早血の池ではなく、肉の池であった。
おびただしいまでの死体の数が、自分を招いているように感じる。
もう喉元まで沈んでいる。
もがいても、あがいても、周りの肉が揺れるだけで意味をなさない。
むしろ肉が揺れる姿が、こちらを嘲笑っているかのようだ。
水面が揺れる様に、この肉の池も揺れた。
そして揺れた拍子に目が合った。
「――――」
見開かれたそれは、縋るような色、失望の色、怒りの色、悲しみの色、諦めの色、嫉妬の色、それらが綯交ぜになった濁った色。
目が離せない、離せるわけがない。
それは俺に向けられた目。
この目を俺は知っている。だから絶対に目を反らしてはいけない。
鼻先が沈んだところで、その眼が揺れる。
「――ぃゃだ」
完全に沈んだところで微かに、でも確かにそう聞こえた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
瞼が自然と開いた。
頭に少しの怠さを感じ、あまり思考がまとまらない。
朝まで呑み明かして、夕方まで寝ていた時に似ている。
(……だる。どこだここ?)
寝ぼけ眼で辺りを見渡すと、三人がこっちを凝視していた。
(こわっ!? ……な、なんだコイツラ? …………あ)
そこで漸く思い出した。
古樹龍に襲われた事、自分の身に何が起こったかを。
「…………おぅ」
「イ”ク”ス”ゥゥゥゥゥ」
おずおずと手を上げて挨拶するイクスだったが、その瞬間弾かれたように抱きつかれた。
あ、これはマジなやつだ。
皆黙って俺にしがみ付いて離さない。
気恥ずかしさがありつつも、イースラやレイラの頭を撫でておく。
「心配かけてごめんな。――て、俺裸じゃねぇぇか!?」
瞬間、弾かれたようにみんな離れた。
自肌の感触の生々しさに、より気恥ずかしさを感じる。
視界の端に、俺が着ていた服だったものがあった。
なお、下は無事だった模様。
「…………あれ? なんで俺無傷? 全然痛みが残ってねぇ」
古樹龍の炎によって確かに焼かれたはずだった。
だが実際には火傷どころか、擦り傷ひとつない……。
「なんか、前より調子が良いみたいだ」
体が軽い。
先ほどあった頭の怠さも抜けたようで、身体中に活力が溢れている。
「イースラに感謝することだ」
「お前の神聖術どんだけ万能なんだよありがとう!?」
「神聖術じゃないのですよ」
イースラはイクスと見据えて言った。
「ボクの神聖術ではお兄さんの傷は治せないのです」
「ん? どういう事だ?」
「お兄さんの背中はあの炎で焼かれて炭化していたのです。それに加えて無数の石がお兄さんに刺さって……とてもじゃないですが今のボクにはどうにも出来なかったのです」
「だが俺は現にこうして――」
「それはなイクス、イースラは偶々希少なポーションを持っていたからだ」
間を挟むようにステラは言った。
ポーション。
神聖術が使えなくても、生命力やマナを補充できる水の事だ。
生成するには専門知識が必要で、まず一般市場には出回らない。
主に冒険者ギルドや軍、教会などでしか出回っていないものだ。
だが……ここまでの効果を発揮するものなのだろうか。
「イースラが持っていたのは『特別製』でな、通常のポーションと違うのは…………イクス、お前自身が味わった通りだ」
「……なるほどな」
なるほどなとか言ってみたが、実はあまり理解出来ていない。
まだ少し頭が霞みがかっている感じがする。
だがなんにせよ、またもイースラに助けられたわけだ。
イースラには本当に頭が上がらないな。
「イースラ――
「ごめんなさいなのです!!」
イクスの言葉を遮るようにイースラは地に伏せた。
イクスを含めて皆呆気に取られた。
「ボクはお兄さんの安全を保証したのです! にも拘わらずこの体たらく! なんとお詫びをしたら良いのか……本当にゴメンなさい!」
「…………えっと」
困惑したイクスはレイラとステラに視線を向けるが、二人ともイクスと同様に困惑していた。
(おいっ! どうすればいいんだよ)
(は、励ます? とか!)
(私にもわからん!! なんとかしてくれ!)
