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 気が付くと暗い通路に立っていた。

 素足が冷たい石床の存在を伝えている。驚き過ぎて、悲鳴も喉に張り付いていたシルフィンだったが、はっとして周囲を手元の燭台を高くかかげて確認する。そこは石壁に囲まれた階段だった。天井が高く小さな灯では見通せない。

 目の前には、下につながる階段。右にゆるく曲がっているようだった。

「……」

 訳が分からなかった。さっきまで自分の部屋にいたはず。

 左の壁に、ぼおっと白く印が浮かび上がっている。

 それは、先刻瞬いた印と同じもの。

 ある考えがシルフィンの頭に浮かぶ。

「もしかして、隠し通路? この印が扉の鍵?」

 王家には緊急事態のために隠し通路の一つや二つはある。シルフィンも何個か知っている。

 しかし、この隠し通路の存在は知らなかった。こんな方法で開くものも。

 下から冷たい風がシルフィンの足首をなでつけて、ついでのようにロウソクの炎を大きく揺らした。

 氷のように冷たい風。春先と言えゲーベルゲルグの夜はまだ冬の寒さを残している。

 シルフィンは身震いした。薄いペラペラの寝間着しか着てない上に石床に裸足なので当然寒すぎる。

 シルフィンは頭をめぐらしたが、淡く光るこうもりが階段の上へ行ったか、下へ行ったかわからなかった。

 こうもりの行方はあきらめるしかない。

 新しい冒険の扉が目の前で閉じてしまったようで、シルフィンは残念でならなかった。

 ――今度見たらどこに行くのか追いかけよう。怖いけど、おばけや幽霊じゃないみたいだし、光るなんて不思議だわ! 運が良ければ捕まえられるかも。きっとお母様とお父様、サザンを驚かせられるわ。そうしたらうんと褒めてもらえて、いつもの“忙しい”を聞かずに、かまってもらえるかも。

 いい考えだとにこにこしながら、シルフィンは部屋に戻るために壁の印にブレスレットを近づけた。




 ゲーベルゲルグはここ数日でだいぶ暖かくなってきた。

 窓からは金色の陽射しが射し込み、ぽかぽかしている。

 ゲーベルゲルグ城の一室、春の恵みを受けている少女に注意が飛んだ。

「シルフィン様、淑女としても、王国を継ぐものとしても、講義中に居眠りをするとは恥ずかしいことですぞ」

 と白い髭をたくわえた老人は言った。

 うつらうつらしていたシルフィンははっとすると、

「ごめんなさい、ヘルガー先生」

 と素直に謝った。いつもわがままを通すシルフィンだったが、この教師だけは別だった。彼はシルフィンがわがままや態度が悪いとなると次の講義までに宿題をたくさん出すというしっぺ返しをしてくるのだ。もちろん出された宿題をやってこない場合も宿題増量だ。

「では、ちゃんと学習をして頂けるのですね?」

 長い髭の下からもしょもしょとしゃべる。

 同意のうなずきを返しながら、シルフィンはあくびをかみ殺した。

 あの不思議なこうもりが現れてから1週間が経っていた。あれから夜になるとサザンが自分の部屋へ下がるのを見計らって、窓の外を夜遅くまで見ていて寝不足なのだ。

 そんなに熱心に待っていたのだけれど、あのこうもりは影も形も見られなかった。

 ――あれって、どんなこうもりだったのかしら? もしかしたらヘルガー先生は知っているかもしれない!

 そこで、シルフィンは先生に聞いてみることにした。改まった口調で言う。

「ヘルガー先生、先生は高名な博士よね。私最近とても気になることがあるの。質問してもよろしいかしら?」

「ほうほう、そうなのですか。シルフィン様から熱心に質問とはめずらしい限りですな。 わたくしでわかることならなんなりと」と、ヘルガー先生は、ほうきのように長くたれ、半ば目を隠している白い眉毛をちょっと持ちあげて言った。

「あのね、先生は光るこうもりというのを見たことがあるかしら? 侍女の1人が夜に見たというのよ。私、その話を聞いてからというもの、気になってしょうがないの。ヘルガー先生は、伝承や歴史などの貴重な御本を収集しているのでしょう? 見ていなくても、何か御存じかしらと思って」

 シルフィンは少しウソをついた。自分ではなく侍女の話に変えたのだ。だってこんなに貴重な体験を人にペラペラ話すのもしゃくだし、もし変なことに首を突っ込んでいるなんて心配されたらこうもりの探索のじゃまをされるかもしれない。そうしたら聞いた意味がなくなってしまう。

