零‐弐
…笑い声を上げた赤髪の少年が栗毛の少女に殴られていたのは見なかった事にしよう。
それにしても。逃げているというのに何とも危機感のない会話だろう。ふと後ろが気になったのだろう。赤髪の少年が、肩ごしに後ろを見た。少年達と同じ面をしたものは、しっかりと彼らを追いかけて来ていた。しかも、着実に距離を縮めている。
「うわぁ。このままじゃあ、おいつかれるなァ…。」
赤髪の少年は「こうなったら…。」と呟くと、少し思案して、素早く手を伸ばした。
「え…んがァっ!!」
声を上げたのは、白髪の少年だった。赤髪の少年は横に跳ぶと、白髪の少年の襟首を掴んで、追手に向かって思いっきり投げたのだ。捕まえてくださいと言わんばかりに。白髪の少年を逃げ切るための餌にでもしようとしたのだろう。しかし、白髪の少年も、ただでは済まさなかった。
「お前の、良いように、されるつもりは…無いわァっ!!」
言うと、投げ飛ばされる寸前に、赤髪の少年の袖をしっかりと手に掴んでいたのだ。結果、二つの狐面はもつれ合いながら一緒に追手へ飛び込んで行った。
「「ぬあああぁっっ!!」」
追手は、さほど驚くことなく。あっさりと、捕獲。
「…ばっかじゃないの。」
一連の様子を見ていた栗毛の少女は呆れたようにぼそりと吐き捨てた。
黒髪の少女は横目でそれらを見ながら、密かに足を速めた。なんたって、次に標的になるのは自分か、栗毛の少女なのだから。
ほとんど等間隔の瓦屋根をがしゃりと音を立てて蹴る。瞬間的に速くなる速度と共に耳の横で強くぼぼうと風が鳴った。
迫ってくる次の民家の屋根を蹴る。すると、
「ん?……へ。」
急に足下が開けた。どうやら逃げているうちに大通りまで来てしまっていたらしい。
「あ、ちょ、ま…っぬわあぁぁっ!」
屋根を蹴った力は今までの間隔を跳べる最低限である。当然、この広い大通りを飛び越せるわけもなく…。黒髪の少女は叫び声をあげながら、大通りの中程で力無く落下していった。
「…がっ!っつぅぅ…。」
幸か不幸か、落ちたところに人はおらず、黒髪の少女は重たそうな音を立て、地面に叩きつけられた。
「へ?あっ、ちょっと…っ。」
後ろから来た栗毛の少女は、人だかりになっている所に、通りに落ちた黒髪の少女を見つけ、バランスを崩すと、民家に激突した。
「い…っ~~。」
動きが止まったところを、追いついていた追手がすかさず確保。
「っ~もうっ!」
悔しそうに手足をばたつかせている栗毛の少女をものともせず、追手は黒髪の少女へ。
流石に屋根の高さから落ちれば、かなり痛いようで、(本当ならば痛いで済むはずはないのだが…)痛みをこらえるように、体を丸く縮めている。
追手は横に降り立つと、難なく、捕獲。
「つぅぅ…いたい…。」
こうして、突然にやってきた彼らは、呆気なく仲間のような何者かに捕まり、都にはのどかさが戻ったのだった。
次回からは本編に入っていきます。四つの狐面の正体も分かりますので、見ていただけたら幸いです。