美女の懇願に勝てる男はホモだと思う
時刻は午後八時。
いつもの俺ならそそくさと定時で帰っていく上司の尻拭いの残業を言い渡されパソコンと書類と格闘する時間帯だが今日は違う。
キョロキョロと周りを見渡せばドレスをきた女性がピアノを弾きしっとりとした優しくも儚いBGMを奏でている。
さらに見渡せばいかにも水商売の女風の美女と社長風の中年男性が食事を楽しみ日本人離れしたイケメンボーイが空いた皿をさげたり料理を運んだり、一派遣社員の俺なんかじゃこの一回の食事でほとんどの給料が飛んでしまうような高級店。
そんな場違いの空間にポツンと座らされこうなった原因である人物を待っていた。
「ごめんね。誘っておいて遅れちゃって、上司が二人で飲まないかってしつこくてさ。」
場の雰囲気に威圧されながら二十分が経過したところでやっと件の人物が現れ、俺の目の前に座ると手を合わせて申し訳なさそうに謝罪した。
タイトなスーツに身を包んだ凛々しい顔つきのいかにもバリバリのキャリアウーマン風の女性だ。
「あ、いえ、俺も今来たところなんで大丈夫です。にしても相変わらず先輩はモテますね。黙ってれば超絶美人ですし。」
「黙ってればは余計よ!」
軽いお叱りと同時に俺の脳天に彼女の痛みのないチョップが炸裂した。
「すんません。」
「私だって好きで独身でいるんじゃないのよ?結婚したいけどイイ人がいないだけ。」
そんな彼女の言葉で一瞬会話が途切れた。そして次はお互いに小さく笑い合う。
「本当に久しぶりね。最後に会ったのっていつだったっけ。」
「確か俺の大学卒業の日に一緒に飲みに行ったのが最後ですから二年前っすかね。」
あの頃は楽しかったなーと言いながら渡された食前酒のカクテルをグイッと一気に飲み干す彼女、もとい先輩に俺も相槌を打つ。
名前は柊遊葉。俺の高校時代からの先輩で大学時代でも先輩、そして同じサークルでよく一緒に活動していた人で、俺を弟のように可愛がってくれた人だ。
切れ長の目とシュッとした輪郭は宝塚の男役トップスターを彷彿させる美貌で、加えてモデルのようなプロポーションの持ち主。その色香は男はもちろん、同性までもが遊葉先輩に魅せられ人気はファンクラブ(非公認)ができるほどだった超有名人だ。
「本当にあの頃は先輩毎日女子に告白されてましたもんね。で、断る度に相手が傷つかないようクサイ台詞言ってフォローしてましたもんね。」
「辞めて、あれは黒歴史だから辞めて。」
俺の言葉に顔を真っ赤にして涙目で身悶える遊葉先輩。
当時麗人で通っていたがこれが素の遊葉先輩であり、そのことを知っているのは現状俺だけ。ちょっとした優越感だ。
「本当に見た目はどんどん綺麗になってくのに中身は高校時代から全く変わらないっすね遊葉先輩は。」
「君は変わったな。あの頃はペットのように私の後をついていたのにな。すっかり男らしくなってお姉さんは嬉しいぞ!」
「あー、あとはイイ人が見つかればいいのになー?」
露骨に俺にチラチラと視線を送ってくる遊葉先輩の横顔に一瞬ドキッとしたがすぐにそれを抑える。
落ち着け。クールになれ俺、ソークールだ。遊葉先輩とは付き合いは長いが俺を今の一度たりとして男として見たことはない。見ていたとしてもそれは弟とかペットレベル、つまりライク止まりでラブじゃない。ここで勘違いしたらダメだ。これはつまり遊葉先輩は俺の職場にイイ人はいないかと聞いてるんだろう、なら返答は一つだ。
「先輩ならイイ人見つかりますよ。良かったらウチの同僚紹介しましょうか?」
「…………あっそ。」
何故か遊葉先輩が不機嫌になってしまった、何故だ。
「さて、久しぶりの再開を祝うのもいいけど今日は真剣な話があるわ。」
まだ若干不機嫌だが遊葉先輩は真剣な表情になると俺に自分のスマホのメール一覧を見せてきた。
「先輩……ホトブキヤとハンダイの広告しか来てないじゃないっすか……。」
「悪い!?友達いなくて!?いいの私は別に友達なんて欲しくないから!!」
まさかの逆ギレっすか……。
「とにかく私の受信ボックスの広告率よりこれよこれ!」
そう言うと一通のメールを遊葉先輩は開いた。
その中身は―、
『求人募集!!学歴問わず!履歴書不要!今すぐ働きたい!退屈な日々から新しい自分に生まれ変わりたい!そんなアナタにオススメ!!
当社は社員の希望に沿ったスケジュール!入退社時間自由!必要資格なし!
