第5話 運命と正義
ピコラたちが喫茶店で過ごしていると、突然、カードから金色の光が放たれ始めた。
「カードが輝きだしたわ……」
キラキラと、店の外へ向かって青白い光が舞う。
それを見たアー君はノクスを追うのをやめて、ピコラのもとへ駆け戻った。
「ピコラ! 行こうぜ! この光の先に、カードと共鳴する誰かがいるはずだ」
ピコラは頷いて、店から飛び出していった。
光が導く方へと向かってみると、そこはピコラの店があるレンガ作りの古いビルだった。ピコラがビルに飛び込むと、店の前にスーツを着た女性が一人立っていた。ピコラはあわててマント姿へと変身した。
女性はピコラを見ると、伺うように声をかけてきた。美人だがとても暗い雰囲気だ。
「あのう……もしご存知でしたら教えて頂きたいのですが……このお店……いつも何時頃オープンされているかご存知ですか?」
それを聞いたピコラはニッコリと笑って、自ら扉を開いた。
「月の記憶亭へようこそ……まあ、中に入って」
すると女性は静かに部屋の中へ入って行った。
「おいピコラ、店に名前なんかあったのか??」
「うるさいわね、今つけたのよ」
ピコラはそう言うと中へ入っていった。ピコラが中に入ると、その女性は背中を丸めて椅子に座っていた。なんとも生気がない。ため息ばかりついている。
「すごい負のオーラだな」
「シッ、聞こえるわよ」
「俺の姿は多分見えねえって」
ピコラはティーポットからカップに紅茶を注ぐと、テーブルの上に置いた。
「お名前を聞かせて頂ける?」
「はい……私は今日子といいます」
「今日子さんは今日、どんなご相談を?」
すると今日子は暗い顔を更に曇らせた。曇り空がさらに雨雲になったみたいだ。しばらく押し黙っていたが、やがてその重い口を開いた。
「私には好きな人がいたのですが、その男性がホストだったんです。みんなはカモにされているだけだって言ってたけど、彼は私の事を愛してるって言ってくれてたし……私はずっと信じて店に通い続けました」
そこまで話すと今日子は俯いて泣き出してしまった。
「でも、結局はお金だったんです。貯金も、家の権利書も奪われて……私は一文無しになってしまった」
今日子はワーっと大声をあげて、テーブルに突っ伏して泣いた。ピコラは困ってしまって、思わずアー君とノクスと顔を見合わせる。しばらくそのまま泣き止むのを待っていると、涙を拭きながら顔を上げた。今日子の顔は涙を流して真っ赤に腫れあがっている。
「それから彼は、お金がなくなった私に風俗店で働くように言ったのです。私は断って自己破産するというと、彼は怒り狂って殴りつけてきたんです」
今日子は背中をしゃくりながら泣いた。
「もう、自分にも腹が立つけど、瑛斗だけは許せない。私は一体どうすればいいのでしょう?」
今日子はそういうと、強い視線でピコラを見た。
「瑛斗って言うのね?その男の名は」
今日子は涙で顔を腫らしながら頷く。ピコラは紫色の包みからタロットのデッキを取り出すと、テーブルの上に置いた。
「今日子さん。カードをお引きなさい。あなたがこれからどうするべきか……引いたカードが教えてくれるはずよ」
すると今日子は右手を伸ばしてカードに触れようとした。するとその時、タロットのデッキが光輝き、1枚のカードが宙に浮いた。
「あっ! 触れてもないのにカードが!」
驚く今日子の手元に、1枚のタロットカードが乗った。
今日子は恐る恐るカードをめくると、それは逆さまになった正義のカードだった。
「逆さまになってる……」
ピコラはギョッとして今日子を睨みつけた。
「あなた、もしかして復讐を望んでるの?」
すると今日子は目を閉じて、カードを両手で握りしめながら強く念じた。
「ああそうだわ!言われなければわからなかったけど!私が望んでいたのは復讐だったのね!」
今日子がそう願った時、カードはまばゆく光輝いた。
その光が、今日子を包み込み、幻想の世界へと引き込んでいった。
すると彼女の顔には悪魔の形相をした面が貼り付いていて、背後には地獄のように燃える炎がゆらめいていた。
「瑛斗~! 瑛斗ぉっ! よくも私をこんな目に!」
すると目の前に瑛斗の姿が。
「げえっ!なんだお前! 醜い顔だな!こっちへ来るなっ!」
「醜いだと? よくも言ったな瑛斗! 私から散々金を巻き上げておいて!」
「金を巻き上げる? 客か? お前は俺の客なのか?」
「客でなきゃ誰なんだ? 貯金も家も奪われ、挙句の果てに風俗まで落とそうとしたくせに!」
「知らないっ!お前みたいなブス、俺は知らん!」
「おのれ瑛斗! こうなったらもう殺してやる!」
悪魔となった今日子は、瑛斗の首を締め上げていく。
「があああっ!何をするっ! 離せっ! 離してくれ!」
「うるさいうるさいっ! お前みたいな奴は生きていても碌なことは無いっ! ここで死ね!」
「ああっ! やめてくれ! 誰か! 助けてくれっ!」
