ヲタク25%腐女子75%
姉の黄蝶がどうしよう、どうしようと部屋の中をグルグルと歩きまわりながらぶつぶつと悩んでいる。
そして唐突に立ち止まるとあたしに向かって本日3回目の叫びを放つ。
「もうっ! どうするつもりなのよ藍燐?! お父さんに何て言うつもりよ? 腐女子っぷりもいい加減にしてよっこのヲタク女!」
外国のホームドラマのようなオーバーアクションで言った。黄蝶は外では引っ込み思案な風だが、自宅ではアメリカのコメディアンのような動きを自然にするのだ。もっとも本人にあまり自覚はない。
「……キャサリンかよ。つか、正直に言うだけだろ?」
「キャサリンって誰よ? それより正直に言うな!」
「それから、あたしは腐女子だけどヲタク度は薄いから」
「一体何を言っているのか分からない! もう言葉が通じない!」
あたしの趣味は漫画を描くことで、それも今のところBL専門だ。BLとはボーイズラブの略で、要するにホモ漫画の事だ。
学校で同じ趣味の友達と一緒に描いたりもする。
そして今日、それを担任に没収されて職員室に呼び出された。その事実を知った黄蝶が顔を真っ赤にして続けて叫ぶ。
「学校でエロ本描いてたのがバレて呼び出されましたぁなんて!! わ、私なら言えないっ! 言えないよ? あぁっ恥ずかし過ぎるよっこの妹!」
「エロ本じゃねぇっつの! ボーイズラブだって言ってんだろ? 言えようが言えまいが出頭すりゃバレんだから、隠すだけ無駄じゃんかよ」
「出頭って言うな! より深刻度が増したでしょが! ボーイズラブだかボーズラブだか知らないけど、学校から呼び出し食らうなんてっ! まったく!」
「ボーズラブって……なに新ジャンル開拓してんだよ! あたしは今のとこ美少年同士にしか興味ねぇの!」
「そんな主張いらねぇ!!」
頭を抱える黄蝶を見て答える。
「ちょっとエロい事しただけで、こんな大事にしねぇでも……」
「小6でエロい事するなよっ! 頼むから!」
頭を抱えたまま顔を上げて叫ぶ黄蝶は涙を浮かべていた。
「ま、今回没収されたのは男子が見ても大丈夫なソフトなやつだから平気だって! 直接的なエロい絵は描いてねぇし、結構先生も気に入ってるかもしれねぇよ? 案外、誉められたりして!」
「そうか、そういう事も…………ある訳ねぇっ! もうお前は伝説だよっ伝説級だよ!」
漫画を描く奴はいつの時代もクラスに1人くらいはいるものだ。あたしのクラスにも他に2人いる。
この3人で漫画サークルを作りお互いに書いた漫画を読ませあったりしていたのだが、最近合同作品を作ろうと言う話になった。
結局あたしの絵が1番上手いという理由で、あたしがメインの絵を描き他の2人がアシスタントのような事をしてすぐに同人誌が完成した。
これは最初から他の友達にも見せるつもりだったのでソフトな内容の5ページのカラーBL漫画だが、この本がクラス中に回ってしまい先生に見つかり没収となった。
「あ~あぁ。マクラーAの記念すべき最初の漫画だったのになぁ」
「マクラーAってなによ?」
「あたしの同人サークルの名前だよ。マクラーレンみたいで格好良いだろ?」
「同人サークルって何よ?? てか、待てよ……マクラ……A……。嫌な予感がするけど……まさか、それって――」
「枕絵をちょっとモジって格好よくし――」
「やっぱり! 恥っ! 殆どそのまんまじゃないのよ!」
「ま、実際は男女の交わりは描かねぇけどな、男男の交わりだからっ! あはははは!」
「どこでウケたの? 今の台詞のどこが笑い所?? 全然笑えないわよ! 小6が春画描くな!」
爆笑するあたしの顔を不思議そうに眺めて黄蝶が言った。
「そういう黄蝶だって枕絵知ってるし。枕絵知ってる中1女子なんてあんまりいねぇよ? ――じゃこれは知ってる? 昔は枕絵を枕箱に入れて嫁入り道具にし――」
「知るかい! 分かった! なんか知らない単語が色々出てきたけど大体分かった! 最初の作品で発見されてむしろ良かったのが分かった!!」
仁王立ちで叫んだ黄蝶へ憤然と言い返す。
「なんでだよ?! すげぇ頑張って作った作品だったんだぜ? 色まで塗ったし、続編だって考えてたんだからな!」
あたしの剣幕を受けて、やや怯んだ黄蝶が言う。
「じ、じゃぁ……一応訊くけど……。どんな内容の続きを考えてたのよ?」
「友情が愛情へ変化した2人はお互い初めてながらも本能の命ずる――」
しかし頭の中の構想は話し出した途端に遮られる。
「やめいっもういい! ほらみろ! やっぱりエスカレートする気満々だったんじゃん! むしろ先生グッジョブ! ナイスタイミングの発覚だよ!」
不本意な結論が黄蝶の中で出た時に電話が鳴った。やや青い顔をした黄蝶が恐る恐る受話器へ手を伸ばした。
