第6話 崩壊の塔
ビルの最上階である6階のオフィスで、瑛斗の悲鳴が鳴り響いた。
暗闇の中で、悪魔の仮面を被った女が瑛斗を襲う。恐ろしい力で首を締め上げ、爪で肌を切り裂いてくる。
「ぎゃああっ!これは夢なのか?夢なんだろ!」
瑛斗は絶叫する。
「夢なら覚めてくれ!」
瑛斗が死を覚悟したがその時……その悪魔は首を絞めるのをやめて、去って行った。
◆
瑛斗はソファの上で目が覚めた。
「はあはあ……夢だったのか……?」
瑛斗は汗びっしょりになった顔を、袖で拭った。そして自分が失禁しているのに気づいて、驚愕した。
「うわ……最悪だぜ……」
瑛斗は情けない顔をしながら、ズボンをタオルで拭く。この悪夢は……本当に夢だったのだろうか。本当に息苦しく、爪痕も痛くてリアルだった。正直、恐ろしいと思った。
その時、携帯電話が鳴った。瑛斗は画面を確認して顔をしかめる。ヤクザの権藤からだった。借金の返済期限は昨日だ。諦めたように電話に出る。
「……もしもし」
「おい瑛斗……お前、入金がなくて逃げ回っているって聞いたが、どうなっているんだ? 期限はとっくに過ぎてるぞ!」
「すみません、権藤さん……女から不動産を巻き上げたんですが、売却に手間取っておりまして……」
瑛斗が震える声で言い訳をするが、返ってきたのは鼓膜が破れるほどの怒号だった。
「バカか!瑛斗!いつまでその不動産の話してやがるんだ!ワシはな、お前の嘘に付き合うほど暇じゃないんだっ!」
「嘘じゃない!嘘じゃないんです!」
「それから風俗店で働かせる女はどうなったんだ?」
瑛斗の背筋に冷たいものが走った。あの女、今日子のことだ。騙して借金を背負わせ、風俗店に売り飛ばす計画だったが、今日子が思ったより抵抗して、うまくいっていない。
「はい……必ず連れて行きますんで……もうちょっとだけ時間をください」
「とりあえず、今から権利書もらいに行くからそこで待ってろ!詳しい話は後で聞かせてもらうからな」
「ご、権藤さんっ!」
電話は一方的に切られた。瑛斗は思わずスマホの画面を見つめる。
「くそう、思ったより金にならねえ物件だった……後はあの女に働いてもらうしか……」
今日子を騙して手に入れた土地の権利書。だが、実際に売ろうとしたら、思ったほどの価値がないことが判明した。このままでは権藤への借金が返せない。
その時、窓の方から風がビュウと吹いた。瑛斗は驚いて振り返る。
「誰だお前は!」
窓を睨むと、そこには悪魔の面を被った小柄な女が一人立っていた。六階の窓の外に、人が立っているなんて、普通ありえない光景だ。
「お前! 夢の女か?!」
瑛斗は冷や汗を流した。すると悪魔の面が二つに割れて、色白で紫色の髪をした女の子が現れた。その頭には角が2本生えていて、頭上には天使の輪が浮かんでいる。
「ひいっっ!鬼か!」
「少し違うわね。……私はピコラ。あなたに未来を告げる者……」
ピコラは滑るように部屋の中へ入ってきた。その動きは重力を無視しているかのように、ふわりと滑らかだ。
「俺の未来だって?」
「そう。あなたの近い未来が……私には見えるの」
「そんなバカな話があってたまるか!」
瑛斗は叫んだが、その声は震えていた。目の前の存在が、ただの人間でないことは明らかだからだ。
「ふふふ、自分でも破滅が近いとわかっているくせに」
「何を言う!俺は破滅なんかしないっ!」
瑛斗は虚勢を張るが、心の奥底では感じていた。自分がこれまで騙してきた女たち。奪ってきた金。積み重ねてきた嘘。それらが、もうすぐ崩れ落ちることを。
「信じないのね? 私がここにいるのは、このカードに導かれたからなのに」
そういってピコラは、2本の指でヒラリとカードを見せた。それは、タロットカードの塔……。瑛斗はギョッとして顔を青ざめさせた。
「なんだその不吉な絵柄は!」
するとピコラは瑛斗めがけてカードを投げた。崩れ落ちる塔から、人が落ちていく図柄。
カードは瑛斗の顔に飛んで、ピタリと貼り付くと、黒く燃えて灰となった。
「熱っ!」
そして、灰がハラハラと落ちて現れたのは、人の手のひらのようなもの。それは瑛斗の両目を後ろから塞ぐように覆っていた。
「ああぁ!何だこれは!外せっ!外してくれっ!」
