王妃様と薬汁
レティちゃん特製薬汁について(笑)
いつも迷惑をかけている周りの者をこれで元気づけちゃいます! つくはずです。
『逃げた令嬢~』の番外編「Le jour du trouble」の薬汁です☆
ここはアンバー王国王都ディアモンド。
平和で穏やかな国なのだが、先日発表された王妃レティエンヌのご懐妊情報のために、皆祝賀モードでウキウキしている。
現在ご懐妊4ヶ月。まだまだお腹は目立たないし、普段から締め付けない軽いドレスばかりなので、言われないと妊婦には見えないというのが現状であった。
「うぐ。気持ち悪い」
懐妊初期特有の悪阻なるものに苦しむレティ。
今日も執務に行く国王シャルルを見送った後、そのままサロンのソファに撃沈。ごろごろしている。それに眠気も半端ない。
すっかりソファの上のナマケモノと化していた。
「まだ食べ物は要りそうにありませんか?」
侍女のパールが心配そうにレティの顔を覗き込む。
レティの悪阻は食べると気持ち悪くなるというもので、極限までお腹を空かせないと食事も喉を通らないというものであった。
「ごめんなさい、まだいい……。う~。寝ます」
気持ち悪い時は寝るに限る。レティは上から掛けられた毛布を引きかぶった。寝ても寝てもまだ眠れる自分に驚きながらも惰眠を貪るのであった。
しかし、このような生活を続けるのも良くないと思ったレティは、
「よし、食べられないのなら栄養の付く飲み物を作ろう!」
そう思い立ったのだった。
王城には立派な料理長もいるので、頼めば喜んでレティのために何でも作ってくれるのに。全然自分で作る必要などないのだが。
「動ける時に動かないと、身体にもよくないじゃない」
というのがレティの理論だった。
「体にいいと言えば、やっぱり薬草よね」
悪阻も比較的楽になるお昼前。まだシャルルは執務から解放されていないので、パールと共に、王城内の庭園に向かう。
過保護なシャルルから「絶対にレティを一人にしないこと」との厳命が下っているので、常に誰かがレティに張り付いている。まあ、今までの所業を考えると、レティを一人にしたら何をしでかすかわからないので厳命がなくても誰かがついていたとは思うが。
「爺や、爺や、滋養強壮・妊婦にいい薬草をちょうだいな」
にっこり微笑んでい薬草の手入れをしていた庭師のオニキス爺やに声をかけるレティ。
悪阻のせいでちょっとやつれてしまってはいるが、それでもにっこり笑顔は超絶カワイイ。
「おお、レティ様、今日はご気分がよろしいのですか?」
立ち上がり、恭しくレティにお辞儀するオニキス。
「ええ、今は治まっているから。ねえ、いいのはある?」
「はい、ございますとも。ちょうど収穫時ですよ」
そう言うとオニキスはレティの手を取り、ゆっくりとした足取りで薬草園内を摘みながら歩いた。
大体いつも、騎士や世話になった事務官などに下賜する薬汁の材料と同じような薬草が揃った。
「レティ様? それ、ひょっとして薬汁をお作りになられるのですか……?」
恐る恐るパールがレティに聞いた。
「そうよ? どうしたの?」
何でもない事のように答えるレティ。ちょこんと首を傾げて、おかしい? と聞いてくる。
「いえ……。ちょっと……。そう言えば、今までご自分でお味見などされたことなかったですわね……」
遠い目をしてつぶやくパール。
この薬汁、疲労回復・滋養強壮には物凄くいいものなのだが、いかんせん、不味い。
自分のせいで要らぬ仕事を増やしてしまった時などに、お詫びと反省を兼ねて、迷惑をかけた者たちにつくって振舞っている。治癒魔法で疲れを癒してあげる時もある。
ちなみに、自分の部屋を爆発でぐちゃぐちゃにした時も、後から自分で回復魔法を使って事後処理していた。
