零‐壱
瓦葺き屋根の並ぶ街頭。ゆったりと水を湛える川の上に掛かる朱色の橋。東西にそびえる山にはそれぞれ神社の大きな鳥居と、横に長く伸びる寺の屋根が覗いている。そんな、のどかな都の風景の中。
それはいつも突然にやってくる。
「いやっへええええええぃっっ。」
珍妙な叫び声と共に響く爆音は、都全体を震わせた。道行くものは皆一様に音のした方を見た。視線の先にはもくもくと立ち上る茶色の煙。ある者は何事もなかったように歩き出す。ある者はまたかと呆れたような声を上げ、ある者は元気だと笑い、また、ある者は目を輝かせて煙に向かって走り出す。
いち早くそこへたどり着いた子供達がわくわくと煙の元、とある民家の屋根を見上げた。人の気の無いその民家の屋根には、大きく穴が開いており、周りに粉々になった瓦や、木片が散らばっている。
煙が晴れてくると、埃っぽい煙の中に四つの影が立ち上がった。それを見て、子供たちは甲高い叫び声を上げた。待ってましたと言わんばかりだ。
「わ、人気者だねェ。俺達。」
煙の中で影の一つが愉快そうに笑い混じりの声で言った。
「子供ウケばっかり良いけどね。」
右隣の影が凛とした声で、答えるように言う。
「派手にやったね。…どうするの。」
静かな声が誰にともなく聞いた。答えは隣の影から発せられた。
「どうするって。それはまぁ、煙が晴れてからで。」
言い終わるや否や、前方から強く風が吹き四つの影を露わにした。子供たちの人数はいつの間にか民家を囲むほどに増えており、四つの影の姿を確認すると何かを探すように周りの家の屋根をしきりに見回し始めた。
四つの影は、皆少年少女のような姿をし、一様に狐の面を被り、白い袴を身に着けていた。
「て言うか民家壊す必要なかったよね。」
長い黒髪を後ろに垂らした少女が先ほどと同じように静かに言った。
「まあ、いいんじゃない。此処人住んでないし。そうでなくてもすぐに治るし。」
赤髪の少年は変わらぬ調子で、愉快そうだ。
「あんたはいっつもヘラヘラと…少しは危機感持ったら?」
栗毛の髪を一つにまとめた少女は凛とした声を不機嫌そうに低くした。
銀髪を下の方でゆるく束ねた少年は、横で繰り広げられている言い合いを軽く無視し、周りの家の屋根を先ほどの子供たち同様注意深く見回した。しかし、周りの屋根には何もない。誰もいない。
「…っ。」
突然。およがせていた視線を、何かに気づいたように一つに定めた。その先には、ずっとそこにいたかのようにたたずむ、少年たちと同じような格好をした狐面の者が立っていた。
「あ。やべっ…狐だっ。皆っ逃げるぞっ!」
銀髪の少年は慌てた声でそう叫ぶと、屋根から大きく跳んだ。
「え?…あ”。」
黒髪の少女も、正面の者を見た途端。焦ったような素振りで屋根から跳び上がる。
「こりゃやばい。」
と言った赤髪の少年はちっともやばいというような言動ではない。それに栗毛の少女が声を荒げた。
「あんたねェっ!そもそあんたが変な叫び声上げるからっ…。」
「あ。それ私。」
黒髪の少女の言葉に栗毛の少女は首をぶんと音がするほど勢いよくそちらへ向けた。
「嘘っ!?」
「嘘。」
「それ、俺~。」
今度は白髪の少年が声を上げた。
「はっ!?」
「嘘。」
連続でからかわれた栗毛の少女は怒りの声を上げた。
「…っいちいち嘘つくなぁっ。」
「あはは、いじられてるねェ。」