(ぐっ……)
イースラは震えるように体を縮めて、顔を上げようとはしない。
頭を掻きながら、どうするべきか考えた。
「……イースラ」
「……は、はい」
「そんな約束は忘れろ」
「は、はい……え?」
「というか俺が忘れてたわ。ごめんな」
「え? ……えぇえぇっ!?」
「俺は俺のしたい事をして怪我をした、自業自得じゃないか。お前との約束の範囲外だろ?」
「で、でも……」
「イースラ!」
「――っ」
上手く説得できない。
こういう経験が皆無だから、どうすれば良いかわからないんだよ。
それでも精一杯伝えるしかない。
「俺達は何も間違っていない。それは分かるな?」
「…………」
「俺がした事は間違いだったか?」
「……ないのです」
「お前が俺を助けたのは間違いだったか?」
「…………ないのです」
「お前に助けられたのは間違いだったか?」
「間違って、ないのです!」
イースラの瞳から涙が零れる。
イースラにはイースラの葛藤があったんだろう。
俺を守るという約束が、却ってイースラを苦しめたらしい。
「ほらな。誰も間違った事をしちゃいねぇんだよ。それでも怪我する時はするもんさ。お前は俺を助けてくれたんだ、感謝しかねぇよ」
「お兄……さん」
「本物の竜が出るなんて地元住民の俺だって予想出来ないさ。だから大丈夫。大丈夫なんだよイースラ」
イクスはイースラの頭を撫でる。
「お兄さんっ!?……」
「ありがとうイースラ、おかげで俺は生きている」
「…………ボクは男なのですよ?」
「分かってるわ!! 俺もそっちじゃねぇよ!! ……無理して敬語じゃなくて良いんだぞ?」
「無理なのです! ボクは立派な聖職者となって皆をひれ伏させる存在となるのですから」
「おもいっくそ下衆い野望だな!? ……あっ」
イクスはへへへと笑うイースラの後ろと目が合った。
「ステラさんステラさん」
「なんですかレイラさん」
「さびしいね」
「さびしいな」
「二人の世界作ってるよ」
「入れないな」
「愛なの? 生まれちゃった?」
「それはそれで尊いものだ」
「心配したよね」
「あぁ、軽く取り乱すぐらい心配したな」
「さびしいね」
「さびしいな」
「「すいませんでしたーーーー!!」」
男二人はひれ伏しました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
二人で精一杯の謝罪をしてなんとか許してもらえた。
「どれくらい俺は寝てたんだ?」
洞窟の中なので今が夜なのか朝なのか、さっぱり分からなかった。
「んーー、お腹のすき具合で考えると今は昼くらい?」
「その思考には異論を唱えたいが、残念ながら私も同じ結論だ」
「日の出と共に襲われたので、4時間くらいなのです」
良かった、何日も過ぎていたら心配した村の人間が、この山を登ってこないとも限らない。
とはいえ、あんなデカ物が飛び回っているんだ、今頃村はパニックを起こしているだろうな。
「4時間……そんなにか、奴はどうしている?」
「まだこの周りをうろついているようだ、炙り出そうとしているのだろう、時折地鳴りがここまで響いているな」
「ちっ、完全につけ狙われているわけか……早いところ作戦を練らねぇとな」
「でも、出た瞬間を狙われない?」
「レイラ、流石に近くにあんなデカい奴がいたら分かるのではないか?」
ステラさん、そのデカい奴に奇襲されたの忘れたのかね?
「まぁたイースラの神聖術頼みになりそ……ぅ……そういえば、イースラあの時詠唱してたか?」
「あ、バレてたのです?」
イースラはばつが悪い顔をしながらも、否定することはしなかった。
つまり、無詠唱で神聖術を発動させたのを認めたという事だ。
「これがボクの切り札なのです」
取り出したのは一冊の本だった。
「本……聖書?」
「……ま、まぁーそうとも言えるのです?」
「いや、俺に聞かれても……」
「この本には神様への感謝の『祝詞』を書き溜めてあるのです。あの時ボクは4つ神聖術を発動させたのです。この本に書かれた言葉……ほら、ちょうど4節消えているのです。」
聖書をみると確かに何か書かれた文字が消えた跡が残っていた。
書かれているのは、様々な神々に対する『よいしょ』の言葉が永遠と書き連ねられている。
これは聖書って言えるのだろうか?
