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八宝菜、中華丼

 清水美海店の料理長であるユリは、新しい料理の開発で悩んでいた。


 海の幸と山の幸を一緒に、手軽に食べられる、うまい料理。

 それがちょっと変わっためずらしい物であるならば、なおさら食べてみたい。

 そんな要望を何人かの客に言われていたのだが、簡単そうでこれがなかなか難しい。


 単純に海の幸と山の幸を同時に食べると言うだけであれば鍋物にして、一緒に煮てしまうのが手っ取り早いが、どうしても物珍しさはなくなってしまう。


 そんな悩みを、ふとした機会に主人である清水一哉に相談してみると、彼も数日悩んだ末に、仙界、つまり三百年後の世からとある料理のレシピ(作り方)を持ってきた。

 彼女は、思いもしなかったその料理法に、目からウロコが落ちる思いだった。


 その三日後。

 試作品を、『秋華雷光流剣術道場 井元支部』にて住み込みで働いている、宗冬むねふゆ(つゆ)の二人に食べてもらう事にした。


 彼等は、元々は『若様』『姫様』と呼ばれるほど身分の高い子供達だったが、訳あって武術道場で下働きをしているのだ。

 満年齢で言うと十一歳と九歳、成長期で食欲も旺盛だ。


 また、この二人は味が分かる。

 以前、城内で質の良い食事をしていた事もあるのだろうが、彼等がうまい、と言ったものは大抵、人気商品となるのだ。


 二人は、新商品の試食と聞いて、楽しみにしている様子だった。

 そんな彼等に、ユミとユズの双子は、まるで実の弟と妹に食事を提供するかのように、ニコニコと笑顔だった。


 そして目の前に出された料理に、その兄妹は困惑した。

 平らな皿に、色とりどりの具材が所狭しと詰まっている。

 とろみの付いた、やや茶色い煮汁がかけられており、綺麗な「てかり」を発している。


 湯気が立っており、とても熱そう。そしてその香りは、今まで嗅いだことのない、それでいて食欲がかき立てられる、とても美味しそうなものだった。

 二人は、驚いたように顔を見合わせた。

 これは相当高価な料理なのでは……。


「この料理、みんな元々別の料理で使っている食材の余りとかを再利用しているんだよ。『うずらのたまご』だけは仙界から持ち込んだけど、これもこっちでいっぱい飼って増やしていくらしいから」


 ユミが、遠慮がちな二人に気付いたのか、やさしくそう語りかけた。

 実際はそんな余り物ばかりだという事はないのだが、他でも使っている食材ということは事実であり、その言葉に兄妹はほっとして、「頂きます」の挨拶をして食べ始めた。


 まずは、鍋物でもよく使われる白菜だ。

 宗冬は一口食べて、その美味しさに眼を見張った。

 隣の露も、眼を丸くしていた。


 まず最初にやや塩気を感じ、次にとろりとした煮汁の濃厚な旨みが加わり、そして白菜のクシュッとした食感が後から付いてくる。

 少し濃いめの味付けなので飯が欲しくなり、白米を口の中に運ぶと、さらに複雑な味わいへと変化する。


 次に、タケノコだ。

 これは白菜ほど濃い味には染まっていないが、その白菜以上にシャクシャクという歯ごたえがたまらない。


 元々は高級食材のはずの椎茸は、それ自体から上品な味がしみ出し、煮汁と混じり合って独特の味を放つ。


 ここまでが山の幸、次は海の幸だ。

 白いのは、イカの切り身だ。

 これは先程の白菜やタケノコとはまた違い、独特のクニュっとした歯ごたえ、そして噛めば噛むほど旨みがにじみ出てくる。


 ぷりぷりの小エビは、淡泊ながら繊細な旨みで、それが煮汁の濃さと絡み合い、えもいわれぬ高級感を醸し出していた。


 極めつけは、うずらのたまごだった。

 その小さなたまごを口の中に頬張り、奥歯でかみしめた瞬間、ぷつん、という心地よい食感と共に濃厚な黄身の旨みが飛び出てきて、それがやや淡泊ながらしっかりと味の付いた白身と混ざり合い、これまでにない衝撃的な美味しさを演出した。


 宗冬は、夢中で箸を進める。

 飯との相性も抜群、大盛りにしていた白米がすぐに無くなってしまうほどだった。


 ユリは彼の食べっぷりを見て確信した。

 これは大人気商品になるに違いない、と。


 しかし、露の方は、表情は満足げなのだが、あまり食が進んでいない。

 よく見てみると、まだあまり箸の使い方が上手ではないのか、あるいは姫君として上品に育てられてきたせいなのか、一つ一つの食材を、丁寧に、ゆっくりと口に運んでいるのだ。


 そこでユリは、一計を案じた。

 本来、作法としては良くないのだが、試食だから、と(さじ)を持ってきて、それで具材をすくい、茶碗の中の白米にかけたのだ。


 そのまま匙で食べてみなさい、というユリの指示に従って、露は具材と煮汁、飯を一度に口の中に頬張った。

 彼女はさらに目を見開き、そしてその後は夢中で、匙ですくい、白米にかけて一緒に食べる、という動作を繰り返した。


 それをうらやましそうに見ていた宗冬に、今度はユズが、最初から白米にたっぷり具材をかけた状態で、匙を添えて「おかわり」持ってきた。


「はい、まだ食べ足りないでしょう? こうした方が一度におかずもご飯も楽しめるから、遠慮しないで食べてね」


 優しい言葉をかけられた宗冬は、少し涙ぐみながら礼を言って、匙を使って夢中で食べ始めた。

 その頼もしい食べっぷりに、調理した三姉妹も幸せな気分になった。


 この料理……単品ならば八宝菜、白米にかけたならば中華丼は、野菜と魚介類、そして卵まで同時に食べられる、栄養豊かな料理だ。


 さらに飯も進むとあって、食べ盛り、育ち盛りの兄妹にはぴったりの料理だ。


 幼くして悲劇的な人生を歩むことになったこの二人だが、主人である清水一哉、そして武術道場の経営者である源ノ信は快く受け入れてくれた。


 三姉妹は、この料理の成功を確信すると共に、目の前の兄妹が幸せに成長することを、心から願うのだった。


※現代では、厳密には単純にご飯に八宝菜をかけただけで中華丼になるわけではなく、とろみ加減とかが異なる店が多いようですが、ここではそこまで違いはないようです(^^)。

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