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お好み焼き

『清水美海店』では、「こんな料理を作って欲しい」という要望を、「あんけーと」という手法で調査している。


 口頭で聞く場合もあるが、備え付けの『墨をつけなくても書ける筆』で紙に書いて、箱に入れる方法も取り入れている。


 そんな中、口頭でも箱に入れる方法でも多かったのが、

『安くて美味い料理』、または『安くて腹一杯になる料理』、欲張って『安くて美味くて腹一杯になって、なおかつ持って帰れる料理』という意見まであった。


 そんな要望を出してくるのは、やはり若い衆だ。

 特に近所の剣術道場で修練を終えた門下生が、午後の小腹が空いた時間帯に集団で訪れたときは、大抵飯が足りなくなってしまう。


 そのような場合でも取り急ぎ作れる「タコ焼き」は彼等にも人気なのだが、やはり量はやや物足りなく、具材が固定されているので、さすがに飽きられてしまっていた。


 そんな頃、『清水美海店』の客数が増えたため、増築工事が実施された。

 厨房も拡張され、『鉄板焼き』のスペースも追加されたのだ。


 そしてその日、新しいお品書きが追加されたということで、五人の門下生が一度に『清水美海店』を訪れた。


「やあ、ユミちゃん。本当に『安くて美味くて腹一杯になって、なおかつ持って帰れる料理』ができたんだってな。楽しみにしてきたぜ」


 五人の若い衆の中でもリーダー格の赤井が、親しげにそう話しかける。

 ちなみにこの五人は、全員下級とはいえ武士の子息であり、名字を持っている。


「もちろん! 赤井様、こっちに席、開けてるから。すぐに見本を持ってきますからねっ!」


 と、ユミは彼等を座敷に案内した。


「……見本って、なんだろうな?」


「うーむ……いや、この店は『仙人』が主と言うことだから……なにか変わった物を持って来るのかもしれぬぞ」


「変な物を食わされなければいいがな……」


 そんなたわいもない談笑を続けている間に、その料理は運ばれてきた。


 それは小さな円盤状に焼かれていて、黒っぽいタレのようなものがかけられ、さらに緑色と、茶色の粉がかけられている。


「これは……匂いからしても、『タコ焼き』の仲間なのか?」


「はい、タコ焼きとよく似た作り方をしたものですが、見たとおり丸くではなく、平たく焼いてあって、あと、タコは入っていません。これはまだ素の状態で……あ、でも、玉子が多めに入ってますからちょっと味が違うと思います。五等分してますから、お箸で食べてみてくださいねっ!」


 と、あいかわらず愛らしい笑顔で、ユミがそう説明した。


『タコ焼き』の派生版となれば、なんとなく味は想像できる。


 元々腹が減っていたし、ただでさえ平たく小さいその料理を五等分しているのだ、彼等はそれを箸で取って、それぞれ一気に口の中に放り込んだ。


「ふぉふっ、熱っ……うん、美味い!」


「これは……玉子が多いせいか、タコ焼きより味が濃厚だな……」


「ふわっとした軽い感じがするな……俺はコリコリっとした食感がある、タコ焼きの方が好きだな……」


 と、各々が感想を述べる。


「はい、ありがとうございます。でも、実はこれで完成じゃないんです。お好みにより、これらの具材を入れることができますっ!」


 と、ユミは隠し持っていた籠を差し出した。

 その中に入っていたのは……。


 タコ、イカ、エビ、アサリ、ホタテなどの魚介類、ちくわ、かまぼこといった練り物、たっぷりのキャベツにネギ、ニラ、紅ショウガ、さらにはキムチまで。

 その色とりどりの新鮮な具材に、「おおっ!」と歓声が上がる。


「魚介類を入れるとちょっと高くなるけど、この『きゃべつ』っていう野菜だったらいくら入れても値段は変わらないですよ。玉子抜きなんかもできますしね」


「なるほど……タコ焼きは文字通り『タコ』だけだったからなあ……これだと具材を変えていろんな味を楽しめそうだ。この料理の名前は、なんというのだ?」


「はい、お好みの具材を入れて焼くので、『お好み焼き』ですっ!」


 彼女が自慢げに言うと、一瞬間を置いて、笑いが起きた。


「はははっ、なんとも安直な名前だな。タコ焼きの時もそう思ったものだ。だが、親しみが持てていい。値段はいくらぐらいなのだ?」


 赤井のその問いに、彼女は具材ごとの追加料金の表を見せた。


「……なるほど……イカだけとか、アサリだけならタコ焼きより安いんだな……」


「はい、それに一人前の量も多いです。お持ち帰りも出来ますよっ!」


 という彼女の満面の笑みに、五人の侍は、どうせならそれぞれ違う具材を入れて注文しよう、という事になった。


 待つこと、しばし。


 次々に運ばれてくるそのお好み焼きの大きさに、彼等は目を見張った。


「……さっきの見本よりずっと大きい……なるほど、タコ焼きよりも量が多そうだ。これでイカが入って、九文なのか?」


「はい、どんどん食べてくださいね」


 各々、その値段の安さと量の多さに戸惑いながら、箸で適度な大きさに切って口に運ぶ。


 ベースとなる味はタコ焼きや見本のお好み焼きと同じで、柔らかい生地の食感に、甘辛いタレ、青のりと削り節の風味が後から口の中に広がる。


 しかし、そこに別の具材の食味が加わることで新しい発見がある。


 イカはしっかりとした歯ごたえと、噛むほどににじみ出る旨みが魅力だ。


 ちくわやかまぼこは、もちもちとした食感と、わずかな塩気を提供してくれる。


 キャベツをたっぷり入れたお好み焼きは、あっさり、さっぱりとしていてほのかな甘みがあり、いくらでも食べられる。


 ニラやネギを大量にいれたものは、口の中に強烈な匂いが広がるが、それに慣れてしまうとやみつきになる不思議な魅力がある。


 キムチ入りになると、独特の匂いの上にさらに辛味が加わり、これも好きな人にとっては箸が止まらなくなる。


 みんなそれぞれがこれが美味い、いや俺の頼んだ物の方が相性が良い、などと議論しながら、分け合って、さらに追加で別の具材を注文し、その上で『ほかの門下生にも食わせてやろう』と、お持ち帰り分まで買ってくれたのだ。


 おかげで鉄板焼き担当のユミは初日からてんてこまいすることになったのだが、もちろん嬉しい悲鳴であったことは言うまでもない。


『お好み焼き』のおかげもあってか、この五人の侍……『赤井』、『紫沢』、『横村』、『緑川』、『桃田』はメキメキと剣の腕を上げ、後に南向藩に無くてはならない貴重な人材として登用されることになるのだった。


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