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迷彩狂騒曲  作者: 三箱
3/4

「ああああああ!」


 肩が焼ける。熱い。痛い。訳がわからない。

 叫んでも嘆いても消えない。容赦ない痛みが俺の心を疲弊し、蝕んでいく。


「たまらない。叫び」

 

 耳元を擽るような声、嫌にも透き通った声。そして愛おしそうに頬を撫でる異様なまでに透き通った白い手。心地いいとすら思えてしまう。甘い声と痛み、飴と鞭といえばいいのか。いや、そんな生易しい話ではない。

 腕がちぎれそうな痛みにそんな悠長なことなんて言えるはずない。


「ふう」

「ああああああ!」


 微笑む声と同時に僕の肩から真っ赤に尖ったものが突き出した。鼻を刺激する禍々しい血の匂い。もう正気を保っているのも時間の問題だ。


「嘆いて……。嘆いて……。嘆いて嘆いて嘆いてぇ!」


 耳にかかる吐息と深く押し込まれる悪意。そして長くつき出す真っ赤に染まった刃。その刃が今度は角度を変えて抉られる。喉から血が逆流してき、変な鉄の味が舌と鼻を支配し、意識が混濁し視界が霞んできた。赤くグチャグチャにな色に染まった肩。もう動かないよな。

 もうよくわからない。もういいか。死んだら楽になれるか。

 抵抗する力もない。このまま用水路に飛び込めば死ねるか。

 隣に流れる水を眺める。ランプの光が反射しゆらゆらと映る俺と……。俺だけか。


「ふう」


 すると後ろから首元にかけて切っ先がキラッと光る。同じく頬に添えられる白い掌。

 