「あなたを目隠ししているその手のようなものはね、あなたのこれまでの行いを精算させる魔道具なの。つまりこれからあなたが見るビジョンは、それを踏まえた上での未来なのよ」
瑛斗は悲鳴をあげた。
「そんなあっ!ひどいっ!ひどすぎるっ!」
そんな瑛斗を冷たく見つめながら、ピコラは指をパチンと鳴らす。
「そろそろ眠って未来を見てきなさい。さて、どんな未来が待っているかしらね?」
瑛斗が目を剥きながらピコラを睨んでいると、少しづつ光に包まれはじめた。
◆
気がつくと、瑛斗は権藤たちヤクザ10名ほどに囲まれていた。状況が理解できない。さっきまでピコラがいたはずなのに。
「おい瑛斗!よくも騙してくれたな!」
権藤が怒鳴りつける。その手には、一枚の書類が握られていた。
「な、何の話ですか?!」
「あの不動産はすでにあの女の所有地じゃねえ!あそこにショッピングモールが出来るとかで、すでに買収されてるわい!」
「そんなバカな!」
瑛斗は叫んだ。確かに今日子から権利書を奪ったはずだ。それなのに、もう別の人間の手に渡っているというのか。
「おまけにうちの風俗店も警察のガサ入れが入ってな!こっちはえらい目にあってんだぜ!この落とし前はこのビルをもらうだけじゃすまねえぞ!」
「そ、そんな!勘弁してくださいっ!」
瑛斗は震えた。風俗店のガサ入れ。まさか、今日子が警察に通報したのか?
「野郎ども、こいつを取り押さえろ!」
「おう!」
瑛斗の顔は青ざめていた。金で不義理したとあっては、ヤクザは黙っちゃいない。子分どもに揉みくちゃにされながら、もがき暴れる。
「やめろ!離せ!」
その時、瑛斗の袖口が破れて、子分たちの手から逃れた。瑛斗は必死で逃げようとしたが、そこはガラス戸。
瑛斗はガラス戸を突き破って、勢いのままビルから落ちてしまった。
「あああっ!」
六階から落ちていく瑛斗。
死んだと思ったその先には、さらなる地獄が待ち構えていた。
「どこだここは!」
瑛斗は脂汗を流しながら、ギョロギョロとあたりを見渡した。すると、あちこちから呻き声が聞こえてくる。
「なんだこの気持ち悪りぃ呻き声は……」
するとその時、瑛斗の肩にベチャリと冷たいものが乗った。
「ひいいっ!」
するとそこには、昔、ホストクラブで身を破滅させた女だったのだ。
「た、助けてくれっ!」
すると別の女が瑛斗に顔を近づけて来た。
「助けてやってもいいわよ。ただし、私の名前を言えたらね」
そういいながら、総勢8人もの女の霊が、瑛斗を取り囲んだ。
瑛斗は息を呑んだ。見覚えがある顔ばかりだ。自分がこれまで騙し、利用し、捨ててきた女たち。だが、名前が思いだせない。
「ほら!言ってみろよ瑛斗!私の名前をよう!」
「瑛斗……よくも騙してくれたな!……」
「瑛斗……お前、こうして私をぶったよな……え?……痛い?……私も痛かったんだよ!あの時!」
女たちは瑛斗を取り囲むと、首を絞めながら泣き叫んだ。その目には涙と憎しみが浮かんでいる。
「た、助けてくれ!誰か!」
「ふふふ……これからはずっと一緒ね……ずっと、恨み言を聞かせて、首を絞めてあげるわ……」
「ぎゃああ! やめてくれ!」
暗闇に、瑛斗の絶叫が響き渡った。
だが、誰も答えない。ここは誰も助けに来ない場所。瑛斗が作り上げた、地獄そのものだった。そしてある髪の長い女が包丁を取り出して、瑛斗に刃先を向けた。
「瑛斗……お前、これで私を刺したよね?」
「ぎゃああああ!」
◆
突如。瑛斗は目を覚ました。
瑛斗は床の上で倒れていた。体中が汗でびっしょりで、瑛斗の皮膚は老人のようになり、髪の毛はもう真っ白になっていた。
目の前には、相変わらずピコラが立っていた。瑛斗は虚な目でピコラを見上げた。
「な、なんだ……あれが俺の未来だってのか……」
「このまま進めば、必ずそうなる」
ピコラは淡々と告げた。
「う、嘘だ!」
「信じる信じないは、あなた次第。でもね……」
ピコラは窓の外を指差した。
「もう権藤が下まで来ているわよ」
瑛斗は窓の外を見た。遠くに、黒い車が何台も走ってくるのが見えた。
「どうすりゃいいんだ!」
「あと10分ね。さあ、どうする?このまま未来を受け入れる?それとも……」
「それとも?」