「ほほう、それで夜ふかしして空を眺めて、寝不足になっているというところですかな」

 ふぉっふぉっふぉっと明るく先生が笑う。シルフィンは馬鹿にされている気がして、頬をぷくっとふくらませた。

「ああ、シルフィン様。またそのお顔。そのようなお顔をなさいますな。淑女らしくありませんぞ。まあ、馬鹿にしたわけではありませんよ。居眠り原因が微笑ましいと思っただけです」

 先生は、シルフィンのぱんぱんに膨れた頬をしわだらけの人差し指でつんとつつき、ぷすっと空気が出たのを確認するとほほ笑んだ。礼儀を重んじるヘルガー先生だけれど、たまに周囲が理解できないお茶目な事をする。

 あっけにとられてぽかんとするシルフィンをよそに、ヘルガー先生は渋い顔をしだした。

「光るこうもりですか……光る動物というのは……ううむ」

 白い髭を片手でなでながら、彼は続けた。

「光る動物というのは、古書に記述があることはあるのですが、2つの意味があるといえますな。神の使いとして1つ、魔の使いとして1つ。すなわち、吉凶を司ると考えられる生き物です。

 歴史書の中には、光る動物があらわれた後、国が滅びたという例もありますし、逆に国の危機を知らせた光る動物というのもあるのです。

 昔から人々は畏敬の存在からの使いとしてとらえているといえましょう」

 シルフィンは驚いた。そんな凄い存在なのか、あのこうもりは!

「しかし、それがゆえに勘違いもありましてな。300年前の記述によれば、ある男が光る狼を見たと大騒ぎをし、街中が混乱に陥ったことがありました。実はその男、しこたま酒を飲んでいて酔っ払っていたとか。酒が顔に出ない者だったのでしょう。周りの人々が真実と受け止めて、それはもう大変だったとか。

 またある記述では、確か150年前の西にある国でしたかな、村人が森で光る鹿を見たとあります。しかし、実際に調べに行ったその国の博士の話では、ヒカリゴケにまみれた鹿を発見し誤解だったことが判明したとか。

 伝承の生き物ですからな、その伝えられている事が真実なのか、はたまた迷信なのか、わたくしにもわかりかねます」

「ふーん。先生の御本には変な話ばかりがのっているのね。では、侍女の見たものは勘違いだと? ヘルガー先生はそう思うの?」

 不満そうに言うと、ヘルガー先生は困ったように目をしょぼしょぼさせた。

「それはわかりませんな。調べてみなければ。その侍女はどなたなのですかな? わたくしも直接話を聞いてみたいものです。伝承が真実であれば、この国に何かあるやもしれませんし。王様や王妃様にも一応は報告した方がよろしいでしょうな……」

 シルフィンはあわてた。そんな話の流れになるとは思ってなかった。

 どうしよう! 本当のことを言えば、こうもり探索はできなくなること間違いなしだ。

「実は……侍女は、マーサなの。マーサって、なんだって大袈裟に話す癖があるじゃない。しかもドジだし。私もマーサの言うことだから、ちょっと疑うところはあったけれど、光るこうもりなんて聞いたこともないから、とっても興味が出ちゃって。

 悪気のない勘違いだったのかもしれないのに、私が先生に話したことで、大騒ぎになってマーサが罰せられたりしたら、私とても悲しくなると思うの。

 だから先生、マーサはそっとしといてあげて。先生が真剣になって話を聞きに行っても、驚いて知らない顔をすると思うわ。きっと、話が大袈裟になると思わなくて、私を楽しませようとした作り話だったかもしれないし」

 苦しまぎれに、ありもしないことを口にのせる。でも、意外と上手い言い逃れではないかとシルフィンが考えていると、

「ほほう、そうでございますか。いつもは我がまま一杯で、侍女たちを困らせているシルフィン様からは想像がつかないお優しいお言葉ですなぁ。何か企んでおられるのかな? それともわたくしが知らないうちに、姫様はご成長されたのでしょうか?」

 のんびりとした手つきで白髭をなでるヘルガー先生だったが、その目はキラリと鋭く光っている。

 シルフィンは先生鋭いわねと内心舌打ちをした。それでも、そんな思いをおくびにも出さずに言ってやった。

「何をおっしゃるの、先生! 私は今だって立派なレディよ! お母様の娘ですもの、同じように優しく寛大なのは当然でしょ」

 顎をつんと上げてすましているシルフィンを、ヘルガー先生はうろんな目で眺めていたが、

「そうであってほしいものですな、本当に」と失礼な一言を付け加えて滞っていた授業に戻っていった。


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