王妃様のお菓子
ここはアンバー王国の王都ディアモンド。
先日の王妃様お買物騒動から2週間ほど後。
国王シャルルからの「外出禁止令」により、ほぼ王城軟禁状態の王妃レティエンヌ。
太らない薬を研究してみたり(失敗してお腹を壊して怒られた)、温室の花を取ってきて、王城中を飾ってみたり(これは華やかになったと褒められた)、先日買い求めたモケモケブーツを履いて王城中をうろちょろして、そこそこ軟禁生活をエンジョイしていた。
お菓子を作ってみたいなぁ。
朝食後の、ほっこりタイムのお茶を飲みながら、何気なく思いついたレティ。
お茶の時間にはいつも、何かしらお菓子が添えてある。城の料理人が腕によりをかけてシャルルやレティのために作っているものだ。
いつもとびきり美味しい。
それを自分でも作ってみたくなったのだ。
「今日はお菓子作りに挑戦!」
そういうや否や、サロンを抜け出して厨房へ向かうのであった。
「どれが一番簡単にできる?」
レティがかわいらしく料理長に聞く。
ここは王城の厨房。
厳ついおじさんな料理長の横に、かわいらしいふりふりレースのエプロンをつけたレティが並んでいる。ふりふりレースのエプロン、本人いわく「良妻スタイル」らしい。
シルバーの「いかにも厨房の」調理台の上には『はじめてのお菓子』なる、初心者向けのレシピ本。
「そうでございますねぇ…、マドレーヌなどはいかがでしょうか?材料を混ぜていくだけでできますので。」
レシピ本をパラパラとめくり、目的のページを指し示す料理長。
「そうなの?じゃあ、それにするわ。」
かわいらしい笑顔を綻ばせるレティにつられて、厳ついおじさん料理長も微笑む。
その後方、弟子たちが料理長の微笑みを見て驚愕し、お皿を落としそうになったのは余談。
「かしこまりました。では、材料を準備いたしましょう。」
二人は早速調理に取り掛かったのだった。
最近、国王シャルルの執務は忙しく、昼食にも戻れず、3時のお茶の時間に間に合うかどうかということが続いていた。
外国へ貿易に出ていた船が帰還する日が近づいていたのだ。そのための書類が膨大に増えたのが原因だったが、その帰還も明後日に控え、ようやく激務の終焉が見えてきていた。
「今日だ。今日で終わりだ。がんばれ、オレ!」
午前中に執務を終わらせることを至上命題にしているシャルルにとって、ここ最近は至極無念な日々が続いていたのだった。
今日も、「昼食は執務室で摂るから、レティは好きにしていいよ。」と言い置いて執務に向かったのだった。引き留めてオーラダダ漏れは、その場にいた全員が感じたことだったのにレティだけは「そうなの?わかったわ。適当にしますね!いってらっしゃいませ!」と、全く気にする様子もなく、全開スマイルでお見送りをしたのだった。
「やった!!終わったぞ!!」
晴れ晴れとした顔で、本日の業務、いや、貿易・外交関連の激務の終了を宣言したのは、普段の彼からすると遅めの2時。
しかし、それはここ最近の激務からの解放も意味していた。
小躍りしそうな雰囲気に、宰相トパーズ公爵も
「よくがんばりましたね、陛下。さ、後は自由の身ですよ。」
と、労うのだった。
「じゃ、向こうでレティとまったりしてくるよ!」
シャルルは嬉々として執務室を後にしたのだった。
…が。
また、いない。
サロンをさりげなく見渡すと、侍女たちも、シャルルに気取られぬように気を付けながらも、レティの行方を捜している様子。
「パール。レティはどこだ?」
先ほど、どこかから帰ってきたとみられるパールに聞くが、
「ええーと、お、お手洗いに行かれたのではないでしょかー?」
と、引きつり笑いとともに、言葉を濁された。
「何時間もお手洗いに行ったままなんてあるのかな?」
優しい口調・素敵な笑顔だけれど、いかんせん目が笑ってないシャルル。
「な、ないですよね~!あははは~。」
シャルルの凄味に気圧されたパール。
「で、いつからいないのだ?」
パールは観念して現状を伝えることにした。
