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「白鳥の湖」をモチーフにしていますが、原型から外れていると思われます。夢が壊れるや、ダメそうな人はまわれ右でお願いします。
この作品はリハビリのために書いていますので、設定その他がゆるい&不定期あんーど改定するかもと未定だらけですのでご了承ください。
夜は闇から何かが出てくるような怖さがある。
昼間に光によって隠されたものが姿を現すような気がするのだ。
明るい暖炉の火がついて周囲を照らし、近くに乳母のサザンがいれば、とりあえずは恐れる事はないけれど、そのサザンがうとうとし始めると途端に不安になるのだ。
天蓋つきのベッドの上で軽い羽毛布団にくるまれていたシルフィンは、手を伸ばしてベッド脇のイスで居眠りしている乳母を起こした。
「サザン、続きは? 話の続きは?」
揺り起こされた乳母のサザンは、一瞬ぼけっとした目を泳がしてやっと状況を思い出したようだ。
「ああ、姫様。どこまで話しましたっけね。えーっと」
「いつも気が付くと寝ている。寝ないでよ、サザン。悪魔の城に乗り込んだところからよ」
手のこうで目をこすりながら、サザンは眠そうな顔だ。
「この話が姫様は好きですね。私なんて口にタコができそうに語った気がしますよ」
それを聞いてシルフィンはぷくりと頬を膨らませる。
「だってだって、お父様とお母様のお話なんだもの! 好きにきまっているわ!」
甲高い声で叫んだシルフィンをなだめるようにサザンは、やわらかな枕に沈んだ顔をのぞき込み、シルフィンの絹糸のような金髪をなでつけた。
「しっーー、姫様。もう子どもの寝る時間なんですよ。そんなに騒がないでくださいな。お妃様にサザンが怒られてしまいます。あわれなサザンを思うならば静かにして下さいまし」
まだムスッとしているシルフィンに、苦笑いしながらサザンはあやすように声をかける。
「ほらほら機嫌を直して下さいまし。せっかくのオデット王妃様ゆずりの美しいお顔が台無しですよ。ついでに空を映したようなジークフリート王ゆずりの瞳も閉じて下さいな。姫様が、物語にも伝説にもなりつつあるお二人のお子様なのだから、もちろんお二人の恋物語をお好きなのは知っていますよ。でも今日はもう少し話したら眠って下さいな」
納得いかないシルフィンだったが、サザンの言う通りに目を閉じて、話の続きに聞き入った。その内、サザンの声に誘われるように眠りに落ちていった。
次にシルフィンが目覚めた時、部屋にサザンの姿はなかった。
隣の部屋で休んでいるのだろう。夜の途中で起きてしまうとは今日はついていない。幾分小さくなった暖炉の炎がちらちらとゆれて色々な物の影が揺れている部屋に一人いるというのは心細く、シルフィンはベッドの中で身じろぎした。
目を開くと、影たちの中から魔物が出てきそうで、シルフィンはぎゅっと目を閉じることでやり過ごすことにする。
「目をつぶれば、怖くないもの。早く寝なくちゃ」
と自分に言い聞かせるように、小さくつぶやく。
そうしていたが、なかなか眠りは訪れなかった。逆に目をつぶっていると怖い幽霊や魔物の姿を思い浮かべてしまって、シルフィンはぱっと目を開ける。
クリーム色に花がらの装飾がある壁も、部屋の隅にある木のおもちゃやぬいぐるみも、シルフィンの体に合わせたテーブルやイスも、なにもかもが昼間とは違った様相を見せているようだ。特に昼間に見ると美しい、壁にかけられている御先祖さまの肖像画は不気味に見える。いつ何かつぶやきだしたり、目や顔が動きだしたりしてもおかしくなさそうだった。
なるべくそちらを見ないようにしながら、暗闇の中に目を泳がした。
眠れそうもないし、怖いのでサザンを呼ぼうか考える。
サザンは隣の部屋で休んでいるはずだ。ベッドから左手の乳母サザンの部屋に続く木製のドアは、シルフィンの呼びかけに応えられるように、いつも開きっぱなしになっている。
シルフィンが大きな声を何回か出せば、いかに良く寝るサザンでも起きて来てくれるだろう。
