王妃様の差入れ
ここはアンバー王国の王都ディアモンド。
王妃レティエンヌの懐妊が発覚してから5ヶ月。やっとお腹のふくらみが目立ち始めたかな? という今日この頃。
悪阻も、初めの頃から比べるとかなり落ち着いてきて、いわゆる『安定期』という期間に入ったところだった。
今日のレティは、厨房にいた。
自分でお菓子を焼こうと思い立ったのだ。
ついこの間までは悪阻がひどく、ソファ、もしくはベッドの上でナマケモノと化していたのだったが、悪阻もようやく落ち着いてきて、安定してきたので、このままゴロゴロしていてはオデブの危機!! とばかりに、動くようになったのだ。
それはそれで国王シャルルが過保護を爆発させるので、侍女を伴ったり、時間があればシャルル自らが傍につきっきりだが。
今日の厨房は、午前中で執務を終えたシャルルが自らくっついてきた。
突然の国王陛下のお出ましに、厨房内は軽くパニックに陥ったが、
「あら、シャルーのことは気になさらないで? 空気と思っていただいてよろしくてよ?」
ニッコリと超絶スマイルを繰り出したレティの一言で、なんとか落ち着きを取り戻したのだった。さすがに国王を空気に思える使用人はいなかったが。
「空気! オレ、空気なのか!!」
ガーン!! とショックを受けるシャルルも華麗にスルー、レティは一番のお得意、マドレーヌを作るつもりで、料理長と一緒に準備していく。
ちょくちょく厨房に顔を出しては、何かを作っているレティは、すっかりこの厨房の勝手を熟知しているので、手際よく材料を取り出してくる。
「今日はたっくさん作って、みんなのおやつにしましょう!」
張り切って製作に取り掛かるレティ。ご機嫌で「ふん♪ふ~ん♪」と鼻歌交じり。
そんなレティを、椅子に腰かけたまま、厨房の調理台の上に顎を乗せて、面白そうに見守るシャルル。
今日の王城も平和である。
途中何度か「腰が痛い~」や「お腹が張る~」とか言って休憩を挟みつつ(その都度周りは大騒ぎ)、それでも美味しそうなマドレーヌが完成した。
「きゃー! 今日もちゃんと美味しそうにできたわ!」
会心の笑みも超絶カワイイレティ。
「うん、美味そうだ! どれ、ひとつ味見……てっ! ごめんなさい」
レティの超絶スマイルに相好を崩したシャルルだが、つまみ食いせんと伸ばした手を、蚊を退治するがごとくベシッと叩かれた。
「ええ、ええ。とても上手にできていらっしゃいますよ。どんどん上達なされますね、レティ様は」
厳ついおじさんな料理長も、レティの笑顔には完敗。すっかりにやけた表情になっている。そしてまた、その後方で、部下たちがおののいているのであるが。
籐編みのバスケットにこんもりと盛られたマドレーヌの山。
それをシャルルに持ってもらい、サロンへと移動する途中。廊下で近衛騎士隊・第一小隊長のジルコニスに出会った。
「あら、ジル~! 私服でどうしたの~?」
「これは陛下にレティ様、ご機嫌麗しゅう。休暇をいただいたので、今から実家に帰るところです」
騎士の礼をしたジルコニスは、レティの問いに答えた。
「そうだったの。ちょうどよかったわ、今、マドレーヌが焼き上がったの。手土産に持っていくといいわ!」
そう言って、マドレーヌの入ったバスケットを、持たされているシャルルの腕ごと『ずいっ』とジルコニスの前に差し出すレティ。されるがままのシャルル。
「……恐れ入ります、陛下」ぼそぼそ。
「……いや、構わない」ぼそぼそ。
レティに聞こえないくらいの密やかな声で会話を交わしたシャルルとジルコニス。
「え~? 何よぉ」
「いえ、何も」
しれっと答えるジルコニスだが、「ちなみに、」と続けて、
「……普通のマドレーヌですか?」
半目になってレティに聞いた。
偶にレティは、『体にいいから!』と言っては、ショコラやケーキに薬草を投入するのだ。
「もちろん普通に決まってるじゃない!」
「薬草入ってません?」
「入ってません!!」
「では安心していただきます」
「ぶうう」
疑心暗鬼なジルコニスの質問に、すっかり頬を膨らませたレティ。
それすらも可愛くて、すっかり脂下がるシャルルなのだが、
「大丈夫だ、ジル。オレがずーーーっとこの目で見てたから」
ジルコニスの不安を払拭すべく、材料に太鼓判を押したのだった。
そして、ジルコニスの手土産に持たせる用に、きれいに自分でラッピングをしてジルコニスに手渡したレティは、
「よい休暇を~!」
と、シャルルと二人で送り出した後、残りのマドレーヌをサロンへと運び込んだ。もちろん運んだのはシャルルだが。
サロンの侍女や侍従たちに配っても、まだまだマドレーヌはあり余っていたので、
「じゃあ、次は執務官室に配りに行きましょう!」
またもやシャルルにバスケットを持ってもらい、次は執務官室を目指すレティ。
途中、宰相の執務室に寄って、父親であるトパーズ公爵にも差し入れしつつ。
執務官室に突然現れた国王と王妃に、ここでも軽くパニックが起こった。
「突然現れるから、皆がびっくりしてるじゃないか」
苦笑いを浮かべつつ、やさしい声音でレティに話しかけてくるのは、室長のエメリルド。レティの長兄だ。
「だって、突然思い立ったんだもの」
甘えモードで兄を溶かすレティ。
「すまない、エメル。そういうことだ」
申し訳なさそうに補足しつつ、自身が持っていたバスケットを、次長のペリドットに渡すシャルル。
ペリドットの手に渡ったバスケットの中身を見ながら、
「……普通のマドレーヌだよね? レティ?」
恐る恐ると言った口調で確認してくるエメリルド。
「もう! エメル兄様まで!! 普通です!!」
すっかりぷんぷんなレティ。その横で「ぷっ」と吹きだすシャルル。
「僕まで? 他にも言われたの?」
「ええ! ジルにも同じことを言われたわ!」
ぷりぷりしながら言い募るレティ。
「まあ、それは仕方ないと……」
苦笑を浮かべるエメリルドの言葉に一斉に肯く執務官たちの姿は、レティの背後にあたり、残念ながら見えなかった。
数日後。
「ああ! レティ様!」
王城の廊下でジルコニスと出会ったレティ。今日のジルコニスはちゃんと騎士服を着ている。
「あら、おかえりなさい、ジル。休暇は楽しめた?」
「ええ、しっかり休めました。それにあのお菓子、とても美味しいと、みんなが感激してましたよ! ありがとうございました」
「それはよかったわ! あの後サロンのみんなや執務官室にも差し入れしたけど、みんな喜んでくれたもの」
「そうでしょう。あのマドレーヌを食べて、オレの幼馴染が『菓子職人になる!!』って決意しちゃうくらいの破壊力でしたよ!」
「まあ! それ、本当?!」
「ええ、本当です。いわく『こんな風に人を幸せにできるお菓子を作りたい』だそうですよ」
「きゃ~! うれしいわ!! 一度その子を連れてきて頂戴!」
「……は?」
「ぎゅう~~~って抱きしめてあげる!!」
「多分、いや、絶対引きますから、やめてください……」
でも結構本気でそのジルコニスの幼馴染に会いたいと思ったレティだった。
『平行線』7、8話に出てきた『王妃様のマドレーヌ』は、こうしてジルコニスに手渡されたのでした(^^)
今日もありがとうございました!