「朝食後のお茶はここで飲んでおられたのですが。その後から姿が見えないのです…申し訳ありません。ちょうど、皆の目がないときに出て行かれたものと…。城の外には出て行かれてない様子です。結界に乱れもなく、何よりレティ様のコートもそのままございましたし。」
「ふむ…。わかった。もう一度城中を捜そう。近衛隊を集めよ!」
「って、えっ???近衛隊でございますか?」
「そうだ!どこかで怪我をして動けなくなっていたりしては一大事だからな!サファイルー!サファイルはどこだー!!」
近衛隊長の名前を叫びながら部屋を飛び出していくシャルル。
「近衛兵出動って大袈裟ではござ…って、聞いてないよ…。」
シャルルに向かって差し伸べられたパールの手は、空をさまよったのだった。
卵を割り、砂糖を加え、バニラビーンズと牛乳を加えて混ぜて混ぜて。
そこにふるった小麦粉とベーキングパウダーを加えて混ぜて混ぜて。
最後に溶かしたバターを加えて混ぜて混ぜて。
ド初心者のレティにも簡単な作業で、鼻歌交じりに泡だて器をしゃかしゃかさせていた。
出来上がった生地を休ませる間に、レティは昼食を摂った。
わざわざサロンまで戻るのも面倒だったので、厨房の調理台の上で。
昼食後のお茶を飲んでから、作業の続き。
焼き型に流し込んで、オーブンで焼く。
しばらくすると、厨房中にバニラのいい香りが漂ってきた。
「う~ん、いい香りね。」
あまーいバニラの香りに鼻をくんくんさせるレティ。
「ええ、レティ様。きっと美味しくできてますよ。もうすぐです。」
レティと料理長がオーブンを覗き込んでいた時だった。
どたどたどたどた…!!!
バアァァァァン!
「ああっ!レティ様!!こちらにおいででしたか!!陛下に連絡を!厨房にてレティ様発見!!!」
その頃、シャルルは先陣切って捜索に当たりたいところだったが、行き違いになってもいけないのでサロンの中で落ち着きなく右往左往していた。
「怪我などしてないだろうか?使ってない部屋に閉じ込められたとか?」
「陛下、落ち着いて下さいませ。じきに見つかりますよ。」
色々な事態を妄想しているシャルルに侍女長が声をかける。
そこへ、
どたどたどたどた…!!!
コンコンコンコン!!!
慌ただしい足音の後、部屋の扉がいささか性急にノックされた。それにシャルルが応えた。
「どうした!」
「はっ、ただ今厨房にてレティ様発見とのことです。」
「なに!?見つかった!?…って、厨房?まあよい、今すぐ行く!」
またもや部屋を飛び出していくシャルルであった。
またまた厨房。
近衛兵が扉を破らんばかりの勢いで開けてからしばらく後に、シャルル到着。
「レティ!!どうして行先を誰にも言わずにいなくなる?」
険しい表情でレティに駆け寄り、ぎゅううっと抱きしめた。
「まあ、シャルー。あら、やっぱり誰も気付いていませんでしたのね?みな、お仕事忙しそうだったから、邪魔しちゃいけないなぁって思っただけよ?」
きょとんとしながら、シャルルの顔を見上げるレティは超キュート。
「皆がどれだけ心配したと思う?」
超キュートなレティに誤魔化されそうになりながら、気を引き締めて彼女を諭すシャルル。
「お城の中だから大丈夫じゃない。外に出ちゃダメって言ったのはシャルーよ?」
「う…それはそうだけど…」
「今日はね、忙しくしてたシャルーのためにお菓子を焼いたのよ?」
ウソも方便。ただお菓子が作りたかっただけだったくせに。
「うっそ、マジ?」
驚いて、抱きしめていたレティを少し離してまじまじと見つめる。
「料理長に教えてもらってね。焼きあがったから、一緒に食べましょう。」
瞬殺スマイルと、手作りお菓子でシャルルをうまく丸め込んだ。
レティと一緒にサロンに戻ったシャルルだったが、
「陛下。お妃様を捜すだけにいちいち近衛兵を総員出動させるのはどうかと思われます。」
にこやかに怒気を放つトパーズ卿につかまり、そのままレティと引き離され、執務室でこんこんとお説教されたのだった。
そんなシャルルが解放され、レティとようやくいちゃいちゃらぶらぶできたのは、夕食後だったそうな。
今日もありがとうございました!