第4話 黒猫と魔剣
翌朝、ピコラは路地裏の小さなカフェにいた。
窓際の席で、温かいココアを飲みながら、手元にあるエメラルドタブレットの欠片を眺めている。向かいの席に座っているのはアー君だ。
「拓人との緊迫した状況で、よく欠片を回収出来たな」
「当たり前じゃない。それが目的で路地裏でウロウロしているんだから」
「まあ、慈善事業でやってたら、カードが無くなっちまうからな」
「そりゃ……救えるもんならみんな救ってあげたいけど、そんなの無理だからね……」
ピコラがそう言って俯くと、アー君はポリポリと頭をかいた。
「……ま、縁のあった者だけでも救えたらいいんじゃないか」
それを聞いて、ピコラは小さく頷いた。
「これで欠片は3つね……」
「カードは何枚残ってるんだ?」
「17枚よ。でも使えないカードもいくつかあるのよ」
「なんでだ?」
「たとえば悪魔や死神……塔なんかは使えない」
「そんなカードと共鳴したら、あまりハッピーな結末は見えねえもんな」
「アー君、あんたなら悪魔のカードと共鳴出来るんじゃない?」
「俺が悪魔だからか?やめてくれよ」
「試しにやってみてよ。それでエモーショナルリソナンスが出現したらラッキーじゃない」
「怖いカードを俺で試すのはやめてくれよ……」
「なんだ、悪魔のくせにいくじなしね」
「いいんだ、俺はまだ子熊だからな。まあ気持ちはわかるぜ。この間、天使の野郎が来た時に2枚使っちまったもんな……」
「使えるのは後14枚。まだ余裕はあるわ。欠片はあと9つだもの」
「早く集めねえといけないな。その余裕ってやつは、いつの間にか無くなっちまうもんだからな」
ピコラを小さく頷くと、ココアを一口飲んだ。
その時、店のドアがカランと鳴って、一人の老人が入って来た。
白髪で長い髭を生やし、杖をついている。その姿は、まるでおとぎ話に出てくる賢者のようだった。
老人はピコラの隣の席に座ると、店員にコーヒーを注文した。
ピコラは何となく、その老人が気になった。
「アー君、あの人……」
「ああ、なんか妙な気配がするがどうした?」
「胸の中のデッキが反応しているの」
「もしかして共鳴者か!」
老人は静かにコーヒーを飲みながら、窓の外を眺めている。
アー君がその老人をジッと見ていると、老人がこちらを振り向いた。
「おやおや、可愛い熊さんが喫茶店とは珍しい」
「おい爺さん、俺が見えるのか!」
「ははは、私には少しだけ、不思議なものが見える力があってね。そちらのお嬢さんは占い師なのかな? 君の持つカードから、強い光を感じたよ」
「え……どうしてそれがわかったの?」
老人は静かに微笑んだ。
「あなたは……一体?」
「私の名は源蔵。長い間、この街で占い師をしていた」
「占い師……」
源蔵は静かにコーヒーを一口飲むと、続けた。
「だが、もう引退してね。今はただの隠居老人さ」
「どうして引退したんですか?」
「歳をとって、未来が見えにくくなったのだよ。私にとって、未来が見えないというのは致命的でね」
「未来が見えたの?」
「なんとなく、イメージというか閃きみたいなものだけどね。占いの結果に確信のようなものがあったんだ。ところが最近は、そういうものがピタリとなくなった」
源蔵はそう言って、悲しそうに微笑んだ。
ピコラは黙って源蔵の話を聞いていた。
アー君もまた、珍しく真剣な表情で老人を見つめている。すると源蔵が懐からカードのデッキを入れた袋を取り出した。そのカードは青白く光りを放っているように見えた。
「ほら、私のカードが、君のカードと共鳴しているだろう……」
ピコラは静かにカードの束を見つめた。
その中の一枚が、再び青白く輝き始める。
「お嬢さん……あなたのカードを見せてもらってもいいですかな?」
「私のカード……?」
ピコラは少し考えていたが、紫の布に包まれたタロットのデッキを取り出した。
源蔵はゆっくりと手を伸ばして、デッキに手をかざした。
「不思議だ……何かに呼ばれているような気がする」
源蔵の指先がデッキに触れた瞬間、一枚のカードがふわりと浮かび上がった。
それは──「悪魔」のカードだった。
「悪魔?」
ピコラはギョッとして、源蔵の顔を睨んだ。
「悪魔のカードと共鳴するなんて……あなた、一体?」
すると源蔵はニヤリと笑って悪魔のカードを掴み取った。
「フフフ……ピコラよ……この瞬間を待っていたぞ」
源蔵の姿はみるみるうちに黒くなり、目は吊り上がって口は耳元まで裂けた。それを見たアー君は、飛び上がって源蔵を蹴り飛ばそうとしたが、彼は飛び上がってそれをかわし、少し後方へ着地した。
「ピコラ! 気を付けろ、こいつは悪魔だぜ!」
「源蔵じゃなかったの?」
「ははは、俺様の名はゲオルグだ。源蔵という奴はな、未来が見えないことを悲観して、俺様に魂を売ったのさ」
「悪魔に魂を売るなんて、なんてバカなの?」
「お前を油断させて、すべてのカードを奪ってやろうと思ったが、うまくいかないものだな。だがこれはこれで強力なカードだ。私に強い武器を与えてくれるだろう」
その悪魔がカードを額にかざすと、カードは真っ黒な炎で燃え、黒い霧へと変わった。それを見たピコラはすぐさまピコラ・ハンマーを取り出して、悪魔へと殴り掛かった。
