王妃様のお買物
ここはアンバー王国王都ディアモンド。
季節は冬。
比較的温暖な気候ながら、四季の移ろいははっきりとしていて、冬の時期は北にそびえる山脈の影響で雪が積もる。
南の、海岸地方は雪が積もることはないが、王都はやや北に位置しているために、12月~3月上旬までは雪に覆われるのであった。
今朝も雪が降っていた。
王城は基本的に石造りだが、そこに住まう貴人たちのために、出来うる限り快適にすごせる様に工夫が凝らされている。
暖房は、最先端の魔術をフル活用したセントラルヒーティング。
城全体、部屋や廊下に至るまで、一定温度に保たれている。
部屋の床には高級ふかふか絨毯。
言うことなしの防寒対策のはずであった。
だが、約一名、不満を持つ者がいた。
――― 王妃レティエンヌである。
「ここの暖房は完璧だわ。完璧なのよ?でもね、私ってすっごい冷え症なのよ。どんなに部屋を暖かくしてくれていても、冬は足先が冷たくて仕方ないの。セントラルヒーティングに問題があるとかないとかっていうのじゃないのよ?そこんとこわかって頂戴ね。」
朝食を国王シャルルと共に摂り、執務室に向かう彼を見送った後、今日も体を温めるべく、ジンジャーミルクティを飲みながら、レティは侍女のパールに言い募る。
「ええ、そうですわ。王城のセントラルヒーティングは素晴らしいものです、レティ様。でも、冷え症は別問題ですものね。」
レティよりも3歳年上の侍女パールは、幼いころからお仕えしているので、彼女の冷え症がいかにひどいものかをよく知っているのであった。
「でっしょう!で、私としては暖かいブーツが欲しいのよ。」
わが意を得たり!と、レティが得意げな顔をしながら言い放った。
「ブーツ、ですか?」
「そう、ブーツ。今、城下町の若い娘さんたちで流行ってるんでしょう?ふわふわのファーが付いたもけもけブーツが。」
レティは眼をキラキラと輝かせている。
「ああ、あれでございますか。そうですね、いろいろな種類がございますが、どれも暖かそうですわ。」
「それ、欲しいのよねー!だって、こちらでは基本パンプスかヒールじゃない。これってほんっとに足首が冷えちゃうのよ。足先もジンジンして痛いし。」
まるでおばちゃんのようなことを言うレティ。
「では、いくつか見繕わせて、こちらにお持ちいたしましょうか?」
「いや、そうじゃないの。この目で見て、選んで買いたいの。」
嘘くさい無邪気な笑顔をするレティ。
造られた笑顔でも壮絶にかわいいのだが、見慣れているパールには嫌な予感がバシバシするだけである。
「…それはもしや、お忍びで外出したいということで?」
半目になりながら、レティに質問する。
「そう!さっすがパールね!よくわかってくれてるわ。」
「てゆーか、そうとしかとれませんわよレティ様。」
「ついでに、街ではどんなものが流行っているのかも見たいし!」
「陛下に知れたら一大事でございますわ。」
いろいろと想像がつくから恐ろしい。捜索のために軍隊を総動員しかねない。
「だから内緒なんじゃないの。ね?王都一の品質・品揃え・安心価格、なおかつ王宮御用達のラピスの店に行くだけだから。」
ね、お願い!と、合掌したおねだりポーズのレティは無敵である。
「…はぁ…。まあ、あそこなら城門からも近く治安もいいところですけれども…」
おねだりポーズに屈する一歩手前で、理性総動員して踏みとどまるパール。
「パールと、じゃあジルコニスにもついてきてもらうわ!これなら無敵よ!」
ジルコニスと言うのは、王宮の近衛騎士隊の第一小隊隊長で、オニキスの孫にあたる22歳の青年である。見栄えもいいことながら、騎士としての腕前もかなりのもので、近衛隊長の右腕とも呼ばれている人物である。
「シャルーや兄様の次に腕が立つと言ったらジルしかいないでしょ。」
人差し指をピっと立てて、かわいらしく微笑むレティ。
最後のとどめに陥落したパールであった。
「ほんっとに少しだけでございますよ?」
「わかってるわ。シャルーがお仕事終わるまでには帰ってこれるってば。」
「…。ジルを呼んで参ります…」
すっかり完敗のパールであった。
ちょっと小奇麗な町娘風に着替えたレティとパールは、私服に着替えて城門でこっそり待機していたジルと合流した。
「ほんとにヤバいんですからね!レティ様。サクッと帰ってきましょうね!」
シャルルの溺愛を知っている近衛騎士としては、今の自分の置かれた立場がいかに危険かと言うことを十二分に理解していた。
あ~、ばれたらオレ、クビかも…。
遠い目になるジル。
「はいはい、大丈夫よ。そうそう!ジルのかわいいアメシスのお休みは、ちゃーんとジルに合わせてあげるからね!」
ジルの彼女のアメシスは、レティ付きの侍女の一人。彼女とのデートの約束を餌に、ジルを道連れにしたのだった。
「はいっ!オレ、本日の護衛、がんばりますっ!」
右手をシャキーンと挙げて、宣誓するジル。
彼は自分に課せられた任務を全うすることに集中することにした。
城門を出て5分もかからないうちに、ラピスの店はある。
城門からまっすぐ、噴水大広場と呼ばれる円形広場に繋がる大通りが王都のメインストリートで、広場の手前にラピスは店を構えているのである。
今日は夜中に降った雪の影響で、道行く馬車はどれもスタッドレスを履いていた。
レティご一行様も、雪道で滑らないようにスノーブーツを履いていた。
店に入り、ラピスに説明を受けながら、いろいろブーツを試してみた。
本当にたくさんの種類がある。ショートから、ロング、ニーハイまで。
大通りをゆく町娘のファッションなども、パールとチェックしながら買い物を楽しんでいたのだった。
一方、王城。
今日も朝食後から猛然と執務をこなしていた国王シャルルは。
よくやった、自分!!すげーよ、オレ!!
