勘違いスキルは史上最弱!何があっても、誰に説得されても、自分が弱いと思い込む……勿論呪いです。もしそれを敵が喰らえば?弱いんですから弱いままでいてください。敵は自認通り、子犬に負ける最弱と化す
「良き行いは神が必ず見守っていてくださっています。逆に悪しき行いは神が必ず罰します。古代の勇者がそうであったように、正義は勝つのです」
良く晴れた日、教会の前でとても簡単な説法を行なっていた。
単純な勧善懲悪。誰もが知っている様な子供向けの物語などを例えにする神父すら、本気にしていないお話。
だが子供向けの英雄譚を子供は本気にしてしまうものである。
「正義は勝つ!」
ふんわりとしか理解していない五歳ほどの幼児が、興奮した様子で叫ぶ。
少々痩せていて、伸びた灰色の髪は手入れがされておらず、丸い灰色の瞳だけが輝きを放っていた。
「僕も勇者になれる⁉」
「勿論。正しい心を持つなら誰もが勇者になれるのです」
「わあ!」
「ところで君は、もうスキルを鑑定したかな?」
「スキルって?」
「神様から授かる素敵な力のことさ。どれ、鑑定してあげましょう」
みすぼらしく、見るからに貧しい生まれか孤児と分かるレックスに神父は柔和な笑みを浮かべて手を翳す。
世界に溢れる不可思議な力、スキルは神の恩寵とも呼ばれており、強力なものを所持しているならそれだけでも明るい将来が約束されるだろう。
「ふむ。君のスキルは“勘違い”というものらしい」
「それって凄いの?」
「勿論。将来の勇者に相応しいスキルですよ」
「やったー!」
神父は心にもない事を言ってレックスを喜ばせる。
もちこれでレックスが強力なスキルを所持していたなら、すぐさま神殿で保護して有効活用しただろうに、それがないということは見切りをしたのだ。
そこらに落ちていた枝を拾ったレックスは喜び勇んで走り出す。
親が消え失せた捨て子は、今年の冬を乗り切れないだろうに、心だけはやたらと健全で元気いっぱいだった。
「僕、勇者なんだって!」
子供らしく幾つかの隙間を潜り抜け、あるいは必死によじ登ったレックスは、友達がいっぱいいる場所で胸を張る。
「じゃあ僕は聖騎士!」
「俺っちは大司祭様っす!」
「執事アサシンでいいです……はあ」
「し、執事アサシン⁉ じゃあ、えーっと、オレは賢者!」
すると同年代の友人たちは、レックスと同じくあまり理解できていない名称を口にする。
それにしても不思議な場所だ。ゴミなど一つも落ちておらず清潔感に溢れているものの、どこか無機質な印象を与える教会らしき建物と、そこにいる多数の子供達……。
もし普通の感性をしていたら、あまり関わってはいけない場所だとすぐ察せられるが、生憎と世界の中心にいるのだと勘違いしやすい幼児は、その辺りを全く気にしていない。
「それじゃあ悪い奴をやっつけよー!」
「おー!」
「ガンバロー!」
「はいはい」
「よっしゃー!」
巨悪の討伐を宣言するレックスに、友人たちは拳を突き上げ同調する。
実はこのレックス、度々この教会らしき場所に忍び込んでは同年代と交流しており、あまり相応しくない知識を持ち込むことがある。
特に顕著なのは口調・喋り方といったもので、こんな風に喋っている人がいたよー。という、無邪気な会話で友人達に影響を与えていた。
「また貴方ですかー!」
「ひょえ⁉ じゃあねー!」
そんな小僧だから、建物にいた女性がレックスを発見した途端に顔を歪めて走りよると、自称勇者は撤退を選択するしかなかった。
世界を救い、巨悪を倒せる勇者であっても怖いものは怖いのだ。