アナタの新たな人生リスタートを目指すならぜひこちらまで!!』
「これスパムですよね。俺のとこにも来ましたよ。」
なんてことないよくあるスパムメールだ。果たして何故こんなメールであの黒歴史弄り以外動揺しない遊葉先輩がここまで取り乱すのか俺は解らない。
「あぁ、私もスパムだと思っていたんだけどね。私の同僚の一人が興味半分で応募したのよ。」
なんとも物好きな。
「でもねその子面接日から行方不明なの。携帯も繋がらないし一週間も経つのに会社にも来ないし部屋にも実家にも帰ってないって。その子の両親が今捜索願を出してるけど進展もなしよ。」
先輩の続けた言葉に俺は絶句した。先輩の表情を見るに今言ったことは嘘じゃないと理解出来た。
冗談にしてはタチが悪いしそもそも先輩は俺の前だけでは何故か演技が大根になるからすぐバレる。
「それでね。私、ここに応募してみることにしようと思うの。」
「そんなの警察に任せれば―、」
「ダメよ。もし警察が捜査の手が伸びても企業が研修期間中は寮生活となりますなんて答えたら向こうは死者でも出ない限り手を出せない。」
「それを話すってまさか先輩一人で!?ダメです!危険過ぎま―、」
「そう、だからね。こんなこと言うのもお門違いな事は解ってる。けど君がいいなら私と一緒に来てほしいの。」
そう言うと先輩は俺に頭を下げた。なんでそこまでするのか、昔から見てきたからこそ彼女のことを語れる俺だからこそ先輩が人に興味を持つことなんてほぼないのは知っている。
でもその彼女が俺なんかに頭を下げてまで行方不明になった同僚を探したいと言った。それはつまりその同僚は先輩が頼み込むほど大切な存在だということ。
そんな思考が頭の中でグルグルと回りながら気持ち悪い感覚が胸を締め付けてくる。
この感情の正体はすぐに解った。多分先輩を取られたと思ってる。完璧な嫉妬だ。
今まで俺だけを見てくれていたと思ってはいたが彼女だって環境が変われば心境も変わるんだ。俺の慢心、勘違い、泣きたくなるくらいに浅はかだった。
なら俺が今すべきなのは一つ、その同僚がどんな人柄かは解らないけどその人を連れ戻すことで先輩が幸せになるんだとしたら―、
「……わかりました。俺も一緒に受けます。ここで断って先輩まで行方不明になるとか寝覚めが悪すぎますから。」
その人のために俺は身を引こう。俺は犬、先輩の犬。主人とペット、人と犬、どんなに想っても絶対に結ばれることはない、だから俺は忠犬として彼女のそばにいよう。
けどその人が見つかるまで1人の男として先輩の傍にいるくらいのワガママはさせてもらおう。
俺は面識もない人間相手に一方的な約束をたてて自己暗示をかけた。
◆◆◆◆◆
添付URLからサイトに入ると名前と性別、生年月日、職業を記入して送信する。よくある会員登録のようなやり取りを済ませた翌日には面接の日程が送られてきた。
急ぎ先輩と連絡をとると向こうも同じように日程が送られてきたそうだ。ちなみに形式はグループ面接らしく俺と先輩は同じグループに運良く入れたようだ。
そして来る面接当日。試験室には俺と先輩を含めた五人が横一列に並び面接を受けることになった。
「はじめまして。私が本日の面接を担当するKです。あ、このヘルメットはお気になさらずに。」
Kと名乗る面接官はフルフェイスのヘルメットをつけて現れた。素顔を見せないあたりそれなりの事情があるのだろう。
だがただでさえ怪しい求人に胡散臭さがプンプンする面接官、これだけでも充分よからぬ企業としての証拠になりそうだ。
「それでは面接を始めさせて頂きます。」
そこから面接が始まった。志望理由や特技、趣味。これといった突飛な質問もなく面接自体は滞りなく進んでいく。
実は目の前の面接官のヘルメット姿はちょっとした茶目っ気で緊張を緩めさせるためにつけてるだけで案外普通の企業なのかもしれない。そう思い始めた時だった。
「最後に皆さんはもしここじゃないどこか違う世界に行けたならどうしたいですか?遠慮はいりません。好きなだけ皆様方がしたいこと野望を述べて頂いて構いません。我々は貴方方が有り得ない状況が起きた時いかにその状況下に陥った状態で立ち直すか知りたいのです。どうせなら突飛な方が気軽でしょう?」
確かに、と思わず頷いてしまった。まあ元の会社が嫌で人生変えたくて集まった人間が多い以上現実よりファンタジックな方が気軽に答えられるだろうし現実にない魔法だとかそんなワードを使えるしな。
ちなみに先輩はパイロットになって敵と戦い続けたいと語っていた。なんだかんだでノリノリだろ先輩。
俺もどうせならってことで同じこと言ったけども。
「ありがとうございました。以上をもちまして面接を終了します。皆さんお疲れ様でした。結果は皆様全員を採用としこれより健康診断を行いますので私に続いて付いてきてください。」
俺達はKさんの後を追って面接室を出た。