イースラが言い淀んだのがわかった気がした。
「でも『祝詞』も限りがあるのです。使うのは本当に危ない時だけなのですよ」
「わかってる。使うタイミングはイースラが決めれば良いさ」
「これから……どうする?」
レイラが不安そうに俺を見る。
運良くこの洞窟に逃げ込めたが、外ではさっきの奴が待っている。
奴が暴れているのか動き回っているだけなのか分からないが、この洞窟の中まで振動が伝わるので、まだ離れていないのが嫌でも分かってしまう。
「どうやってあのドラゴンから逃げるかだな」
「そもそも、どうしてこの山にあんなドラゴンがいるんだ?」
ステラの疑問はもっともだ。
この山にあんなドラゴン……古樹竜がいるのか。
「つーか、あんなのがいたら村はパニックになっているだろうし、村が今日まで存続していること自体がおかしい」
「でもこれまで村に被害は出てないよね」
レイラの言う通り、これまで村でドラゴンのドの字も湧いたことがない。
ドラゴンは災害と同じ、相手にするだけ無駄。
が一般的な認識だった。
実際、目の当たりにして骨身に沁みたね。
「たまたまこの山に来た……とかなのです?」
「ドラゴンの生態として、一度決めた住処は滅多な事では離れないと云われているな」
「住処を逐われた? 仮にそうだとして、王都では何か情報は掴んでいなかったのか?」
ステラもイースラも心当たりがなさそうに唸っていた。
「そもそも、何か情報があれば騒動になっていただろうな」
「内も外もいつも通りだったのです」
果たして王都がドラゴンの情報を掴み損ねるだろうか……。
「なら元々この山にいたんじゃない?」
「「「え?」」」
レイラの言葉に三人が驚く。
「あんなに大きいならすぐ分かるし、突然湧いたんじゃないなら元々この山に住んでいたんじゃないの?」
「仮にそうだとして、なぜ村はドラゴンの存在に気づかなかったのだ?」
「この山、見ての通り岩肌だらけじゃない?村にとって何の役にも立たないもの。好き好んで登る人なんてまずいないわ」
そういえばサカモトはこの山を登っていったんだったな。
無事でいるのだろうか。
「あの古樹竜が村を襲わなかったのは、どう説明出来るのです?」
「さぁ? 興味なかったんじゃない?」
「そ、そんな……」
ステラは開いた口が塞がってない。
だが、今のところ唯一まともな意見を挙げられたは、レイラだけだった。
もし仮にこの山にドラゴンが向かっていたのだとしたら、王都がそれを掴めない訳がない。
この勇者宣言も、それこそ軍隊でこの村に押し寄せて来ていただろう。
つまり、王都はドラゴンの存在を知らなかったのだ。
デブ鳥をわざわざ連れてくる必要もなかったことから、断定していいだろう。
なぜ知らなかったのか。
それはドラゴンは元々この山に住んでいたから……。
何故今の今まで、その存在が見つからなかったのか……その説明が出来ていない。
あの図体、村にいて気付けないのは何故なのだろう。
でも俺はレイラの意見に納得してしまっている。
あのドラゴンは昔からここに住んでいたのだと。
レイラのことを見くびっていたのかもしれない。
「案外話しかけたら友達になれるかもね」
「「「それはない!!(のです)」」」
上げたら下げなきゃいけいない病気にでもかかってるのか?
レイラは頬を膨らませて拗ねてしまった。
「では、これからどうするのだ?」
二度目のセリフはステラから出た。
この山に元々ドラゴンがいたとして、それでも現状は変わらない。
俺達はあのドラゴンに標的となってしまった。
「運良く逃げられたとしても、奴は追ってくるだろうな」
「村の方には逃げられないわね」
「森に逃げ込むのはどうなのです?」
一瞬、悪くない考えだと思った。
岩肌むき出しの山の斜面を下るのはそう難しいことではない。
森に入ってしまえば、古樹竜から逃げ切ることも可能だろう。
……だが、逃げ切った後はどうだろうか。
俺達の姿を追って、森を焼いてまわるだろう。
そして――
「巡り巡って村に来そうな気がするな」
「むむむ、八方塞がり感が半端ないのです」
「……いっその事山を越えるか」
「「「え?」」」
三人はギョッとした目で俺を見た。
「山のこっち側は村に向いていて逃げれない。だったら登って反対側まで行っちまうしかないだろう?」
「あれに見つからずにいくものかっ!?」
たまらずステラが叫び出す。
「ここで引けば村に被害が出る。引けない以上俺達は進むしかない。ここで留まっても餌になるだけだ……違うか?」
「ぐっ……す、進んでも餌になるだけ――
「させねぇよ。お前たちをちゃんと生かして旅立たせてやる。絶対に」
「……卑怯だ、お前は……ん?ちょっと待て、お前……まさか!?」
「馬鹿野郎! 死なねえよ! せっかくイースラに助けてもらったんだぞ!! 超絶大事に生きるっての何勘違いしてんの!?」
「お、おぅ」
死にたくない。
でも、覚悟はしないと駄目だろう。
俺は不敵に笑って宣言する。
「生憎俺はな、あの糞トカゲにコケにされたままで、黙っているほど村人やってねぇんだわ」
この中に一人、半裸の男がいる……。
2017/07/24 加筆修正
2018/01/27 加筆修正