「叫んで……。叫んで……。叫んで叫んで叫んで叫んで!」


 チクっと首元に走る痛み。

 皮膚の上を這うように流れ始める血。

 気持ち悪い。


「そして死ぬまで諦めないで。諦めた人間ほどつまらない人間なんていない」


 俺は別にあんたの、オモチャでもない。

 酷い奴だ。自分勝手な奴だ。人を刺しておいてさあ。何がつまらないってんだ。自分の都合にいかなかっただけでよ。

 諦めていた心が憤りにへと豹変する。死ぬなら、一発殴ってからでないとだめだ。

 右腕は痛みで痺れて全く力が入らない。

 左はまだ動く。

 俺はぎゅっと左拳を握りしめる。

 いや。当てずっぽうで左拳を後ろに振り回してもたぶんダメだな。

 じゃあ。だったら俺は右足をジリッジリッと後ろに動かす。


「もうこと切れた?」


 少しの間声を上げなかったせいか。

 だが……。

 俺は全力で足を上げた。そして後ろの女性の足に向けて思いっきり踏みつけた。

 しっかりとした相手の足を踏む感触はあった。

 声は何も聞こえない。だけど、首もとにあったナイフはなくなり、肩の刺さった刃は重くなったが、体は拘束から解放された。

 右肩の痺れに耐えながら、元凶に対して俺は振り返った。


「……」


 いなかった。

 そんなはずない。さっきまでいたはずだ。

 視線の先には暗い下水道の通りしか見えなかった。


 だが次の瞬間だった。


 急に現れた白い腕が俺の口をふさいだ。そして片腕がぎゅっと俺の腰に巻き付く。

 瞬時に振りほどこうと、相手の冷たい両腕を掴むが、びくともしない。

 そればかりか、さっきよりきつく掴まれる。

 俺の口を塞ぐ手が少しずつ強くなり、あごと頬骨をミシミシと悲鳴を鳴らし始める。呼吸が苦しくなる。

 下から艶やかな白い足先がみえ、すっと流れるように脚が現れる。

 そしてぐいぐいっと体が引き寄せられる。ある一定の所で止まる。

 流れる沈黙。

 全力で腕を引き剥がそうとするが、全く動かない。

 くそ。一発殴ろうかと思ったが、顔が見えない。


 いや待てよ。


 一瞬閃いた思考に従い、俺は瞬時に右脚を上げた。すると奴の白い脚がすっと奥に消えた。

 だけど今回の俺の狙いはそれではない。

 足元に置いてたランプを敵の顔辺りにめがけて蹴り上げた。

 それと同時に両腕の拘束が解け、奴の体が露になり顔に直撃する……。

 しかし俺の首元にスッと擦った感覚が走った。

 そしてジワッと広がる痛み。

 そして……。


「え」 


 カランカランカラン……。


 ランタンが転がり、横の壁に当たって止まる。


 ポタッ……。ポタッ……。ポタッ……。ポタッ……。ポタッ……。


「あーら。イタイイタイ」


 ポタッ……。ポタッ……。ポタッ……。ポタッ……。ポタッっと地面に赤い斑点が広がっていく。


「いいわねぇ。死の縁で足掻く人間って」 


 ピチャッ……。ピチャッ……。ピチャッ……。

 垂れた血の上を白い脚が歩いてくる。


「君をもっと痛めたい」


 ナイフの切っ先に付着した血を撫でるように舐める。


「あなたの身体隅々まで削いでみたい」


 ピチャッ……。ピチャッ……。ピチャッ……。

 奴の顔は、上半分が血で真っ赤に染まっており、目は見えない。

 本能が先に働き、俺は後ろに飛んで距離をとった。

 着地すると右肩から激痛が襲い、膝がつく。


「君はそちら側の人間なんだ」


 白い肌に赤い血のラインを這わせ、それを指でなぞってまたペロリとなめる。


「私の血の味とあなたの血の味を混ぜてみようかしら」


 何度目かわからない口元の笑み。

 もうイカれてるという言葉では足りないだろう。


「くっ」


 クラっと身体がふらつき、モヤッと視界がぼやけてきた。

 もう力が入らない。拳を握るが空を掴むようにフワッとした感じしかない。

 痛みと痺れで限界を迎えた身体は、もう言うことを聞かない。


「たぶんもう。動けないよね。それだけの血を流していたなら」


 転がっているランタンを掴み上げた。

 ピチャッ……。ピチャッ……。ピチャッ……。

 恐ろしくゆっくりとしたペースで近づいていく。

 奴の言う通り、もう動ける力はほぼない。頭がボーッとしてきた。

 一発殴ろうかと思ったけど、殴るほどの拳の力を持ち合わせていない。

 肩に刺さった剣。満身創痍の体。それで戦える手段なんて……。

 脳裏にチラついた思考。

 一か八か。

 ここで死ぬならせめて一矢報いてからだな。

 俺は足と左腕だけで体を後ろに引き摺り、ある一定の場所で止まり奴を正面に捉えた。

 右肩に刺さった剣を相手の喉元に構える。

 左手で転がっている小石を何個か上から覆うように掴む。

 不規則になる心臓の音、ごうっと聞こえる血管を通る血液の流れとどくどくと溢れ流れていく血。身体の音が大きく聞こえ、霞んでいた視界がはっきりとした。

 俺はぎゅっと数個の石を握りしめ、前方に投げた。

 そして最後の力を振り絞り、俺は引き摺る足を強引に引っ張りながら奴に向かって走った。

 石は緩い放物線を描いて飛び、そして何個かは光の中に消え、そして残った石はランタンに直撃した。

 軽く傾いたランタンに奴は驚くことはなく、にやっと獲物を見つけたように笑い、右手のナイフを掲げて、真っ直ぐに襲いかかってきた。

 

 来た。


 石が消えた位置。ランタンの傾きと範囲。

 相手の視界のギリギリを狙って剣を相手の喉元に構えた。


 プシャッ。


 剣は奴の喉元に突き刺さり、血が飛沫となって跳ねた。

 奴は右手で構えたまま俺の鼻先で停した。

 真っ赤な血の顔を俺に近づけ、うっすらと笑みを浮かべたまま。止まった。

 奴の血が吹き出し、俺の身体にふりかかり、真っ赤に染まる。


 本当に死んだのだろうか。

 突然動き出さないだろうか。

 死体と抱きついた状態になった俺は、後ろに残る恐怖を拭えることはできない。

 何とか左手で引き剥がそうとしたが、剣が深く刺さり全く動かない。

 ああ。ダメだ。

 自分の左手が痺れてき、視界がぼやけてきた。

 ああ。どのみち無理か。もう身体の感覚が薄れてきた。血の生暖かさに相反し、冷えていく身体。

 終わりと思うには十分だろ。


 あははは。こんな刺激的なのは初めて。


 目の前で動いた口に自分の命運を知る。

 想像通りというか、もう驚く気力もない。

 殺すなら一思いに殺せ。


 抗ってるキミを楽しもうと思ったけど、そうはいかなくなったかな。


 この言葉を疑問に持つ前に、ゴオオという耳を貫く轟音が近づいてきた。

 そして間もなくして激しい濁流に身体がのまれていったのだった。

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