「ゆ、う、しゃー。ゆ、う、しゃー」
怖い大人から逃げた時の気持ちはどこへやら。
ルンルン気分で棒切れを振り回すレックスに構う大人はおらず、彼は街の外れにある朽ちた家に潜り込むとそこで丸くなった。
不思議なことにこんな生活をしているのにレックスは悪臭を放っておらず、食べ物だって口にしていないのに、衰弱している様子が全くない。
「悪い奴をやっつけるぞー!」
「おい、あれなんだ?」
「マズいんじゃないか?」
次の日。変わらず元気いっぱいなレックスが、棒切れを片手にあちこちを駆け回っていると、大人たちのひそひそ声が聞こえて立ち止まる。
その視線の先には、レックスの友達がいる場所がなにやら黒い靄のようなもので覆われていて、見るからに異常が発生していた。
「わ、悪い奴!」
これをレックスは、悪党が自分の友達になにかをしているのだと解釈すると、短い手足を動かして突撃し始めた。
「入れないのか⁉」
「駄目だ弾かれる! 結界魔法の一種だ!」
「やああああああああ!」
「お、おい⁉」
黒い靄の周囲にいる大人たちが何かを言っていたが、レックスの耳には届いていない。
彼は容易く黒い靄を突破して建物に入り込むと、そこにはまさに悪党がいた。
震えている友達。倒れている大人。
そして真っ黒な大剣を肩で担ぎ、これまた黒い大鎧を着用している四十代程の男が、奇妙な魔法陣を生み出している最中だった。
「あ、ああん?」
無精ひげを生やした男、ゲオルグは自分の結界を突破してきた異物、レックスに素っ頓狂な声を漏らす。
自分の実力に自信があればあるほど、上回った相手が幼児なら疑問を覚えてしまうだろう。
「なんだテメエ?」
「ぼ、僕は勇者だ!」
「勇者って……」
顔を顰めながら粗野な声を発するゲオルグは、レックスの発言に戸惑う。
これが街中で、そこらの小僧が勇者を自称するならゲオルグだって気にも留めない。だが、自身の結界を突破してきた存在が勇者を名乗るなら、一応注意する必要があった。
「まあ、念のために試してやるよ」
「え? うぎゃっ⁉」
ゲオルグにすれば児戯にも等しい猛烈な突風を生み出すと、レックスは耐えきれず吹き飛ばされて、ゴロゴロと床を転がる。
そしてレックスはあちこちをぶつけてしまい、痛みで涙と鼻水を垂らしてしまう。
「いや、寧ろ分からなくなった……限定環境下で作用する特殊なスキル持ちか?」
この歳相応。そして当然の結果にゲオルグは混乱する。
反撃が行われた方が、強力なスキルを持っているのだと認識できたが、幼児に相応しい反応だと寧ろ困ってしまった。
「レックス君!」
「なんだ? 知り合いか? 一緒に生贄にしてやるから安心しろ。天国で仲良く暮らすといい」
この事態にレックスの友人達が叫ぶと、ゲオルグはしっくりこない状況を訝しみながらも作業を続ける。
彼の目的は強力なスキル所持者を生贄に捧げて、異なる神と呼ばれる存在を召喚することにある。
通常の神格とは別に位置する異なる神はかなり幅が広く、善もいれば悪も存在している。その中でも悪に位置する異なる神は、人間と積極的に取引を行ない、様々な事件を引き起こすのだが、これもその一つに過ぎなかった。
「ううううう!」
そんなことなど知らないレックスは涙を流して立ち上がる。
重ねて述べるが何が起きているのかは知らない。だがこのままでは、友達が酷い目に会うことだけを確信して、名乗りを上げた。
「僕は勇者だから! 正義は勝つからぁあぁぁああ!」
