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煮込みラーメン

「……ええっと、ここか。思ったより小せえ店だな……」


 一人の小男が、清水美海店の暖簾をくぐった。


「いらっしゃいませーっ!」


「おうっ、なかなか元気な娘さんだな。しかもべっぴんさんじゃねえか。看板娘ってやつか。こりゃあ味の方も期待できそうだねえ」


「はい、美味しいですよっ!」

 人見知りしない店員のユミは、男の軽口にもテンポ良く返事をした。


「いや、探したよ、この店。なんでも『仙界の料理』っていうのを出してくれるんだって? 俺は美味いうどんや蕎麦を探して、あちこち旅して回っている吾朗ってもんだ。江戸じゃちょっと名が知れてるんだぜ」


「へえ、凄いんですね……こちらにどうぞ」


 三十歳ぐらいのこの男の自慢話にも、ユミは全く動じず、開いている席へ案内した。


「いや、悪いね、お嬢ちゃん……でもさすがに人気の店だな。昼が過ぎて大分経つのに、まだお客が何組かいるなんて。こりゃあ、期待できそうだ」


 男は道に迷った分、この店の到着が遅れていた。

 日が大分傾いているにもかかわらず、まだ半分ほど席が埋まっていたのだ。


「それでお客さん、何を注文されますか?」


「ああ、さっきも言ったように、俺はうどんや蕎麦が大好物なんだ。けど、普通の物は食い飽きちまった。評判のこの店なら、なんか変わった物、食わせてくれるんだよな?」


「うどんか蕎麦、ですか……だったら、この『食い物通り』にも専門のお蕎麦屋さん、ありますよ」


「おう、さっき食ってきたぜ」


「えっ? さっき?」


「ああ、『天ぷら蕎麦』食った。特に天ぷらが美味かった、俺が今まで食った中でも五本の指に入る。そう言って主人を褒めたんだが、そしたら主人もこの店を勧めてくれたんだ。もっと変わったうまい物、食わせてくれるはずだってな」


「へえ、蕎麦屋の茂平さんが……でも、さっき食べたばっかりなのにまだ食べたいなんて、本当に好きなんですね。けど……さすがにうどんや蕎麦だったら、本職のお店の方が……あっ、ちょっと待って。今、新しくお品書きに入れるかどうか、悩んでる料理があるんですっ!」


 ユミはそう言い残すと、嬉しそうに厨房に帰っていった。

 そしてすぐに、ニコニコと笑顔で出て来た。


「ちょっと時間がかかるんですけど、『煮込みらーめん』っていう鍋料理、準備できますよ。今だけ特別に、十六文でお出しできますっ! ちょっと時間、かかりますけど」


「鍋料理? ……名前に『めん』がつくって事は、麺も入っているんだな? ……十六文か、よし、そいつ頼むぜ!」


「はいっ! 少々お待ちくださいっ!」


 と、ユミはまた嬉しそうに厨房に向かった。

 待つこと、四半刻(約三十分)。


「はいっ、お待たせしましたーっ!」


「おうっ、待ちくたびれたぜ……うん、本当に鍋だな。この中に入ってるのか?」


「はい、蓋を開けますねっ!」


 ユミはお膳の上に置かれた一人用の鍋の蓋を、鍋掴みを使って取り外した。

 とたんに沸き上がる湯気と、芳醇な味噌の香り。


「ほう、こりゃあ美味そうな鍋だ。ネギに、蒲鉾、玉子まで入っているじゃねえか。こいつは豪勢だ……うん? この細いの……もしや、蕎麦? いや、うどん?」


「どっちでもないですよ。これが『らーめん』です。主に小麦で作った、うどんよりも細い麺ですっ!」


「へえ……でも、これはどうかな……こんなに煮込んじまってちゃ、ふにゃふにゃになっちまってるぜ」


「どうぞ、お試しくださいっ!」


 ユミは相変わらず、ニコニコと笑っている。

 やけに自信がありそうなその表情に、吾朗は何かあるな、と感づいた。

 こういうときは、食べてみるのが一番だ。


 彼は椀に麺を取って、そしてすすってみた。

 数回咀嚼し、そして目を見開いた。


「……この麺のコシ、歯ごたえ……こんなの初めてだっ!」


「でしょう? 私も初めて食べた時、驚いたんですよっ!」


「おう、こりゃ本当にすげえっ! 麺自体にもしっかり味があるし、それにこの細さが、汁と十分に絡まって絶妙の加減になってやがるっ!」


「でしょう! でしょう!」


 もう吾朗とユミは、完全に意気投合している。


 周りの数人の客も、何事かとのぞき込んで、その美味そうな鍋の見た目と香り、そして細麺が入っているという斬新さに驚いていた。


「いや、それだけじゃねえ。この汁もちゃんと時間をかけて作られた本物だ。うん、こりゃあ評判になるのも納得出来る。こいつは想像を超えた麺料理だぜっ!」


 男はすっかり煮込みラーメンが気に入り、絶賛しながら汁まで飲み尽くし、なんともう一杯、こんどは醤油味バージョンを平らげたのだった。


 それから約一ヶ月後。


 江戸から、煮込みラーメンを食いたいと、一日何人もの客が清水美海店を訪れるようになった。


『蕎麦食い吾朗』……彼は江戸で本当に『蕎麦の大食い』、『麺類の評論家』として有名な男だったのだ。


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