受話器を取った黄蝶が言う。
「お、お父さん。ごめんなさい、藍燐が馬鹿なことして……。あっ藍燐は友達を喜ばせようとしただけなの! そ、それに――」
いいって黄蝶――そう言って制して電話を代わる。
「ごめんなさい、父さん。学校から連絡いったと思うけど……。うん、それで父さんが帰ったら一緒に学校へ……。ありがと、お願いします」
「なんだって? お父さん激怒してた?」
「いや、これから帰るから出かける準備しとけってさ。別に怒ってる感じはしなかったけど……どうだろ? あたし怒られるような事したの?」
「無自覚かよぅ! 普通は娘が学校でエロ本書いてたら怒るよ!」
「そっかな? 父さんそんな事で怒る?」
黄蝶は一瞬考えてから言う。
「……お、怒らないかもしれないけど……でも、がっかりはするかも! だって小学生で問題起こして学校から呼び出しって希少だよ!」
「う……うぅ~ん」
黄蝶は父さんに叱られる事を酷く恐れているが、あたしは父さんがこれしきの事で怒るとは思えない。
むしろ父親とはこんな時にどんな反応をするのか楽しみだったりする。
それを黄蝶に言えば本気で怒りだすので、それは言わない事にした。
そんな感じでうろたえる黄蝶をなだめているうちに父さんが帰ってきた。
仕事は中抜けでまた戻るのだと急ぐ風の父さんとすぐに車に乗り込んで学校へと向かう。黄蝶も心配だからと同乗した。
父さんは何も言わない。呼び出しの理由も訊かないし叱責の言葉もない。
仕方なく自分から説明する、言いたくはないが……あたしの趣味を告白しなくてはならない。
「学校からどこまで訊いた? その、呼び出しの事……」
「学校で漫画を描いていたんだろう? そんな事で呼び出すとはなぁ。まぁそれも多分藍燐の成績が良過ぎるからだろう。過剰に心配しているんじゃないのか?」
先生ってのも暇なんだなぁと続けた。
「う、うん。でも……実はあたしの描く漫画はその、普通のとはちょっと変わって――」
「知っているよ、仁志が見せてくれたからね」
ハンドルを切りながらサラっと言った。
仁志とはあたしたち姉妹の兄で、あたしの趣味を知っているし理解してくれている。
「へぇ? ひっ仁志見せちゃったんだ?!」
あたしより驚いた黄蝶が裏返った声で言った。
「ああ。上手なのに何が問題なんだろうな?」
「……何って……」
姉妹で顔を見合わせる。
「友達に見せる漫画なら手心加えたのだろう? まさか藍燐が学校で問題になるようなヘマはせんだろうしなぁ」
「あ、う……うん。あの、ごめんなさい父さん」
ここまで信用されていたのか。怒られないとは分かっていたが……。
事の成り行きに呆然の体の黄蝶をバックミラーで確認した父さんがクスリと笑った。そしてその黄蝶へ振り向いて言う。
「実は憧れていたんだよ――学校からの呼び出しに」
笑顔でそう言った。
どうやら黄蝶の緊張や心配もお見通しのようだ。
「お父さんの度量なら一生怒るって事はないだろうね」
呆れた風に黄蝶が言って、緊張していた身体をシートに埋めた。
父さんは言われて爆笑していた。
会議室で担任、副担任、校長、教頭、生活指導と揃った所に父さんは威風堂々と入っていった。
その威厳に圧倒され気味の担任が事の成り行きを説明し、校長が学校としての懸念事項を述べている間、父さんは黙って頷いて聞いていた。
「そ、それでお父さんは、どうお考えでしょうか?」
父さんは黙って立ち上がると、校長の座る横まで進み口を開いた。
「子供の成長の芽を摘むような事をするな、この大たわけが!」
そう大喝して次に担任の元へ行き、その料簡の狭さを嘲った。圧倒されて何も言えない教師達を子供を叱るように叱りに叱りつけ続け、最終的には校長と担任はくだらない事で呼び出した非礼を詫び、その事で傷ついたあたしに対して謝罪した。
教員を怒鳴りつける父さんを眺めながら唐突に気が付いた。
――ああ、そうか。
父さんは怒鳴りながらも内心全然怒っていない――これは……父さんの愛情表現だ。
あたしへの愛情表現の為に会社を抜け出して呼び出しに応じたのか。目的はそれのみで教員の無能さも問題の漫画も父さんにはどうでもいいのだ。
帰ってから事の顛末を黄蝶と仁志に話すと、2人も何気に満足そうな表情で納得していた。
無論、これも父さんの計算の中だろう。
しかし、計算外のことだって……勿論ある。
翌日学校へ行くと美術見本としてあたしの作品が教室の廊下側の壁にぶら下げられていた。
学校中に腐女子である事がバレた事を黄蝶に話すと、頭を抱えて崩れ落ち、仁志は大笑いして、父さんは転校するか? と軽く訊いた。
――あたしは天に向かって神様をちょっとだけ罵った。




