第7話 竜がいないかもしれない山
勇者一行は登山を始めて、現在は中腹を越えた辺りにいた。
ここまで特に竜と出会うこともなく来ている。
最初こそ話す元気もあったのだが、今は黙々と皆黙って歩いている。
疲れたわけではなく、代わり映えの無い環境に飽きてしまったのだ。
見渡す限り岩岩岩岩ばっか。
ステラは特に辛そうな表情はしていない。
一方レイラとイースラの二人は目が半目にして、先ほどからずっと退屈そうにしている。
目の前にはレイラとイースラが歩いている。
ステラは二人に聴こえない程度に声を落とし話しかけてきた。
「イクス礼を言う、ありがとう」
「突然どうした」
突然の謝意に戸惑う。
こいつにの言動の端々で、見下した感じを受けていたからだ。
なんでもない様に装っていたけど、割と根に持っている。
「お前が取り持ってくれなかったら、少々厄介な事態になっていただろう」
「やっぱり殺す気だったか?」
「こ、殺す? 何でそんな物騒な話に!? ……だ、だがそうだな。少々手荒な手段を取らなくてはならなかったとは思う」
そこに大して違いは無いのではないのだろうか?
大事にならずに本当に良かったと思う。
「お前は随分とレイラ様から信頼されているのだな」
「俺もびっくりしたよ」
内心ちょっぴり引いていたことは内緒だ。
レイラが俺に向ける信頼は……俺自身から見ても尋常じゃなかった。
俺何かしたかな?
イクス自身、思い当たる節はなかった。
「自覚していなかったのか?」
「言っておくが『そういう関係』じゃないからな」
「別にそういうのを勘ぐったわけではないさ……半分ぐらいな」
勇者は象徴でもあるからな。
男の影なんてのは潰しておきたいんだろう。
「レイラの事、守ってやってくれな」
「村長にも似たような事を言われたよ。……我が種族の名にかけて誓おう」
エルフの名に用いたことで本気だという事を理解した。
少なくとも、ステラはレイラの味方でいてくれるだろう。
「……うん?」
ステラは耳をピクピクさせた。
「近くで水が流れる音がする。そこで一度休憩を取ろう」
「あ、本当なのです。微かに水の香りがするのです」
なんか犬猫みたいだな。
と思っていたら睨まれてしまった。
そんなに顔に出やすいのだろうか?
昔は何考えてるか分からないと、良く言われたもんだったのだが。
その頃を考えれば、今は幾分か改善したと言えるのかもしれない。
ステラ達に付いていくと、二人は洞窟に入っていた。
かなり近づかないと洞窟がそこにあるとは気付きそうもない。
「暗きを削る赤光。トワイライト」
ステラが灯りの魔法を使う。
赤い光がゆらゆらと周囲を灯す。
(……あれ?灯りの魔法って魔術じゃなかったか?)
灯りの魔法は魔術に該当するはずだ。
魔術は攻撃性の高い魔法なので、この魔法は別の系統に思われるかもしれないが、この灯りの魔法の熱量を上げたものが火の魔法に当たる。
つまり、火系統の魔術のもっとも初歩的な術がこの灯りの魔法になるというわけだ。
まぁ便利な魔法ではあるので、精霊術にもそういった術があるのかもしれないとイクスは勝手に納得した。
洞窟のなかは大人三人がゆったり歩けるほどの横幅があり、道は緩やかに上に延びている。
至る所に脇道があり、恐らくは蜘蛛の巣の様にこの洞窟は広がっているのだろう。
ステラ達がいなければ迷ったまま出れなくなりそうだ。
レイラがキョロキョロと辺りを見渡しながら進んでいるのが目に止まった。
何がそんなに珍しいのかと、俺も辺りに目を凝らす。
土壁が何かの鉱物を含んでいるのか、灯りに反射して紫色に煌めいていた。
俺とレイラは顔を見合わせ、笑った。
何年もこの村にいていながら、いまだ知らない事があったのが少し楽しい。
村の人間がこの山を登る事はない。
登ったところで何かあるという訳ではなかったからだ……今までは。
村に戻ってこの光景を皆に語ったらと思うと、楽しみでならない。
一方、ステラとイースラは怪訝な顔をしていた。
「それにしても、こうまで生き物がいないとは……にわかに信じられない状況ではあるな」
「……そうなの?」
「そうなのです。森もなのですが、この山はもっと変なのです」
「普通なら何らかの生態系がある。死の山と云うならともかく、ここには水気もマナもある。こうも生物だけが『いない』というのは不自然だ」
「へぇー、色々考えてるのね」
「お前は何も考えてないのね」
「虫は嫌だなぁくらいは考えてるわ」
「レイラ様、泣けてくるのです」
「それよりも、そろそろ洞窟を抜けるぞ」
先を見ると外の明かりが差し込んでいるのが分かる。
洞窟を抜けると広い場所に出た。
そこから更に先へ続く道はなく。
周囲は高い天然の壁に囲まれており、天井は吹き抜けていた。
奥をみると水が沸き出し湖を形成している。
そして丁度そこには、水を飲んでいるブクブクに肥えた鳥っぽい生き物がいた。
「「「いたーーーーーーっ」」」
「ピエェエーーーーーーッ!?」
沸き上がる三人とは別に、俺は一人乗り遅れた。
(あれが……竜?)
全身を覆う毛は白く、丸々と肥えた大きさは成人男性ほどもあり、翼竜に特徴が見られる嘴とクリっと真ん丸い目。
幸い竜尾が無いのか、極端に短いのか、毛に覆われて見えなかった。
聞いていた姿と合致するのだが、実際目の当たりにしてしまうと改めて考えてしまう。
(竜ってなんだったっけ?)
2017/07/22 一部加筆修正