「すべてを捨ててやり直すか」
「やり直せるのか」
「もちろん過去にあなたがしたことは、無かったことにはならないわ。でもね、これまでのことを悔い改めて、死んだ彼女たちの供養をすることが、やり直す第一歩だとは思わない?」
「バカな!そんなことしたら俺は……」
「破滅する?ええ、そうね。でもね、瑛斗。あなたにはまだ選択肢がある。自分で破滅を選ぶか、他人に破滅させられるか」
ピコラは静かに微笑んだ。
「塔のカードはね……革命なのよ。自分で変われなかった者たちが、周りの力で変えさせられる、痛みを伴う変化なの」
「俺はどうしたらいいんだ」
瑛斗は頭を抱えてしまった。
◆
翌日の昼過ぎのこと。
今日子は路上で胸に手を当てて苦しむ男性を見つけた。
「大丈夫ですか?」
「く、薬を!」
男はそう言いながら携帯電話へ手を伸ばそうとする。携帯の裏面に、テープでカプセルが貼り付けてられているのがわかった。今日子はテープを剥がしてカプセルを取り出すと、男に飲ませた。
今日子はその人を助けて、近くの病院まで連れて行く。男性は改めて礼を言った。
「今日は本当に助かりました。ありがとう。お名前はなんとおっしゃるのですか?お礼をさせてください」
「いえ、結構です……当たり前のことをしただけですから」
今日子は男性に背中を見せた。
「あ、ちょっと!」
今日子は、男性が止めるのも聞かず、逃げるように去っていった。
ところが次の日、その男性が家を訪れた。今日子が驚いていると、土地を売ってほしいというのだ。
「こんなさびれた辺鄙な土地を?」
「ショッピングモールを作るんですよ。実は私、大手デベロッパーの者でして」
男性はそう言って名刺を差し出した。
「でも、この土地は……」
今日子が事情を話すと、その人は優しく微笑んだ。
「詐欺に遭われたんですね。大丈夫です。弁護士も含めて、すべて対応させていただきます」
そして数日後。瑛斗に奪われたと思った土地が、正式な形で今日子の手に戻り、さらに適正な価格で売却された。今日子は涙を流して喜んだ。
「ありがとうございます……これで……どこか遠くに引越してやりなおせる……」
◆
ピコラは今日子の家が見下ろせる丘の上に立っていた。すぐそばにはアー君が芝生の上で、寝そべっている。
「良かったな、今日子のやつ、立ち直れそうじゃないか」
「そうね。ここから先は彼女次第ね。まあ、あの子なら大丈夫でしょ」
ピコラは手のひらの中の欠片を見つめた。
「これで6つ目ね……」
ピコラは欠片を握りしめた。6人の人間に未来を見せ、6人の運命を変えた。
「あと6つ。それが終わったら、私の役目も終わり……」
ピコラが空を見上げると、夕日で赤く色付いていた。
「ピコラ、帰るとするか」
アー君がそう言って立ち上がると、ピコラも頷いた。
「そうね、帰りましょ」
二人が裏路地のビルへ帰ってくると、占いの店のとびが開いていて、何やら騒がしい。
「なんでお店が開いてるの?」
「お前と一緒にいた俺が知るわけないだろ」
2人か店の中に入ると、ネコ耳の見知らぬ女の子が立っていた。
「やあやあ、ピコラ様!おかえりにゃさい!お茶でも淹れるっすよ!」
ピコラは驚いて立ちつくした。
「私の名前、知ってるの?」
それを聞いて、そのネコ獣人はにこりと笑った。
「あはは、わからないっすか?ピコラ様の魔力が大きくなって、私も人化できるようになったっすよ!」
「まさかノクスなの?」
「そうっすよ!この姿になれるなら、もっとピコラ様のお役に立てるっすよ!」
ノクスは嬉しそうに笑った。その笑顔は、子供そのものだ。
「そ、そうなのか……」
アー君も驚いている。ピコラの力が強くなっているということは、タロットカードの使命が順調に進んでいる証拠なのかもしれない。
「これからは、もっとピコラ様のお手伝いができるっす!」
「あ、ああ……頼りにしてるぞ、ノクス」
ピコラは苦笑いした。アー君と顔を見合わせる。
「これから、賑やかになりそうだな……」
ピコラはそんなアー君の顔を見て、大笑いした。
占いの店が賑やかなのは、ちょっとイメージと違うかもしれない。ピコラは微笑んだ。
「だが、それも悪くない」
ピコラは小さく微笑んで、部屋の中へと入っていった。




