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かるぴす

山の彼方の空遠く幸い住むと人のいう

作者: かるぴす



 私は何をしたらいいのか、何をすべきなのか。

 私の生きる意味は何なのか、何のために生きればいいのか。

 私は歌う。私の道しるべ。

 語ろう。生きる喜び、そして悲しみのことを。

 旅をしよう。私を見つけるために。

 私の居場所を見つけるために。



     Φ



 夕暮れに染まる海岸を一台の原チャリが走っていた。

ヘルメットに収まらない黒い髪をなびかせながら運転しているのは、十六、十七歳の少年だろうか。少し色あせたジーンズを穿いて、黒地に柄の入ったパーカーを着ているため性別の判断がつけにくい。その子は原チャリを停めると、しばらく水平線に沈む夕日を眺めていた。

 日が沈みきると少年は近くを散歩していた老人に質問した。

「あのすみません。この町はどんなところですか?」

老人は少し考えるようなそぶりを見せた後、

「どんなと言われても見たとおりの田舎だよ。海と山にはさまれていて、コンビニが町の入り口に一軒あるぐらいで他には何もない」

と寂しそうな顔をして言った。

「君はどうしてそんな質問をするのかね?もしかしてこの町に来たのは初めてかい?」

「はい。初めて来ました」

「そうか。でもどうしてこんなところに来たのかい?この町に友達でもいるのかね?」

老人がそう言うと、少年は困ったように笑い口を閉じてしまった。

 何か悪いことでも訊いたのだろうか。どんな言葉をかけていいのかわからず、老人はその場を立ち去ろうとした。そのとき少年が口を開いた。

「ここには友達はいません。特に理由があってここに来たわけではないんです。ただ、旅をしてるんです。特に行く当てなんてないんですけど」

「そうか旅をしているのか。しかし目的がない旅なんて危険ではないか?それに親御さんも心配しているだろうに」

「私に両親はいません。赤ん坊のとき孤児院に捨てられていた私を院長さんが見つけてくれたそうです。だから両親の顔を見たことがありません」

「すまない、立ち入ったことを聞いた」

「謝らないでください。孤児院の人たちが優しかったので、寂しいとか悲しいとか思ったことはありませんから」

 重い沈黙が流れた。この少年にかける言葉が見つからない。しかし老人は少年の話を聴きたいと思った。

「そういえば今夜泊まる場所は決まっているのかい?もしよかったらわしの家に来ないか?君の旅の話を聴きたいのだが…」

「ありがとうございます。実はまだ決めてないんです。迷惑でなければお邪魔してもいいですか?」

「迷惑なわけあるもんかね。ばあさんにも紹介したいから早く家に帰ろうか」



     Φ



 老人の家は木造平屋の築三十年ほどでいかにもお年寄りが住んでいるような家だった。奥さんと二人で楽しくやっているようで、二人が話をしているとオシドリ夫婦という言葉がよく似合う。仲睦まじく、周りの空気を和やかにする不思議な力がある。そして自分の興味があるのもはとことん追求するようだ。

「さっき聞いていなかったが、君はどこからきたんだい?」

「普通の田舎ですよ。ここと同じようなところです。周りが全部山っていうのが特徴ですね」

「はっはっはっ、それはいいのう。おおそうだそうだ、これを食べてみなさい。ばあさんのお手製だぞぅ。味が染みてるんだ」

そう言うと、おじいさんは少年の取皿にたくさんおかずをのせた。

「おかわりならいっぱいあるから、たくさん食べて頂戴」

「そうだぞ。君みたいな年頃の子はよく食べて大きくならないかんからな。これはばあさんが漬けた糠床で、これは…、そっちのは…」

とおじいさんはおばあさんの料理の自慢をするように、これはあれはと説明している。それでも少年の語る話にはしっかりと耳を傾けていた。

 老夫婦は少年が語る話を、まるで孫が話しているような雰囲気で聴いている。うれしくてたまらない、そんな顔をしながら話を聴く老夫婦をみると、少年はココロがぽかぽかと温かくなるのを感じた。家族というのはこんな感じなのだろうか。これが家族というのならば、家族とはとてもいいものだと思った。そして世話を焼きたがるものだと思った。



     Φ



「昨夜はお世話になりました。それじゃあ私はこれで失礼します」

「もっと長居してもいいんだよ?私たちは全然かまわないから、君さえよければ気がすむまでいてもらえないだろうか」

「いえ、大丈夫ですから。ありがとうございます。それにあまり長居すると他の場所で過ごす時間が限られてしまいますから」

 老夫婦は少年をなんとか引き留めようと必死になった。知らず知らずのうちにそのぐらい少年を気に入っていたらしい。しかし、少年は軽くあしらうと原チャリに乗り再び旅に出た。一人になる寂しさを感じながら小さな町を後にする。



 今までにたくさんの人たちに出会い、別れてきたが、その度に少年は思う。手に入れたものを失うのは辛いが、最初から無いものを失うのは辛くない。何も得なければ自分が傷つくことはないのだと。そしてまた、何かを得なければしあわせになれないことも知っていた。

 少年は歌った。自分の道しるべを。



ある日

パパと二人で語りあったさ

この世に生きる喜び

そして悲しみのことを

グリーン グリーン

青空には 鳥が歌い

グリーン グリーン

丘の上には ララ 緑がもえる



人はこの詩を悲しいと言い、またある人はいい詩だと言う。

私はいつになったら何をすべきかわかるのだろう。

いつになったら生きる目的が見つかるのだろう。

いつになったら「パパ」の言葉の意味がわかるのだろう。

いつになったら生きる喜びを、悲しみを語れるのだろう。

いつになったら自分の居場所が見つかるのだろう。

いつになったら、どこまでいったら…



答えが見つかるまで旅を続ける。終わりのない旅。どこまでも続く私の道。




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