王妃様と侍女・そのに
今日もレティはがんばります!w
ここはアンバー王国の王都ディアモンド。
王妃レティエンヌが王子を産んでほぼひと月が経とうとしていたが、いまだに城下は王子誕生に浮かれたままで。
王子は『アンジェ』と名付けられ、レティの乳をぐいぐい飲んですくすくと育っている。
今日もアンバー王国は平和である。
「そろそろ殿下の乳母を選定せねばなりませんわね」
3時間おきの授乳をしていたレティの傍で世話をする侍女長が、そうレティに声をかけた。
「ん? そうね。もう1ヶ月だものね」
満足いくまで乳を飲み干した赤子は、レティの手から侍女長の手に渡り、げっぷをさせんがために背中をさすられている。侍女長の肩に担がれたようになりながら、げっぷが先か寝落ちが先かといった具合のうとうとぶりなのだが。
アンバー王国では、王族や貴族は生まれてきた子供に乳母をつけるのが一般的。生後2ヶ月までは生母の母乳が栄養面でも一番適しているため生母自らが授乳するのだが、その後は乳母に託すのだ。
アンジェの乳母もそろそろ決定しておかねばならない時期に来ていた。
「はい。候補の選定は済んでおりますので、後は陛下とレティ様とでご相談くださいませ」
そう言いながら侍女長は、盛大にげっぷをした途端に寝付いてしまったアンジェをベビーベッドに寝かせている。
「わかったわ。シャルーが戻ってきたら聞いてみるわね。候補者のリストを教えてね」
「かしこまりました」
そう言うと、侍女長は候補者リストを用意するためにレティの部屋を後にした。
「……」
「……? パール? どうしたの?」
「……」
「機嫌悪い?」
「いーえ」
「悪いじゃない」
「いーえ」
アンジェが寝付いた、つかの間の静かな時間。まったりとお茶を飲んでいるレティなのだが、パールの様子がおかしい。むっつりと黙ったまま淡々と給仕をしているのだ。普段ならあれこれとレティとおしゃべりしながらの作業なのに。
不思議に思ったレティが問いかけても機嫌が悪い。
「どうしたのよ~? パールらしくないわ?」
「……だってですねぇ」
レティから目線を逸らせて拗ねたような表情をしているパール。かるーく唇をとがらせている。
「だって?」
その先を誘導するレティ。パールの目線を追って顔を覗きこむ。するとパールは、キッとレティに視線を合わせたかと思うと、
「レティ様のお子様の乳母には絶対に私がなるって決めてたんです!!」
一息に言い切った。
「へっ?」
突拍子もないカミングアウトにぽかんとするレティ。イマイチ意味が解らなかったようだ。
カクンと小首を傾げてホヨヨ顔である。
「だーかーらー。レティ様のお子様が誕生した暁には、私が乳母になりたかったんですってば!!」
「えええ?!」
やっと意味を理解したレティ。驚きに思わず手にしていたティーカップを取り落しそうになってしまった。
「小さい頃からの夢だったのに~! 他の方にこの役を渡さねばならないって、悔しくて悔しくて!」
手にしたままの茶器を握る手がわなわなと震えている。
が、しかし。
「ねえ、パールさん? そもそも乳母って、既婚の、しかも子供を産んだばかりの者がなるものなんですけど……?」
根本的なことを指摘するレティ。
「知ってます!! 重々承知してます!」
唇を尖らせたままつっけんどんに答えるパール。
「だよねー。えーと、まずは結婚からしましょうか?」
「ぐっ……」
「あら、どうしたの? ペリドット様と結婚したらいいじゃないの」
執務官室次長のペリドット。仕事もできてクールな美形。パールの恋人である。
上手くいってないとかそういったことは聞き及んでいない。むしろ順調に愛を育んでいるともっぱらの噂なのだが、パールはなぜか浮かない顔。
「だってですね~……」
拗ね顔のパールが口を開けた途端。
「レティ様もそうお思いになりますでしょう?」
ここに在るはずもないバリトンが響いた。
「ぺ、ペリドット様!!」
「あらぁ、シャルー。お帰りなさい~」
焦ったパールの声と呑気なレティの声が被った。
部屋の入り口扉の方から聞こえてきた声の方を見ると、そこには執務を終えたシャルルと、少しくの書類を手にしたペリドットがいたのだった。
「パールはうちの子の乳母になりたかったんだ~」
「へ、陛下っ!! さっきの話、聞いておられたのですかっ?!」
「うん、バッチリ!」
「うきゃ~~~!!」
ニヤニヤ笑いながらのシャルルに、真っ赤になるパール。両手で顔を覆ってしまった。
「今回は間に合わなかったけど、また次あるし? つーか、ペリドット。なんで結婚しないんだよ?」
後ろに控えているペリドットに振り返りながらシャルルが聞くと、