そういう後々のフォローがあるから何をしでかしても「もう、レティ様は」と笑って許してもらえているのであった。
が、しかし、この薬汁は評判がよくない。
治癒魔法でない時の皆のがっかり感は秘かに『罰ゲーム』と言われていることで計り知れる。が、王妃様の気持ちがこもったものなので、誰も文句はない。泣きながらありがたく飲んでいるのだ。
「まあ、ご自分で一度試されて気付いて下されば、味の改善もあり得ますわね」
こそっとつぶやくパール。
「なにー? 聞こえなかったー」
と無邪気に尋ねるレティ。
「いえ、なんでもございませんわ。さ、もう戻りましょうね。陛下もそろそろお戻りかと思われます……」
パールが言い終えるかどうかという時に、部屋の中から飛び出してくるシャルルの姿が目に入った。
「レティ!! こんなとこにいたのか! 体が冷えてはいけない、さ、早く部屋に入ろう」
バタバタと走ってきたシャルルは、二人のところまでたどり着くとおもむろにレティを抱き上げる。
「もう、歩けますから!」
シャルー、過保護すぎー! というレティの抗議には耳も貸さず、
「お昼は食べれそう? 果物だけでも食べなさい。いや、この際何でもいい。何か食べたいものはある?」
ずんずんと歩きながら、矢継ぎ早に質問を続ける。
「フルーツなら食べられそう。それでいいわ」
自力歩行を諦め、微笑んでシャルルに応えるレティだった。
「えっ? レティ、薬汁作るの……?」
ランチの後、嬉々として摘んできた薬草をつぶし始めたレティに、シャルルは顔を引きつらせた。
「はい! あまり食べられないので、このままではお腹の赤ちゃんが飢えてしまいそうじゃない? ちょっとでも栄養を付けてあげなければ!」
両手にぐっとこぶしを握り、超絶スマイルを繰り出すレティ。
「いや、あまりの味に、赤子も衝撃を受けるんじゃないかなぁ……」
「何? シャルー?」
「いや、なんでもない」
「せっかくだから、シャルーにもおすそ分けしてあげるね」
語尾にハートが見えそうな勢いで微笑まれたが、
「は、あはは……」
乾いた笑いしか返せなかったシャルルであった。
その場にいたお付きの者たちは「セーフ! 犠牲者は陛下だけ!」と胸をなでおろしていたのは秘密。
機嫌よく薬草を潰し、薬汁に仕立てていくレティ。
ふんふ~ん♪
鼻歌交じりであるが、対照的にシャルルは諦め顔。
あれ飲むのか~あれ飲むのか~。大丈夫かな~。まさか気絶しないよな? いや、機嫌がいいからそっとしておこう。でも止めた方がいいのか?
自分会議で必死に答えを模索中。
そうこうしているうちに、薬汁完成。
「できた~!! はい、シャルーの分ね!」
ニッコリ笑って真緑のドロドロした液体の入ったグラスを手渡されるシャルル。
この瞬間、完全に『魔女』なレティ。
「いただきまーす」
固まるシャルルを放置して、ゴクリ。
「……」
「……」
無言になるレティ。
固唾を飲んで見守るシャルル。
「……なにこれ美味しい!!」
「「「!!!!!!」」」
ぱああ、と表情を和らげて微笑むレティ。
反対に、その場にいた全員は驚愕した。
そう。レティは懐妊特有の「舌が変わって」いたのだ。
普段とは味覚にずれがある。今のレティに、この薬汁の味が合ったようだった。
がっくり項垂れるシャルルと周りの者たち。
「ほら、シャルーも飲んで飲んで!」
ニッコリ微笑んで催促するレティであった。
~ 廊下の密談 ~
「申し訳ありません、ペリドット様~! 王妃様特製薬汁の改良のチャンスが失われてしまいました。陛下以下、みな落胆しております」
「ああ……。でもパールのせいじゃないよ?」
「まさかご懐妊でこんなにも味覚が変わっておられるなんて予想もしてなかったわ!」
「そうですね」
「薬汁が美味しく改善される日は来るのでしょうか?」
「道のりは長そうですね……」




