王妃様のレシピ
いつもレティが焼いているマドレーヌのレシピを公開!
ここはアンバー王国の王都ディアモンド。
今年もバレンタインを数日後に控え、人々の雰囲気がどこかそわそわしてものになっていた。
王城でも例に漏れず。
王妃レティエンヌは国王シャルルのためにプレゼントするお菓子を焼こうと、今日は厨房にやってきていた。
ちょいちょい顔を出す王城の厨房。強面料理長のもと、勝手知ったるなんちゃらで今日も着々と準備を進めていくレティ。
「今日はマドレーヌよ!」
愛らしい笑顔で高らかに宣言するレティに、
「普通の、でございますよね?」
恐る恐る聞いてくる料理長。するとレティは笑顔を引っ込めて、
「普通って何よ、普通って」
ぶう、と口を尖らせるレティは相変わらず超キュート。とても一児の母とは思えない。
「いえ、昨年は薬草入りのショコラをお作りになって……」
強面料理長の視線が泳ぐ。
「ああ、シャルーが泣いちゃったやつね。うん、もう作らないわ。今年は薬草とかなしにね、シンプルに行くのよ。やっぱりシンプルが一番よね」
一人で言って一人でコクコク頷くレティ。しかし周りの使用人たちはもっと大きく頷いていることにレティは気付かない。
「それはよろしいかと存じます」
どこかホッとしたような料理長。
「なんでみんな最初に『普通のですか?』って聞いてくるのかしら? 失礼しちゃうわね」
思い出したかのようにブツブツ言うレティ。誰だって美味しいお菓子は好きだが、そこに薬草が投入されて『改悪』されたものを食べる気にはならないということに気付いていないらしい。ちょっとは味見しろ、というツッコミは各々胸の中で。
「ま、まあまあ。では、レティ様。準備いたしましょう」
「はーい」
料理長の言葉に素直に返事をするレティであった。
「材料を用意いたしましょう」
「はーい」
薄力粉 200g、グラニュー糖 200g、バター200g、卵3個、ベーキングパウダー 6g 牛乳 50cc、バニラオイル 少々。
次々に手際よく準備されていく材料たち。
「ではまずバターを溶かしましょうか」
料理長がバターの入ったボウルを手にすると、それを湯煎にかけた。
「あ、でも魔道具でチンしてもいいんじゃないの?」
その手元を覗き込みながらレティが言うと、
「それでも構いませんね」
ニコッと肯き同意する料理長。しかめっ面が基本スペックなので、その激レアな笑顔にどよめく使用人たち。おもに恐怖で。
しかしそんな周囲のノイズなど全く気にしないレティは、ふむ、と肯くと、
「その方が簡単よね! じゃあ、バターを溶かしているうちに、私は小麦粉とベーキングパウダーを一緒にふるっておくわね」
そう言って小麦粉とベーキングパウダーの白い山に手を伸ばした。
「ハイ。よろしくお願いしますね。二回ふるってください。ずるなしですよ!」
「はーい」
下準備ができたところで、
「ではボウルに卵を割り入れましょう」
「はーい」
こんこんこん、ぐしゃっ、ぱかっ。
「軽くかき混ぜたらグラニュー糖を入れてくださいね」
「はーい。これってどれくらい混ぜるの?」
「大体お砂糖が溶けたかなというくらいですね」
「ざらざらしない、なめらかな感じ?」
「そうです」
「あ~、シャカリキに泡立てなくてもいいの?」
「ええ。すり混ぜるという方が表現的には合っているかもしれませんね」
「ふーん」
カッシャカッシャカッシャ。シャカシャカシャカ。
「大体混ざったわ」
「ではそこに牛乳を入れてください」
「はーい」
どぼぼ。
「バニラオイルもこの辺りで投入しておきましょうか。そしたらまた混ぜて」
「はーい。ば・に・らっと」
ちょんちょんちょん。
まぜまぜまぜまぜ。
「あ~、あま~いいい香りがしてきたぁ!」
うっとりと目を閉じ、その香りを楽しむレティに、
「混ざったら、そこに先程ふるっておいた小麦粉とベーキングパウダーを入れてまぜてください」
料理長は次の指示をする。
「え? まぜていいの? 泡だて器のまま? ゴムべらに変えなくてもいいの? ほら、よく言うじゃない『練るな、切るようにまぜろ』って」
「この場合は大丈夫ですよ。恐がらずに大胆にまぜてください」
「へへ~」
わっしゃわっしゃわっしゃ。
すいぶん生地がもったりとしてきた。