と自画自賛しながら、書類の山を前にガッツポーズを決めていた。
今日の分の執務を、普段なら4時間ほどかかるところが、なんと2時間半で終わらせてしまったのだ。
まあもっとも、火急の問題もなく、執務の量が少なめだったということもあったが。
これ、自己新だ!
しょーもない感動に浸るシャルル。
時刻はまだ11時半。
宰相の生暖かい視線をものともせず、最愛のお妃様の元へとすっ飛んで行くのであった。
…が。
…いない。
…どういうこと??
勢いに任せて王城中を探し、侍女長や近衛隊長、廊下ですれ違う者にまで聞いたが、皆が皆、
「サロンにおいでではないのですか?」
との返答。
「サロンどころか、どこにもいないんだっ!」
だんだん焦りが募ってくるシャルル。
レティ、めちゃくちゃかわいいから誘拐されたとか?どこか穴とかに落ちてけがして動けないとか??
王妃の誘拐など、かわいいからでは行いませんよ、陛下…。
「近衛騎士隊を集めよ!!これからレティの捜索を命ずる!人数が足りないようならば軍隊の方も出動させてかまわぬ!」
シャルルが近衛隊長に命じた。
ちなみに近衛隊長は、レティの2番目の兄サファイルである。
「…かしこまりました。レティだけでなく、レティ付きのパールもいないとのことです。後…申し上げにくいのですが、第一小隊長のジルコニスもいなくなっておりまして…」
「なに?何かに巻き込まれた可能性があるかもしれんな?すぐさま行動せよ!オレが陣頭指揮を執る!!よし!総員、出動!!」
シャルルを先頭に、近衛騎士達は勢いよく城門を飛び出していった。
「よし、これに決めよう!」
数あるブーツの中から、ようやく「これっ!」というものを見つけたレティは、代価を支払って、それから勧められるままにラピスたちとお茶をしていた。
何気なく硝子戸の向こう、大通りを見ていると、ドドドドドーっと大勢の騎士たちが走り抜けていく。
「何かあったのかしら?」
レティは何気なく言ったが、表を行く騎士が近衛騎士の制服だということに気付いたパールとジルは、さーーーっと顔色を変えた。
「な、なんでしょうかねぇ?」
「あ、長居しすぎたみたいだから、そろそろ帰りません?」
あははははーと、乾いた笑いを無理やり貼り付けて、いそいそと帰り支度をする二人。
「?」
また外を見ると、硝子戸越しに騎士と目が合った。
「いましたーーーー!!!!こちらにいらっしゃいました!!!」
目が合った騎士が叫んだ。
「はへっ?」
レティがきょとんとしていると、すぐさま勢いよく硝子戸が開けられて、
「レティ!!!!!」
シャルルが飛び込んできた。
あれよあれよというまに3人は店の外へ。
「毎度ありがとうございましたー。」
にこにことお礼を述べるラピスだった。
王城に帰ってから。
パールは侍女長からきつーーーくおしかりを受けた上、お尻を百叩き。
ジルはオニキス爺やからお説教&剣の稽古をぶっ倒れるまでさせられた。
余談だが、オニキス爺やは実はものすごい剣豪で、かつては近衛騎士隊長でもあった。今でもその剣の腕は落ちてはおらず、たまに現隊長やシャルルの指南などもしている。が、あくまでもリタイヤしてるので前線にはいかないのだが。
そしてレティは。
実の父親である、宰相トパーズ公爵からのお説教が待っていた。
ソファの上に正座させられて「王妃たる者…云々カンヌン」。延々2時間。
そのあと、シャルルから外出禁止令が出たのは言うまでもない。
「出掛けたい時は、お忍びでもシャルーを誘おう」と、レティは心に誓ったのだった。
先頭を行っていたシャルルは、もちろんラピスの店をスルーしてしまっていました。急ブレーキ・急旋回もものともせず滑らず駆け戻れたのはスタッドレスな軍御用達のスノーブーツのおかげ。ちなみに、ラピスさんとこの商品です☆
ジルは、アメシスからもこんこんと説教されたのでした。
ああ、ジルが一番貧乏くじかも。
読んでくださって、ありがとうございました!