「いえ、何度もプロポーズしているのですが、一向にいいお返事をいただけませんで。ね? パール?」
クールな顔でしれっと答えるペリドット。しかし最後の方は極上の笑みをパールに向けながら。
「うっそ~!? ほんとなの? パール?」
眼を見開き、両手で頬を包みながら、そんなペリドットとパールを交互に見遣るレティ。
「は……はい……」
顔を真っ赤にしたまま俯くパール。
レティはすぐさま行動した。
「これは話を聞き出さなきゃ!!」
と俄然張り切ったレティは、目を覚まして泣き出したアンジェをシャルルに押し付けて「散歩に行ってきてぇ」と、ペリドットと共に部屋から追い出した。最愛の妃のニッコリ笑顔にとことん弱いシャルルは「わかった!! 行くぞ、ペリドット!」と、ぐずぐずむずかるアンジェを抱っこし、暖かな日差し溢れる庭へ颯爽と散歩に出て行った。「なぜ私も??」という怪訝な顔のペリドットを従えて。
シャルルとペリドットをまんまと追い出したレティは。
二人分のティーカップに、二人分の焼き菓子。
テーブルにそれらをセッティングし、
「さ、話を聞かせてもらうわよ! ここに座って?」
ニッコリと超絶スマイルを繰り出した。いつものソファの、自分の隣――いつもはシャルルの指定席――を手で示しながら。
「はい……。失礼いたします……」
こうなったら絶対引かないレティを知っているパールは、諦観の面持ちで、指し示されたレティの隣に腰掛けた。
「な~ぜ~、プロポーズを受けなかったのかしらぁ?」
隣に座ったパールに、にっこり微笑みかけながら詰め寄るレティ。今日の笑顔は威圧的である。
「え、えーとですねぇ。ほら、ペリドット様ってとっても素敵な方だから人気があるじゃないですかぁ」
「ふむふむ。それからそれから?」
「別にどーってこともない、何の変哲もない私がお付き合いしてるだけでもおこがましいっていうかぁ」
「ほうほう」
「釣り合わない私が、結婚までしてしまったら申し訳ないっていうか、何ていうか……」
もじもじと膝の上に置いた手を動かしながら言いにくそうに話すパール。語尾はもはやモゴモゴしてしまっている。
「でも、今まで誰かに何かを言われたの?」
「いえ……」
「ま、言われていたらさっさと私が潰してるけどねっ!」
「れ、レティ様っ?!」
レティの物騒な発言にぎょっとするパール。レティならやりかねない。そんな焦ったパールを面白そうに見ながら、
「ほほほ☆ はい、続けて」
またにっこりと可愛い笑顔に戻ると先を促す。黒いレティに少々引きつりながらも、先を続けることにしたパール。
「言われてはないけど、視線が突き刺さってくるというか、痛いというか……」
おずおずとレティを上目遣いに見てくる。今日のパールはいつものキャラとは全く違っていて、「弄り甲斐があるわぁ☆ くふっ」とほくそ笑んでいるレティだが。
「あー。なるほどねー。そういう風にとってたのね~」
「へっ?」
ニヤリと笑うレティ。キョトンとなるパール。
「視線が集まるのはねぇ、『あの』ペリドット様がパールを溺愛してるからじゃないの」
「えええっ?!」
レティの発言に目を見張るパール。
そう、レティが他の侍女や下仕えから聞いている話は、今まで物腰こそ柔らかながら、どんな女性にもクールだったペリドットが、パールにはこまごまと世話を焼き、マメに時間を作ってはデートしているといった『溺愛情報』だったのだ。そんなペリドットの豹変ぶりに、元カノやファンクラブの面々も『こりゃ勝負にならんわ』とばかりに生暖かい目で見守っているのが本当のところ。
むしろそんな溺愛の彼女に何かしようものなら、ペリドットの報復の方が何十倍・いや何百倍も恐ろしい。確実に『王城勤務』という職は失うだろう。もはや誰も二人の、いや、『彼の』恋路を邪魔するものなど存在してはいないのだ。
そのまなざしを『刺さる・イタイ』と感じていたパールは、タダの勘違い。
「ねっ? だからさっさと結婚しちゃって子供作っちゃって、次の御子の乳母になってよ☆」
黒い笑顔を引っ込め、翳りひとつない超絶スマイルでおねだりポーズを繰り出すレティ。
「何気にすごいこと言わないでくださいよ~」
もはや涙目のパールだった。
そんなレティとのお話合いの結果か、はたまたペリドットの頑張りの結果か、その後すぐに二人はめでたく結婚したのだった。
「あれ? そう言えばアンジェの乳母、まだ決めてなかったわねぇ」
「ほんとだよ」
「パールとペリドット様のことに頑張りすぎちゃって、すっかり忘れてたわ」
「おーい」
「どうしましょ?」
今日もありがとうございました(^^)