「結構生地が重たくなってきたわね」
「そうですね。泡だて器を持ち上げたらなめらかに落ちていくくらいにしっかりまぜてください」
「クリーム状ね」
「ええ。まざりましたら溶かしておいたバターを入れてください。そしてまたまぜます」
「はーい。バターが底に沈んで混ざりにくいけどがんばるわ」
ぐりぐりと生地をまぜ続けるレティ。その手元を覗き込みながら料理長は次の指示を出す。
「まざりましたら少し生地を休ませましょう」
「どうやって?」
「厚手のビニール袋でもいいですし、おススメはジップロックのフリーザーバッグですね」
「ナニソレ?」
「いえ、判る方には判る魔道具です」
「ふーん」
「ジップロックに入れて封をし、そのまま冷蔵庫の中に入れてください」
「はーい」
袋につめ終えた生地を冷蔵庫へ入れるレティ。
「では休ませている間に、こちらも休憩としましょうか」
「生地を休ませるって、どれくらいの時間かかるの?」
調理台の前に椅子を二脚持ってきて、料理長自らが淹れてくれたお茶を飲んで休憩するレティがふと思ったことを質問した。
「そうですね。短くとも20分くらいは冷蔵庫に入れていただいた方がいいですね」
「でもなんで?」
「生地が馴染んで美味しくなるのでございます」
「ふうん。そうなんだ」
「はい。一晩くらい休ませても大丈夫ですし、冷凍庫ならばもう少しもちますよ」
「じゃあ、『明日手土産に持っていきたいから、今日タネを仕込んじゃって明日焼こう☆』っていうこともできるのね」
「おっしゃる通りでございます」
「なるほど~」
~20分以上経過~
「まあ、そろそろよろしいかと思われますね。では冷蔵庫から生地を出してきてください」
「はい」
「固くなっておりましたら少し手で揉み解して柔らかくしてもらっても結構ですよ」
「わ~、冷たい!」
少し硬くなった生地を手で揉み解すレティ。それを微笑ましく見守りながら、料理長は焼き型を用意していく。
「型にバターを塗り、型の高さの3分の2くらいまで生地を流し込みます。この時に袋の端を三角に切り落とすと、絞袋のようになって型に流しやすくなりますよ」
実際に袋の端を三角に1cm位切り落としてみせる料理長。
「わあ! なるほど!」
それを受け取り、型に流し込む作業に取り掛かるレティ。
「8cmのマドレーヌ型でだいたい30個くらい作れますね」
「たくさん作れるのね!」
「紙の型やアルミの型を使われるのも、簡単で便利でございますよ」
「そうね。バター塗る手間もいらないしね」
「袋についた生地は、スケッパーなどでしごいていくと、無駄なく生地が絞り出せます」
そう言うと、袋の中に残っていた生地を絞り出し口の方にしごいて集めてくる料理長。
「すごいわ~! これなら汚れ物も少なくて便利~!」
感心しきりでその手元を覗くレティ。大きな目がさらにまん丸くなっている。
「これを190度に予熱したオーブンで12~13分焼きます」
「きつね色が目安?」
「ええ。焼きあがったら竹串などで突き刺して、生地が付かないかチェックはしてくださいね」
「は~い」
~12分後~
ちーん。
「ふわぁ! オーブン開けた時のこの甘いにおいがたまらないわ~!」
目を閉じ、胸いっぱいに甘いにおいを吸い込むレティ。幸せそうにとろける笑顔である。
「今日もお上手に焼けましたね」
焼き上がったマドレーヌを、手際よく籠に盛っていく料理長。せっかく外はパリッと焼けたのだから、湿気てしまわないようにとの配慮である。
「ええ! ありがとう! さっそくシャルーのところに持って行かなくちゃ、また厨房に突撃しかねないわ」
「え? レティ様、まさか行先を告げずに来られたのですか?」
サッと顔色を変え、にわかに慌てだす料理長。
「ちょっとね~。だってサプライズにしたかったんですもの」
にこーっと微笑むレティ。
「悪いことは申しませんから、すぐさまサロンへお戻りくださいぃぃぃぃ!!」
マドレーヌが盛られた籠をレティに渡し、足早に出口へとエスコートする料理長。
「はーい。じゃあね!」
使用人一同の心配を他所に、ご機嫌スキップでサロンへと戻って行くレティであった。
今日もありがとうございました(*^-^*)
ぜひともお試しあれ!