悪魔となった今日子は、右腕で首を絞めながら、左腕の爪でその身を切り刻みはじめた。瑛斗は絶叫した。
「ぎゃああ、俺が悪かった!許してくれ!殺さないでくれ!」
瑛斗はそういって泣き叫ぶと、そのままお漏らしをしてしまった。それをみた今日子は瑛斗から手を離した。
「もういい……もうあなたのことは忘れる。私は、私の人生を取り戻す。もう、あなたの元へは戻らない」
今日子はそういうと、瑛斗に背を向けて歩きはじめた。
気が付くと、今日子はテーブルに突っ伏していた。
「あれは……夢だったの?」
今日子は目の前に置いてあった、冷めた紅茶をゴクゴクと飲んだ。そして、テーブルの上に置かれていた悪魔のお面に気がつく。
「これは……」
今日子がその面に触ろうとすると、それはたちまち2つに割れた。
「あっ!」
顔を見上げると、そこにはピコラが座っていた。
「あなた、いい人だとは思うけど、あんな男に入れ込むなんて……本当にバカね」
「男運、ないんですよね……」
「男運が無いんじゃないの。見る目がないのよ」
「あはは……ホントそうですね……」
「言葉じゃなくて行動で見るのよ。それから出来るだけ善い行いをするように心がけることで、運気は上がっていくわ」
今日子は頷いた。
「でも、なんだかスッキリしました。もう、後ろは振り返りません」
ピコラは頷くと、立ち上がった。
「絶対にあの男の元へ戻っちゃだめ。その先には破滅しかないわよ」
ピコラはそう言うとマントを翻した。すると黒い霧が巻き起こり、ピコラの姿は見えなくなってしまった。ピコラが消える時、今日子には一瞬だけ、赤い服を着た角と天使の輪がある女の子が見えた気がした。
◆
今日子が立ち去った後、アー君は腕を組んでブスッとしていた。
「なんだか後味の悪い話だな……」
「何がよ」
「だって、夢を見てあの今日子って子が納得しただけじゃないか」
「まあ、そうよね」
「それって、実は何も解決してなくねえか?」
「解決したじゃない。彼女は彼らと縁を切って、前へ進むって言ってるんだから」
「いや、そうじゃなくてよ……結局、元凶である瑛斗は元気に他の人をだまし続けてるんだろ?」
「まあそうなるわね」
「で、どうすんだピコラ……もう欠片は回収したんだろ。これで終わりなのか?」
「あなた、何かやり足りないって顔をしているわね」
「そりゃあそうだよ。あの悪人を断罪しなきゃ気が済まねえ」
「それこそ、他人の運命に干渉するってことになるじゃない」
「じゃあ、黙って見てろっていうのかよ」
するとピコラは笑顔になった。
「あなたもお節介ね」
ピコラは立ち上がって窓の外を見た。
「正義の逆位置はね……もはや正義が間違った方向へ向かってて、目には目を、歯には歯を! みたいな正義感を意味しているのよ。つまり復讐ね。あの夢を見ていなかったら、彼女は本当に刃物を持って瑛斗の元へ行ってたかもしれないわ」
「げえっ、そりゃ最悪じゃねえか」
「正義のカードの前に、運命の輪ってカードがあるでしょ?これは、どんな人間でも運命から逃れることはできないと語っているの」
「じゃあ、人間の一生って、何をやっても運命から逃れることができない、つまり努力しても無駄だってことなのか?」
ピコラは首を振った。
「運命は変えることが出来るの。例えば人を何人も殺した極悪人は、人から信用されなくなったり、逮捕されたり、それなりに社会的ペナルティを受けることになるわね」
「それってどういう意味だよ?」
「つまり、その悪事から自分の運命をねじまげてしまったってことなの」
「じゃあ、お前が良いことをしろって言ってたのは、カードに関係があったんだな」
「悪事で運命が変わるなら、善事でも運命が変わるのよ。悪いことをすれば悪い結果が、良いことをすれば良い結果が生れる。正義のカードはそれを現わしているのよ」
そういうと、ピコラは空飛ぶローラースケートを装着すると、窓から空へと舞い上がった。
「おい、待ってくれよ!」
ピコラは空の上から振り返った。
「あなたもついてくる?」
すると、ハアハアいいながらアー君がゆっくりと飛んでくる。
「行くさ!行くとも!だけど俺は飛ぶのが下手くそだから、抱っこして行ってくれよ!」
するとピコラは大笑いしながらアー君を抱きかかえた。
「この空飛ぶローラースケートは滑るように飛ぶから、落っこちないでね」
「落っこちないようしっかりと抱いていてくれよう!」
「バカなこと言ってないで行くわよ!」
するとピコラはものすごいスピードで空を駆けて行った。
「うわわわわ!」
「うるさいわね!大声ださないで!」
「目が回る!」
「静かにして! もう着くわよ!」
ピコラは急降下し始めた。そして、あるビルの前へと着地した。
「さあついたわよ」
そういうとピコラは、目を回しているアー君を地面へ下ろした。
「ここが瑛斗の?」
「行くわよ」
ピコラたちはそう言うと、ビルの中へと足を踏み入れる。
その高いビルは、まさに神に鉄槌を下されようとしている塔のようであった。




