七
七
家に帰った私は机に頬杖を付いてただぼーっと考え事をしていた。
私は私が好きではなかった。旅行先においてもその欠陥が露呈した。とにかく考え過ぎてしまうのである。バカみたいに生きている鶏が羨ましかった。
昔は考え事をする事を趣味などと謳っていた。いい気なもんだ。日々面白い事を考え、不思議に思った事を考え、その結果を人に話して面白がらせるのが好きであった。そう言うと趣味と言っても過言ではないように思える。しかしいつからかそれは方向を変えた。あるいは視野が広くなったのかもしれない。人間であったり、社会であったりというような事まで考え始めた。
きっかけは覚えていない。しかし、きっかけかどうかはさておき脳内に未だしがみついている記憶が一つある。その時、私はおそらく人生において最も長く、深く考えていたかもしれない。
人間不信。そういう言葉を耳にする事ならそれまでにも何度かあったが、実際に経験したのはその時が初めてであった。
私には当時、特別仲の良い三人の友人がいた(その三人はFとは別に)。一人は男であとの二人は女であった彼らとは出会ってすぐに意気投合し、週末になると集まって酒を飲む事が多かった。
出会ってから約一年が経った頃だった。私は彼らとの関係に違和感を感じ始めた。それは私の勘違いのようにも思えたが、結局のところそうではないんだと悟った。
私は彼らを心から信頼していた。と、同時に感謝をしていた。友人が少ない私にとってこれほどまでに仲を深められたのはとても有難い事であった。私はいつでも彼らの機嫌を損ねないために気を配った。こう言うと、対等な関係とは思えないかもしれないが、私は決して無理やりに気を配っていたわけではない。人間関係には如何なる理由であれ必ず最後が来る事を解っていたからだ。死であるかもしれない、引っ越しであるかもしれない、いずれにせよ私は「別れ」というものが心底嫌いであった。しかし、どうしたって訪れてしまう別れに対して私は、今一緒にいる人たちを大切にする、という抵抗を取っていたに過ぎず、決して義務感を伴うものでは無かった。また、私はそれを当然のことだとも思っていた。
ところが、どうやらそれは一般的では無いようであった。そしてまた彼らも、そうではないように思い始めたのだ。私がする気配りを知ってか知らずか、同じように気を配られる事はなく、からかわれても冗談で済ます私の性格をいい事に、時に度の越えたからかい方をして来たりと、だんだん彼らを信じるのが難しくなっていった。
それでも私には彼らに対する感謝の気持ちがあった。そしてやはり彼らの事が好きであった。私は自分を説得にかかった。
思い過ごしである。
考え過ぎである。
彼らは彼らのやり方できっと私を思っていてくれているだろうし、ましてや気配りに見返りを求めるなんて言語道断だ。
何度も頭と心の中で唱え、寛容ではない自分を戒めた。
ところが、その説得もいよいよ限界が来てしまった。その説得すら無駄に思え、私はみるみる生気を失っていった。
次第に彼らに会いたくなくなっていった。この仲間が出逢って以来、私にとっても彼らにとっても初めての出来事であった。酒の誘いも断った。コンサートの誘いも断った。それが私に出来る最大限の抵抗と救難信号であった。
私は、きっとこの異変に気付いて寄り添って来てくれるものだとばかり思っていた。一年の付き合いのある「仲間」である。第三者視点に立って見てもそれは当然だと思えた。
しかし、彼らは一向に近付いてくる事は無かった。酒の誘いなら何度かあった。私はまた断った。それだけの事であった。
私は愕然とした。私は私という人間が果たして彼らの何であるのか、私の存在価値は何なのかが解らなくなった。「仲間」と呼び合いそれなりに長い期間付き合いをもって、全員で楽しい時間を共有し合って、互いに互いを思いあって、そういう関係性だと思っていたものが崩れ落ちてしまった。あれは私の理想郷でしかなかったのか。彼ら三人の中には「仲間意識」というものが存在していなかったのか。
私は人間が解らなくなった。恐怖さえ覚えた。
あくまで私は、楽しい空間を作り上げるための駒でしかなく、その役割を果たせなくなったら捨てられるだけの存在だったのか。そこの関係性の中に感情というものは生まれなかったのか。この「仲間」という関係性は、単に私の片思いであったのか。それではその「仲間」という関係性が崩れた今、私たちはどの関係に落ち着くのか。「知り合い」か。「他人」か。
この一件によって、それまで抱えていた違和感にも答えが出た。やはりそもそも私がしていたように気を配ったり大切に思ったりという気持ちは彼らにはなかったのだ。それなのに私は精一杯彼らを大切にしていたのだ。あまりに残酷だ。
この時、人間は自分が思っていた以上に冷たい生き物であると知った。私の目には、感情を持たないサイボーグのように映った。しばらく前までは、一緒に楽しい時間を過ごしていた「思い出」も単に「過去」として簡単に忘れ去られていくんだろう。そうして「過去」という綱も繋がっていない駒が急に誘いを断るようになっても決して惜しくもないんだろう。きっと私が死んだって彼らは驚きも悲しみもせずに彼らを生き続けていくんだろう。
死にたいという「死」に対して前向きな気持ちというよりも、生き続けたくないという「生」に対して後ろ向きな気持ちで過ごすようになった私は、ある日街中で彼らの内の一人の女に出くわした。あろうことか声を掛けてきたのは向こうである。
「最近元気?」
以前と変わらない溌溂とした口調で、さも心配していたかのように聞いてきた事が、私にとっては気持ちが悪かった。彼女も私と彼らの間に起こった異変に気付いていないはずが無く、その証拠に「元気?」などと平気で聞いて来て、それでいて今日という日まで何のアクションも起こさずにいたのだ。この一件を見て見ぬふりをして、何事も無かったかのように以前と同じ調子で私に接してくるその態度は、本当に感情の有無を疑う。
私は「元気だ。」とだけ返した。するとまた「最近全然会ってなかったから心配していた。」などと言ってきた。心配していたのであれば、どれだけでも起こせる行動はあったはずだ。私だってそう簡単に姿を消す事は出来ない。家に訪ねて寄り添う方法さえ思い付かなかったのか、と考えている内に、彼らが私の事をどう思っていたのかが気になってきたので私は質問をした。
「俺が誘いを断っていた間、俺の事やその事実をどう思っていた。」
彼女は悪びれる素振りも、同情の様子も見せず変わらぬ顔色と口調のまま「心配してたよ。」などと言った。
「じゃあ何故俺に話を聞きに来なかった。」
「誘いを断るって事は、それなりの理由があるんだろうと思って、変に口出しをするよりは、また集まりたいと思ってくれるまで待っていようと思っていた。会いたくないなら、会わない方がいいと思っていた。」
とても筋が通っていた。きっと彼女の中の正義なのだろう。ただ、私にはどうしてもそれが冷たく感じた。ただ単に、余計な面倒事に巻き込まれないようにその身を守っていたに過ぎないだろうと思った。「私の意見を尊重する」という聞こえの良い言葉でもって本音を隠して、都合のいいように考えているに過ぎない。
「俺が誘いを断る理由を知ろうとは思わなかったのか。」
「私に頼って来ないという事は私には関係の無い事で力になれない事だと思っていた。」
「仲間」という言葉を都合よく掲げても、他人は他人なのである。私には冷た過ぎた。
私は、私が死んでも誰も悲しまないのだと気付いた。