ポップコーン
『清水美海店』では、比較的暇な時間帯である夕刻前に、新しい料理を試す事がある。
この日も、仙界から珍しい食材、調理法がもたらされ、その試作を実施することになっていた。
しかも、今回はこの店ではめずらしい、『お菓子』なのだという。
試食するのは、ユミ、ユズの双子と、天ぷら屋の娘のヤエ。
満年齢で言えば、まだ十四~十五歳の娘達だ。
少しずつ大人びてきてはいるが、まだまだ子供っぽい部分も残っている。
そんな彼女たちが、厨房で料理長のユリの話に聞き入っていた。
「……皆、いいか。これが今回の料理の材料だ」
そう言って、彼女は透明な袋に入った黄色い種子を見せた。
「……えっと、これって、見たことある……たしか、『とうもろこし』の種だよね?」
ユリの妹のユミが、初めて見るわけでは無い、と戸惑い気味に問いかけた。
「ああ、ただちょっと種類が違うらしいんだ……ま、やってみた方が早いな……」
ユリはそう言うと、フライパンに菜種油を流して、そこにその種子を入れた。
「えっ……たったそれだけの量しか入れないんですか?」
ヤエも戸惑っているようだった。
「ああ、これで十分なんだ……フタをして、と……これを火にかけると……」
しばらくすると、ポン、ポポンと破裂音がして、三人の娘達は一斉に肩をビクッとさせて驚いた。
「な、なに……何があったの?」
三人の中で一番おとなしいハルも、驚きでつい声を上げてしまった。
「種がはじけて、膨らんだんだ……そら、次々行くよ!」
ユリの宣言どおり、ポン、ポン、ポポンと連続して弾ける音がし、それと同時に香ばしい香りが漂い始めた。
「……良い匂い……おいしそう……」
元気っ娘のユミは、早くもうっとりとした表情になっている。
やがて破裂音がおさまり、ユリはフライパンを火から下ろした。
「よし、もういいだろう……さあ、どうだ!」
ユリがフタを取ると、そこには、さっきまでわずかなトウモロコシの種しか入っていなかったのに、今ではフライパン一杯に、白っぽく、ふんわりとしたお菓子が一杯に詰まっていたのだ。
さらに、立ち上がる湯気と、そのあまりに良い匂いに、
「「「うわぁー!」」」
と三人の少女達の声が重なった。
「みんな、手はきれいに洗っているんだろう? だったら、手でつまんで食べる方がいいだろうな……熱いから気をつけなよ」
ユリの注意を受け、まず代表してユミが、ちょっとおっかなびっくりながら、最初つついて熱いことに驚いて手を引っ込めた。
その後もう一度挑戦し、何とか口の中に入れて……そして次の瞬間、目を見開いた。
「何これ……今まで食べた事無い感触……サクッとなって、ふわっとなって……香ばしくて、美味しい!」
その言葉を聞いて、ハルとヤエも、競うように一つつまんで口の中に入れた。
「……ほんとだ、美味しい!」
「柔らかくて、サクってなる!」
二人とも、大絶賛だ。
「そうだろう? 私も、こんな簡単な調理でこんな変わった、美味しい菓子になることに驚いた。それに、いろんな味をつけることが出来るんだ。まずは、ちょっと塩をつけてごらん」
ユリがそう言って、塩を入れた小皿を出した。
三人は、はやる気持ちでそれをつけて、再び口の中に入れてみる。
「……あ、ホントだ! こっちの方が美味しいかも!」
「うん、さっぱりしてる!」
かなり好評なことに気を良くしたユリは、
「よし、じゃあ、次はもう一工夫してみるぞ……」
そう言って、もう一度、ポン、ポポンとフライパンでその菓子を作り始めた。
すると、さっきまでとはちょっと違って、刺激的な匂いが漂ってきた。
「……さあ、できたぞ……そらっ!」
「「「うわぁー!」」」
再び三人の声が重なった。
今度は、さっきのものとはちがって、やや黄色みを帯びている。そしてその香りはずっとスパイシーだった。
「……分かった! 『かれー粉』入れたのね!」
「ほう、ハル、よく分かったな」
「私も分かったよ! ……うわぁ、凄く美味しい! ちょっとピリ辛なのが良く合ってる!」
ユミは、誰よりも先にそれをつまんでほおばっていた。
「ユミちゃん、ずるい……あ、ホントだ、美味しい!」
みんな、夢中になって食べている。
「あんまり食べ過ぎるなよ、あとで優や凜さんにも試食してもらうんだから……それに、もう一種類別の味もあるんだ」
「えっ、まだあるの!」
ヤエが目を輝かせる。
「ああ……また少しだけ待ってくれ……」
調理するユリ自身も嬉しそうに、ポン、ポポン、ポンポンとフライパンを揺らす。
すると今度は、甘い香りが漂ってきて、三人の少女達は期待に顔を見合わせた。
「「「うわぁー!」」」
フタを取った瞬間、三度目の揃った歓声だ。
今度は少し茶色っぽい色合いで、その甘い匂いに、我先にと少女達は手を伸ばした。
「……あまーい! それに、ザクザクとした感触で、凄く美味しいです!」
ヤエが満面の笑みを浮かべながら感想を述べる。
「本当、美味しい……私、これが一番好きかも!」
ユズも相当気に入ったようだった。
「私もっ! これ、何で味付けしているの?」
ユミが興味津々で尋ねる。
「砂糖と、仙界の『きゃらめる』っていう飴を使っているんだ。やっぱり、子供にはこれが良いかもしれないな……」
ユリのその一言に、三人の手がピタリ、と止った。
「……えっと、私はやっぱり、かれー味がいいかな……」
「私は塩がいいな……」
「だったら、私は最初の、何もつけていないのがいいかな……」
皆、子供という表現に、過敏に反応したようだ。
「そうか? なら仕方がないな……きゃらめる味は私が一人で食べるとするか……」
「「「えー、ずるいー!」」」
また三人の声が重なって、皆で笑い合った。
このお菓子、
「ぽっぷこーん」
という名前で売り出し、茶碗一杯分でわずか四文という低価格で、持ち帰りもできるということで、あっという間に『清水美海店』を代表する銘菓となり、評判を聞いて他の藩から買い付けに来るほどの人気商品となったのだった。




