表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷彩狂騒曲  作者: 三箱
4/4

「朝だよ」


 爽やかな声で目が覚めた。

 見知らぬベットの上で起き上がる俺。


「よく寝ていたね」


 振り返ると、見知らぬ銀髪の長い髪の女性が花瓶に花をさしていた。


「君は誰?」


 素直な質問。遠慮がなさすぎる。だけど俺は気がつくと女性に尋ねていた。

 女性は驚くこともなく、悲しむこともなく、ただ静かに俺を見つめた。


「じゃあ。あなたは誰?」


 少しだけはにかんだ表情、そして返ってきた質問にドキッとした。

 そんなの決まってる。

 俺は……。



 誰だ?




「クハッ!」


 口の中に溜まっていた水を吐き出した。

 俺は意識を取り戻した。

 直後全身に走る激痛。そして息苦しいような暑さ。視界がぐるぐる回り今どこにいるのかさっぱり分からない。

 もやもやする息苦しい。

 そして、上にかすかに見えるぼんやりとした人のような影。


 途端に背筋を凍りつき、その影に向かって拳を振りぬく。何度も何度も振り抜く。

 だが拳は空を切り、その影は拳の穴を作っては戻り、そして穴が空いては戻りそして次第に消えていった。

 散々喚いたせいか、少しだけ痛みが引いてきた気がした。疲れはてた僕はまた意識が遠くなっていった。


 再び目を開けると、素直に綺麗と思ってしまった。

 黒をベースに、ばら撒かれた光の粒たち、それが群をなして一つの川を描いていた。

 その周りにも大きく渦を巻く光の集団たち、それが少しずつほんの少しずつだけ動いているのがわかる。まるで生きていると錯覚するその壮大な光景に俺は目を奪われた。


 ふさふさとした、ふわふわとした感触が体全体を包む。

 視界の端から伸びる黒く先が長いものは、鋭利なものではなく、撫でるように優しいものであった。

 ゆっくりと起こした体。

 不思議と軽い体。

 自分の腕を撫でるように、肌の状態を確認する。

 さらさらとした肌。傷のような引っ掛かりはない。

 でも俺はだいぶ傷を負っていたはずだよな。そして濁流にのまれていったはずなのだが、なぜ夜空綺麗な穏やかな場所にいるのだろうか。


 それか。俺は死んだのか……。


 考えてみる。

 それなら、あの廃墟にいた時点で、その線を疑ってもよかったな。

 ここが死後の世界か、それとも違う世界なのか。

 まあ。今考えても仕方ないか。

 体が動くなら、歩いてみる。そして知ることか。

 自分で自分を納得させて、俺は立ち上がった。


 漆黒の夜空に広がる星たち、そして辺り一面に広がる草原。そして少し遠く見える丘々。色ははっきりとは分からない。仄かに白く光り、黒く陰るだけ。 

 どの方向に進もうか。

 ぐるっと見回すが、ほとんど変わらない光景に、早くもげんなりする。

 とりあえず歩こう。

 俺は一番高そうな丘を目標に歩き始めた。


 サッ。サッと草をかき分ける音、さらさらと服を撫でる感触。

 風は一つもない。虫らしきものもいない。絵の世界にいるようだ。

 少し勾配になった所を歩幅を狭めながら進んでいく。ようやく上りきるとまた果てしなく広がる草原と丘。

 気が遠くなる。

 いやまだまだ先はある。次の丘を越えたら何か見えるかもしれない。

 丘を下るともう一度上って行く。

 そして、また広がる草原の丘。黒と灰色と白で着色された世界。

 俺はもう一度。歩く。

 乗り越えても広がる草原の丘。黒と灰色と白で着色された世界。

 もう一度歩く。

 広がる草原の丘。黒と灰色と白で着色された世界。


 足を止めた。


 地に膝がつく。力が抜けて、地面に吸い込まれるように体は下がり、べたっと座り込んでしまった。

 果てしない同じ風景は、無情にも力を奪っていく。

 終わりのない世界。