サザンを呼ぼうと口を開きかけた時だった。
ベッドの正面にある夜を映したガラス窓にカツン、カツンと何かがぶつかる音が聞こえて来たのだ。
シルフィンはとうとうお化けが出て来たのかと思い、急いで上掛けの布団を頭からかぶる。
しかし、何が起きているのか知りたい。そろそろと目のところまで布団を下げて様子を伺った。
すると縦に大きなガラス窓がほんの少し開き、暗闇に薄く光る小さい何かが部屋に入ってこようとしているのが見えた。
シルフィンは驚き、息をつめる。
大きさは、料理場にいる肥え太ったねずみぐらいだろうか。
窓枠をひっかくような微かな音とともに、小さな何かは隙間から這い出るようにして部屋へ入って来たようだ。
窓枠の下の台となっている所で、小さなモノは体勢を立て直すと、礼儀のわきまえた人間のように開けた窓を閉めた。全身を使って、試行錯誤しながら閉めたようだ。
シルフィンはこれ以上ないという慎重さで、小さなモノに気付かれないよう様子をうかがう。
小さなモノも同様な心境だったのか、首をめぐらせて部屋を見回しているようだったが、
ぱっと手を広げて空中を飛び始めた。
こうもりだわ、とシルフィンは心の内でつぶやく。
深い森に囲まれた自然豊かなこのゲーベルゲルグでは、こうもりなんてめずらしくもなかった。しかし、薄く光るこうもりは見たことも聞いたこともない。
不思議なこうもりは、部屋の天井近くをぐるぐると数回まわるように飛ぶと、天蓋ベッドの右側、暖炉の光によって暗い影になっている場所に吸い込まれるようにして姿を消した。
シルフィンの心臓は口から出るんじゃないかというほどドキドキしていた。
こうもりが消えてしばらく様子を見ていたけれど、再びこうもりが現れる気配はない。
思い切って布団を跳ね上げシルフィンはベッドを降りる。
やわらかい毛の絨毯を裸足で踏み、恐る恐るこうもり消失点と思われる場所に近づく。
濃い闇に覆われたそこは目をすがめても、はっきり見えない。
仕方なくシルフィンはベッド側のチェストに向かい、上にのる銀色の燭台を手に取った。暖炉に行って、燭台の太いロウソクに火をつけ、早足で元いた場所に戻った。
燭台の明かりをたよりに、壁を調べ始める。
壁にはこうもりが通れるような大穴は開いていない。手でぺたぺた触ってみても普通の壁。壁は、床から四分の一くらいはレベルンの飴色の木を長方形板が貼られていて、その上は壁紙が貼られていた。境界線は細い横木が配置されている。
「穴がない。こうもりもいない。さっきの、夢?」
か細く口に出していた疑問を、すぐさま首を振って否定した。だってすぐ先ほど見たのだ。眠ってなんていなかった。
試しに、空いている手で頬をつねってみる。痛い、やっぱり夢じゃないじゃない!
そう思っていると、飴色の板壁に染みらしきものにシルフィンは気付いた。
燭台の明かりと自分の顔を近づけて見ると、それは手のひらよりも小さな印だった。円形の輪の中に象徴的な絵が、地の飴色よりも濃い茶色の線で描かれていて、ちょっと見では、目立たない。
その印を見てシルフィンは大きく目を見開いた。
――あ、これ。これ知っているわ。
チェストへ戻り、その二番目の棚から革張りの小箱を取り出す。
箱を開けると、銀色の鎖に希少な精霊石一つと、小さな宝石たちを連ねたブレスレットが現れる。
去年シルフィンが8歳の誕生日に母親オデットからもらったものだ。
右手でブレスレットを持ちあげ、厚さは薄く、ほぼ真円カットされた新緑色の精霊石の中をのぞくと、石の中に先ほどとそっくりな印が半透明に浮き上がっていた。
――似ている。というか同じ?
同じ印か比べてみようと思い、右手にブレスレット、左手に燭台という姿で壁に戻る。
壁の印にブレスレットの印を重ねた――その時。
同調するように、二つの印が明滅し、ひと際パッと光ると同時にシルフィンの体は暗転した。
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