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第9話 呪いの黒い輪



占い処・月の記憶は、今日は訪れる者もなくシーンとしている。


掃除を終えたノクスが部屋へ戻ってくると、部屋の片隅で、ピコラが椅子に座って作業をしている。ノクスは箒を置いてピコラのそばへと歩いていく。


「ピコラ様、何をやってるにゃ?」


するとピコラが振り返って微笑む。その手の平には緑色の板が載っていた。


「なんだそれは、キレイな石だにゃ……」


「これがエメラルド・タブレットの一部よ」


「これで一部なの?」


「そうよ……まだ8つ……あと4つ集めなきゃいけないの」


「でも、バラバラじゃなくて、ひとつになってるニャ」



ピコラは頷いた。


「欠片はランダムに出てくるのじゃなくて……決まった順に取り出されるようになっているみたいね」


「それで、そこまで繋げることが出来たんだね」


ノクスはその緑の板を覗き込んだ。


「ん?何か書いてあるニャよ?」


ピコラはノクスが指差す所をジッと見つめた。


そこには天使が使う秘密文字が小さく彫られていた。


「少し読んでみようか」


ピコラはそう言うとタブレットを両手で真っ直ぐに持った。



”寄せる波には、訪れる刻がある。

焦って踏み出せば、ただその力に押し流されるだけ。


大切なのは……調律。

ゆるやかな時の流れに身をゆだね、

静かに耳を澄ませて、波の囁きを聴け。


やがて、すべての波がひとつに重なり、

波と波が共鳴し合うとき、

物事は自然とその姿をあらわす。


まるで、見えない手にそっと押し出されるように。”


それを聞いたノクスは目をつぶった。


「綺麗な詩……だけどどういう意味ニャ?」


ノクスの反応にピコラは微笑みながら首を傾げた。


「宇宙は“力”ではなく “調和”によって動いている……ってことかな? 力づくで何かを成し遂げようとしたり、努力すればいつかは報われるという考えは捨てたほうがいいと言っているのよ」


「頑張ったら負けってこと?」


「ピコラは笑った。


「そうじゃなくて、うまくいかない時は、頑張ってもうまくいかないものなのよ。波が現れて背中を押してくれる時に、その波にスッと乗らなきゃいけないの」


「それが共鳴かニャ?」


「多分ね」


その時、その時、突然、空気がピリリと張りつめた。


見上げれば、空の雲が割れて光が降り注ぎ、そこから一人の天使がゆっくりと降りて来ていた。


「あれは天使ニャ?」


ピコラは頷いた。


「ええ、そうよ……あなたは少し猫の姿に戻っていなさい」


ノクスはコクリと頷くと黒猫の姿に戻った。ピコラはノクスを抱き上げてから顔を上げると、天使はもう目の前に立っていた。セラフィムだ。


「猫を飼っているのか」


ピコラは頷く。


「ええ、可愛いでしょ?」


するとセラフィムはフンと鼻を鳴らした。


「それより報告はどうした?3日に1度は報告しろと言ったはずだぞ」


するとピコラは肩を竦めた。


「色々と忙しくて」


するとセラフィムはピコラに向かって人刺し指を向けた。すると、ピコラの首に黒い輪が浮かび上がって、ギュウギュウと締め付け始めた。


「あああっ!」


ピコラはのけ反りながら床に倒れた。


「な、何をするニャ!」


黒猫姿のノクスはセラフィムへ飛び掛かったが、手の平に作られた小さな雷を当てられ、四肢を震わせながら床に落ちた。


「ギャアッ!」


「ノクスっ!」


ピコラは顔を上げてセラフィムを睨みつけた。するとセラフィムは鼻を鳴らしてピコラを見下ろした。


「たかが猫一匹になにを狼狽えている」


「天使って何様なの?命を何だと思っているの!」


「ぬう、私に口答えとは生意気な!」


セラフィムは腕を伸ばして手の平をピコラへと向けた。するとピコラの首筋に黒い帯が浮かび上がって、グングンを首を絞め始めた。


「ぐあああっ!」


ピコラは膝を折って床へ額をつけた。指先で黒い帯をつかもうとするが、物理的には触れないらしい。ピコラは悶え苦しむ。


「我々は命といったものを超越した存在なのだ。お前はエメラルドタブレットを集めるために、今は一時的な自由を得ているだけなのだぞ。それを忘れるな」



ピコラは脂汗を流しながら、苦痛に顔を歪め、コクコクと頷いた。すると首の締め上げが解けて、ピコラは大きく息を吸った。


「良いかピコラ。必ず、3日に1度は報告するのだ。時間はあまりないぞ。欠片集めは急いだ方がいい」


そういうと、セラフィムは光に包まれて消えていった。ピコラはそれを呆然の眺めながら見送っていたが、やがてハッと気が付いてノクスの元へ駆け寄った。


「ノクス! ノクス! しっかりして!」


だが、ノクスはグッタリとして体は脱力している。ピコラは冷や汗をながら、胸に耳を当てた。


「ああ!死なないでノクス!」


心臓が止まっているのだ。ピコラは心臓マッサージをしながら涙を流した。その涙が頬を伝い、ノクスの胸へと落ちた時、ピコラの胸から1枚のカードが舞い上がった。


「あっ!」


ピコラは思わずカードに腕を伸ばす。カードを掴んで裏返すと、それは女帝のカードだった。


「……愛と癒し……このカードは私に何を見せてくれるのかしら?」


するとピコラの体から金色の霧が立ち上った。


「これは!エモーショナル レゾナンス!」


金の霧はピコラとノクスを包んだ。


そして、カードが燃え尽きた光がノクスの胸に落ちて輝く。


それを見たピコラはノクスを抱きながら腕を伸ばした。そして金の霧の中腕を抜いて握りしめた拳を開くと、そこには翡翠色の欠片が光っていた。これで欠片は9つになった。残り3つだ。


「あれ……ピコラ様……」


黒猫ノクスが顔を上げてピコラを見た。ピコラは涙を流しながら微笑んだ。


「無茶するんじゃないわよ……馬鹿ね」


「ごめんなさいニャ……」


「ううん、私を助けようとしてくれたんだもんね……ありがとうノクス」


ピコラはそう言うと、ノクスの頭を撫でた。


「あの時、ピコラ様が死んじゃうんじゃないかって思うと、思わず飛び掛かっていたにゃよ」


それを聞いて、ピコラは頷く。


「本当にそうよね……私はわかったわ。彼らにとって私の命なんか、どうでもいいのよ」


ピコラはノクスを抱いたまま立ち上がった。


「このまま、エメラルドタブレットの欠片を集めても……彼らはきっと私を助けない」


風が吹いて、ピコラの髪を流した。


ピコラは、欠片がすべて揃う前に……何かこの状況から抜け出す手段を見つけなければならないと思った。




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