 終われない世界。

 ペタンと背中を地面につけて、空を仰ぎ見た。

 さっき目覚めた時と変わらない光景。

 綺麗なのは変わりない。

 いやでも、今はただ無機質にこの哀れな少年を眺めているのではないか。

 思い込み過ぎか。

 わからない。


 しばらく横になろう。疲れているんだ。悪い夢だ。これも全部悪い夢だ。あの光景も女性に襲われたのもただの夢だ。

 そうだ。俺は現実を逃避するように目を閉じた。


 真っ暗闇。背中の土の冷たくて生暖かい感触と優しく支える草。触感は残っている。風の音は聞こえない。虫の鳴き声も聞こえない。隔絶された世界か。


 ザッ。ザッ。ザッ。


 土を蹴り草を鳴らす音。


 無音の世界に入り込んだ異物。

 ゆっくりと大きくなってくる音。


 ザッ。ザッ。ザッ。ザッ。ザッ。ザッ……。


 音が停止する。時が停止したように固まった……。





 ザザザザザザザザザザザザザザザザッッッッ!!


 



「ああああ!」


 跳ねるように飛び起きた。

 そして静かに後ろに振り返った。


「……」


 誰もいなかった。

 広がる草原と変わりない風景。

 ツーと頬を伝って汗が下に落ちていく。

 頭の中から書き消したはずの血まみれの女性の残像が、チラつく。

 悪い夢にしては、質が悪い。


「……」


 どこか遠くに行くべきか。

 でもどこに行けばいい。


「……」


 行くしかないか。

 吐息ともに出てきた感情に、一つの諦めを混ぜながら、足に力を込め立ち上がる。

 どっちから来たかすらわからなくなる。目印のない草原。

 もう一頑張りしようかと投げやり

 また、歩き出す。

 だが結果は変わらない。


 変わらない。変わらない。変わらない。変わらない。変わらない。


「……」


 再び地に膝が着いたとき、もう歩く力なんて無かった。

 秒もかからず、地面に横たわった。

 もう諦めた。

 次、足音がやって来たとしても、もう驚かない。なるようになるしかない。

 目を閉じて、少し耳だけ澄ました。


 何も聞こえない……か。


 さっきのはただの偶然か。

 たまたま聞こえただけか。

 もうそれでいいか。

 何も考えず、起きたらただの夢、そう思うことにした。

 そして、俺は眠ることにした。



「君は誰?」


 問いかけてきたのは誰だ。

 どこかわからない白い空間に、ただ聞こえる声。


「君は誰だ?」


 反応はない。


「君は何を望んでいるの?」


 知らないそんなもの。それが俺の感想。

 知るはずもなく、知ることもなく、むしろ知りたい。

 いや。一つあるか。


「この訳もわからない世界から脱出したい」


 気がつくと叫んでいた。

 だがこれに対する答えは返ってこなかった。


「違うよね。違うよね」


 何を言っている。

 何を知っている。


「君はーーなんだよ」



 

「くはっ」


 はあ。はあ。はあ。はあ。

 最悪の寝覚めだ。胸がムカムカする。手汗がびっしょりとし、くらくらとした頭。

 何を見ていた。途轍もなく嫌だったことしか覚えていない。

 くそっ。

 満足に眠ることもできないのか。

 心臓の鼓動が落ち着くまで、深く呼吸をする。

 どくどくと感じる血液の流れは、徐々に収まっていく。滲んでいた汗は体をなぞるような空気が少しずつ吹き飛ばしていく。


 風……。


 ササー。サー。と音を立てて、草原が月の光を反射させながら波打っている。

 

 風が吹いている。そして月が見えている。

 風なんて吹いていたか。月なんてあったか。

 疑問に思った俺は上を眺めるた。


 そこには真ん中が黒く開いた、ドーナツ型の月が大きく空に浮いていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