レックスの叫びと共に、起動させてはならない禁断の力の枷がこれでもかと外れる。
完全なるイレギュラー。なぜ存在しているのか神すら知らない、世界が生み出してしまった偶然の産物。
「っ⁉」
ゲオルグはびくりと体を震わせ、途轍もない真実に辿り着いてしまった。
(こ、こいつまさか、神がそこらのガキを利用して作った自爆兵器か⁉ なら呪詛の塊⁉)
様々な粛清を行ない、そこらの悪魔を合わせても及ばない程に人間を殺している神ならば、どうでもいい小僧にありったけの呪詛を詰め込み、自分を呪うという推測。いや、確信がゲオルグを襲う。
事実、神を冒涜する魔法陣を描いて、強力なスキル所持者を生贄に捧げ異なる神を招くのだから、神が腹を立ててそのようなことをする動機は十分あった。
しかもだ。
(ならこのクソガキ、俺が実は子犬にも負けるくらい弱いことを神から教わっている⁉)
全知全能に等しい神ならば、ゲオルグの実力が途轍もなく低い。それこそ言葉通り、子犬にすら負けてしまうことを教えていても不思議ではない。
そして彼は子犬が吠えただけで足が震え、蜂が耳元を掠めると失禁してしまうのだから、幼児に勝てるはずがなかった。
(なんだ⁉ そんな訳が、いやそうだ俺は弱い! 弱い! 絶対に弱い!子犬には負けるしゴブリンなんて逆立ちしても勝てねえ! このクソガキにだってそうだ! 何をやっても勝てねえ! ち、違う違う違う! 俺は強いんだそうに違いないんだ弱いんだ弱いんだ弱いんだ弱い弱い弱い弱い!)
思い直そうとするゲオルグだが、そこらの騎士を百人も殺せる実力なんて無い。様々な破壊的なスキルだって存在しない。
彼は弱いのだ。
誰がどんな説得をしても、どんな化け物を殺してきた実績があっても、たまたま運が良かっただけで、弱いのである。
それはゲオルグにとって確定した事実であり、覆せない真実でもある。
「うわああああああ!」
「ぎいっ⁉」
(ま、マズい! コイツが神の特攻兵器なら、触れた箇所が神罰で爛れてあっという間にくたばっちまう!)
レックスが叫び走る。武術の心得なんて欠片もなく、単に棒切れを振り下ろすだけなのに、最弱なゲオルグは右膝にもろに受けてしまう。
そしてレックスに神の呪詛が満載されていると勘違い。否。思い込んだゲオルグは、棒切れが触れた足を起点にして、自身の命を蝕むのを防ぐため……。
鋭い剣で右足を太ももから切断した。
ただ、それで命が助かったのなら安いものだろう。本当に呪詛があればの話だが。
「おおおおおおおおおおおおおおお!」
(最弱だから蚊だって殺せねえが、今までそれでなんとかやってこれたんだ! ならこのクソガキだって!)
片足が無くなったことで床を這ったゲオルグは、自身が積み重ねてきた経験や修練をすっかり忘れていたが、それでも何とかレックスだけは始末しようと足掻く。
禁断の力がさらに強くなった。
「ぐっ⁉」
(け、剣も握れねえ! お、俺は何を勘違いしてたんだ! 路地裏ですら通用しねえ俺が剣なんて扱える訳がねえだろ! な、なら!)
ついには剣を持っていたことにすら奇妙な勘違いを起こしたゲオルグは、迫りくるレックスになんとか拳を届かせ、ぷにりと頬を軽く歪ませる。
それだけ。たったそれだけ。
研鑽はない。なぜなら全ては勘違いだったから。
スキルはない。なぜなら全ては勘違いだったから。
実力もない、単なる悪運でここまでこれただけの男の拳は、幼児すら殺せないほどだ。
「てやあああああ!」
(マズい最高神の力が宿ってる一撃だ! 頭に喰らったら確実に死ぬ!)
