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苺大福

 この日、『清水女子寮』の二期生六人は、『清水美海店』に集められていた。


 時刻は夕刻。同店の夜の部が始まる前の、暇な時間帯だ。

 新しいお菓子の試作品が出来たので、ぜひ味わって欲しい、というユリの提案だった。


 すでに一期生の少女達には食べてもらって好評だったらしい。

 二期生のこの娘達にも食べてもらうのは、モニターの数を増やすのと、一期生との間で不公平感を無くすためなのだという。


 静、沢、里、咲、杏、桜の六人は、どんなお菓子なのだろう、と小声で話しながら、その到着を待っていた。


「おまたせー。慌てて食べて、喉に詰まらせないようにねっ!」


 という元気な声で、自分達とそれほど変わらない歳の少女が、その品を運んできた。

 彼女の名はユミ、清水一哉の嫁の一人だ。


 この店の料理長、ユリと同じで、清水一哉に仕える女性従業員の中でも最も立場が上になる。

 この他、彼には三人の嫁がいて、さらにもう一人、亮という娘も近々彼の嫁になるという。


 その他に、女子寮の一期生として、梅、桐という他の藩からやってきた姉妹、玲という少し(なま)った少女、天ぷら専門店『いもや』の親子であるお鈴とヤエの親子がいる。

 こう考えると結構な人数がいるのだが、噂では、女子寮の人間は皆、清水一哉の嫁候補だとされている。


 ただ、一哉本人は全くそんなそぶりを見せず、それが二期生の彼女たちにとってはある意味安心であり、ある意味不満でもあったのだが。


 それにしても、運ばれて来たそのお菓子を見て、一同、ちょっと戸惑った。

 一見、普通の大福餅に見えたのだ。


 もちろん、それはそれで嬉しいのだが、この店の新作と言うことで、仙界の素材と調理法を使った、見た目にも奇抜なお菓子に違いない、と話していたのだ。

 いや、何か変わった味付けがされているのかもしれない。


 こんなとき、一番年下の桜――ニセ物の清水一哉に騙されて、あやうく身売りされそうになっていた娘――は、何の疑いも無くその大福にかぶりついた。


「ふぅーむ!」


 口いっぱいにほおばったので、うまくしゃべれないのだが、その見開いた目が驚きを表していた。

 そして、大福の残り半分、かみ切った断面を他の少女たちに見せた。


「えっ……何これ……(あん)と、この赤いの……」


 一様に驚きの声をあげる。

 しげしげとその物体を見つめる少女達。

 そこにようやく口の中の大福を飲み込んだ桜が、食レポをする。


「おいしいです、甘くて……えっと、餡の甘さだけじゃなくて、この赤い、何かの実も、すごく甘酸っぱくて……」


「えっ……この赤いの、何かの実なんだ……」


 一同、桜のおいしいという言葉に触発され、我先にと口の中に入れてみた。


 もちもちとした大福特有の食感の後、こしあんの上品な甘さ、一瞬遅れて弾けるような瑞々しい甘酸っぱさが口のなかにほとばしる。

 何かの実、ということは分かったが、見たことも無いような、大きく、赤い果物だった。

 それらが渾然一体となり、今までに食べた事のない深い味わいを醸し出す。


 若い人にも、年配の方にも受け入れられそうな味。

 外から見ただけでは分からなかったが、まさに仙人の店にふさわしい、斬新さと、おいしさを兼ね備えた逸品だった。


 みんな夢中で、おいしい、こんなの食べた事無い、と感想を言い合いながら食べていたが、一番年上の清――この店で茶碗蒸しを食べた時の衝撃が忘れられず、店員となった娘――だけは、半分にちぎった大福だけを食べて、あとは残していた。


「あれ、お清さん、食べないんですか? 口に合わなかったとか?」


「いえ、とても美味しかったけど、ちょっと量が多いかなって思って……桜、欲しかったら食べていいよ」


「本当ですか? うわぁ。ありがとうございます!」


 と、彼女は遠慮なく残りの大福を受け取って食べていた。

 ……しかし、他の娘達は、そんな清の態度に疑問を抱いた。


「……こんな美味しいお菓子を、半分残すなんて……何かあったの?」


 沢――『黒田屋』からの紹介で、女子寮に住み込んで働くことになった娘――が、不審そうな目でそう尋ねた。


「……みんな、近々『健康診断』っていうのが開かれるっていうの、聞いていない?」


「けんこう……うん、なんかそんなのあるって聞いた。みんなが病気になっていないかどうか調べる、っていうのでしょう?」


「うん……その中で、『身体測定』っていうのがあって……背の高さとか、体の重さとか、胸の大きさとか、調べられるらしいの」


「……なんでそんなの調べるの?」


「背の高さと胸の大きさは、作業着を作るときの参考にするらしいんだけど、体の重さは……一定以上重かったら、いざというとき、仙界に連れて行ってもらえないらしいの。逆に言うと、そうでないならば、仙界に連れて行ってもらえるかも」


「「「「えっ!」」」」


 他の五人の声が見事に重なった。


「しかも、仙界に行けることが、一哉さんの新しいお嫁になる最低条件らしくて……」


 それを聞いて、五人は彼女が大福を食べなかった理由に気がついた。

 この大福は、食べ過ぎると明らかに太る。


「……そんな……先に言って欲しかったです……」


 桜は半泣きだ。


「桜はこの中で一番小さいんだから大丈夫よ……それで、その『けんこうしんだん』って、他にどんなことするんですか?」


 里――地元で料理の修業をした後、この清水美海店で働くことになった娘――が、興味津々の様子で聞いた。


「えっと……聞いた話では、裸になって体型を調べられる、とか……」


「「「「ええっー!」」」」


 また声が重なる。そして全員真っ赤になっていた。


「……でも、その……一哉さんのお嫁になるなら、別に普通なわけだから……それに、受けたくない人は無理に受けなくていいっていう話だし……」


「……あと、女子寮に入った人は、みんな一哉さんに裸を見せないと行けないっていう決まりがあるという話、聞いた事あります……」


 咲――裁縫仕事のような、一つのことを根気強くこつこつとやり遂げるのが得意な娘――が、恥ずかしそうにそう補足した。

 すべて、根も葉もない噂なのだが。


「……これはもう、覚悟を決めるしか……いいえ、願ってもない好機だと思います。だって、一哉さんのお嫁さん達、みなさん、本当に幸せそうですから……」


 杏――読み書き、そろばんが一番上手な女の子――が、うっとりとした表情で呟くようにそう言った。


「でも、里は茂吉さんいるじゃない」


 同い年の沢が、里に横やりを入れる。


「そ、そんな、茂吉さんはお客さんです。それに、みんながその『けんこうしんだん』受けるんだったら、私も受けます!」


 と、ちょっと拗ねたように反論した。

 それを見て、みんながまた冷やかす。

 里の真意はどうであれ、全員、健康診断を受ける事で一致した。


 そして誰が選ばれても恨みっこなし、という、健康診断が次の嫁探しであることが前提の約束が交わされた。


 さらに、選ばれた者は、選ばれなかった者に、この新しいお菓子……苺大福をおごる、ということで一致したのだった。

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