代わりにへっぴり腰で振り下ろされるレックスの棒切れは、必殺の一撃と化す。
「ぎゃあああああああ弱い弱いあああああああ弱いああああああ弱いいいいいいいあああああああああ!」
こつんと木の棒が、這っていたゲオルグの頭に直撃すると信じられないことが起こった。
人は熱湯と思い込んだ単なる水を浴びると、体が勘違いして火傷のような反応を起こすらしいが、それと同じ現象……と、言っていいのだろうか。
最高位の神の一撃を受けたと錯覚したゲオルグの体はボロボロと崩れ始め、あり得ないことに浄化されたように輝くではないか。
「俺は……弱い……」
ついには断末魔の言葉すら、弱いという自認になってしまったゲオルグは砂のように崩れ去り、生命活動を停止してしまった。
これには生贄を捧げられるはずだった異なる神も怒るというものだ。
『■■■■■!』
人間には聞き取れない奇妙な声が一帯に溢れると次元が軋み、その隙間からグロテスクな肉塊のような触手が現れる。
そして契約違反を犯したゲオルグの魂を貪り、ついでに小僧共を喰らおうとしたのだが、脅威であればあるほどレックスの力は見境が無くなってくる。
「正義は勝あああああつううううううううう!」
『◆□■◇■⁉』
レックスは明らかに危険な存在の登場に、また涙と鼻水を垂れ流しながら突撃して、自分が信じているちっぽけな概念を押し付けた。
すると異なる神は自身の醜悪な触手が、単なるタコの足に変わり始めたことで、ようやく手に負えない怪物にちょっかいをかけてしまったことに気付いたが……全てがもう遅い。
「わあああああああ!」
次元の壁を容易く突破してしまったレックスが木の棒を振り回すと、異なる神の神格がガリガリと削られる。最終的に異なる神は自身を神格だと思い込んでいただけで勘違いだったことに気が付き、真なる姿。単なるタコだったことを思い出すと、相応しい矮小な存在に縮んでいった。
「僕は勇者だから、悪い奴はやっつけるんだああああああああ!」
『ギャアアアアアアアアアアアアアアア⁉』
号泣状態のままドタドタと次元の狭間をぶち壊しまくるレックスに、他の異なる神達は阿鼻叫喚の大パニックを引き起こす。
最終的に、異なる神達が利害関係を超え一致団結して満身創痍になりながら、レックスをなんとか元の次元に追い返すまで、この歴史に刻まれない大騒動は続くことになる。
◆
幼児期レックス君。
青年に成長したレックスはこの頃をほぼ覚えてないが、かなりやらかしている。ただ、一番邪悪な異なる神達を抹殺しているため功績の方がデカい。
単なる裏社会程度では知られてないものの、最も昏い深淵に位置する上位者たちから完全になまはげ的お化け扱い。
涙と鼻水がついた棒切れ振り回してるだけのガキンチョに、冗談抜きに鼻水垂らしながら逃げまくってた厄ネタ連中がいるらしい。
なおその厄ネタ連中は、レックスが常識を学べば思い込みが取り払われ、弱体化するのではないかと考え、青年レックスを最高の学術機関にぶち込もうと画策中。勿論、弱体化するなんてのは勘違いだが、まだ彼に関わろうとする勇気だけは褒めるべき。
ファンタジー版プラシーボ&ノーシーボ効果。
主人公が偶に陥る、絶対に、何があっても、懇切丁寧に説明されようと、敵と自分の戦力差を勘違いしたまま解けないってのは、このレベルの理不尽を常に受けてるんじゃないか。ついでにそれを敵側に押し付けてしまえという作品。
あと、こんな感じならあり得ない勘違いでも、受け入れられるっていう新規のジャンルを目指したかったです(*'ω'*)
まあ、ギャグの皮を被ったホラーになっちゃったんですがね(*'ω'*)
もしこの勘違いは新鮮だった。面白かったと思ってくださったら、下の☆☆☆☆☆で評価していただけると作者が泣いて喜びます!