「ええぃ! やあっ!」
ピコラは猛烈にハンマーを振り回したが、その悪魔はひょいひょいとかわした。
そして悪魔は少し離れた場所まで飛び下がって、手の中にある黒い霧を眺めた。それは棒のように長く、少し反り返っているように思えた。
「ピコラ。この黒い霧が何かわかるか?」
「……それが何だっていうのよ?」
すると、その悪魔は黒い霧を纏った棒をブンと振ると、霧が晴れて本来の姿を現した。
「ああっ!それは!」
「ははは、この剣はな、お前の母親が愛用していた魔剣よ」
「お前、なぜそれを!」
「娘なのに知らねえのか。お前の母親はいつもこの剣を悪魔のカードを隠し持っていてな、戦闘になると取り出して戦っていたんだ。有名な話だぜ」
「返せ!母の形見を!」
「誰が返すかよバカ。しかし、カードの守護者がこんなに弱っちいとは知らなかった。ついでに他のカードも貰っていくか」
ゲオルグは剣を構えると、舌なめずりをした。
「そこの子熊と一緒に切り刻んでやる」
ゲオルグは剣を振りかぶると、ピコラの目の前へ飛んで、目にもとまらぬ速さで斬りかかってきた。
だが、ピコラとて半天使、半悪魔である。そう簡単にやられはしない。天使の輪がピコラの背後をガッチリと守っているのだ。ゲオルグが放った剣は、天使の輪が動く盾となってことごとく防がれてしまった。
「なにっ!」
驚くゲオルグの腹に、ピコラのハンマーが炸裂する。その強烈な打ち込みに、ゲオルグがよろけた。
「ガハッ!」
その時アー君がピコラの腕を引いた。
「ピコラ!外へ逃げるぞ!」
ピコラは頷いて、空飛ぶローラースケートを召喚して装着した。
「アー君!先に行って!」
ピコラはそう言うと、ガラス窓を割りながら外へ飛び出した。
「ええい、逃がすか!」
ゲオルグもピコラを追って外へ飛び出す。するとピコラはすでに空高く舞いあがっていた。
ゲオルグは歯ぎしりしながら黒い翼を広げて、ピコラを追って飛んだ。
「おとなしくデッキを渡せ、ピコラ!」
ゲオルグは剣を振り回しながらピコラを攻撃する。ピコラはハンマーと天使の輪でそれを受けながら、隙を見てハンマーを振る。ゲオルグは、ピコラの固い防御に冷や汗を流した。
「ええい、このままじゃラチがあかねえ!こうなったら奥の手だ!出よ!ノクス!」
ゲオルグが片腕を上に上げると、上空にポッカリと黒い穴が空いた。
驚いたことに、そこから巨大な黒猫が落ちて来たのだ。ピコラはその黒猫を睨みつけた。
「ふふふ、行け! ノクス! あの娘をかみ殺してしまえ!」
するとノクスは金の目を光らせながら、ギャアと牙をむいた。黒猫のような容貌ながら大きさは牛ほどもある。4つの足は雲に乗っており、自由自在に空を走れるようだった。
「ギャアッ!」
ノクスがピコラに迫って爪を振るうが、天使の輪がそれを防ぐ。すると今度はゲオルグの剣が飛び掛かってくる。
「あっ!」
ゲオルグとノクスの連携攻撃に、ピコラは肩を切り裂かれてしまう。ゲオルグが思わずニンマリとする。
「ほら、そろそろ終わりにするぜ! 食らえ、ジェネシス・ブレイク!」
ゲオルグが剣を振ると、彼の剣以外の時が止まったかのように素早く剣の攻撃が飛ぶ。
「きゃああ!」
だが、幸いなことに傷は浅かった。
「チイッ!まだ使いこなせてねえか……ようし、 ノクス! もう一度だ!」
ノクスは背後から牙を剥いてピコラへ突撃する。その時、アー君がノクスを突き飛ばした。
「ピコラ! 突っ込め!」
アー君の叫び声を聞いたピコラは、手に持ったハンマーを投げつけた。ゲオルグはそれを軽く躱すと、迫りくるピコラに向かって魔剣を振り下ろした。
「デッキを俺に渡せ!ピコラ!」
ゲオルグが剣を振り下ろした。
「母の技で死ね!ジェネシスブレイク!」
ゲオルグの刃が迫ったその時、ピコラのペンタクルの星が輝いた。するとピコラを突き刺そうした魔剣は、ピコラを避けてゲオルグの喉を突き刺していた。
「ガハッ!なんで……?」
血を吐きながら、地面へ落ちたゲオルグのそばへ、ピコラとアー君が降りてきた。アー君はゲオルグの喉に刺さった魔剣を抜き取ると、ハンカチで拭いた。
「そもそもこのデッキはピコラを守るために作られたんだぜ。ピコラを傷つけられるもんかよ」
それを聞いたピコラは驚いていた。
「アー君は知ってたの?」
「昔、ピコラのママからそんな話しを聞いたことを思い出したんだ」
「それで突っ込めって言ったのね」
アー君は頷いた。
「それより、あの化け猫はどうする?」
「化け猫?」
ピコラが目をやると、小さな黒猫が小さくなって震えている。ピコラはプイと背を向けて歩き出した。
「逃がしてあげなさい。どうせ無理矢理使い魔にされてたんでしょうから」
◆
それからしばらくして、壊した喫茶店を片付けに戻ってきたアー君は驚きのものを目にした。
なんと喫茶店が元通りに戻っていたのだ。
「えーっ!」
「ちょっとアー君、声が大っきい!」
「だけどよピコラ、なんで喫茶店が修復されてるんだよ!」
「まあ、それはよくわからないけど……きっとあの戦いは現実世界ではなかったのかもしれないわね」
「それならマスターに謝らなくていいから助かるけど……だけどよ!」
アー君はピコラの手にあるエメラルドタブレットの欠片を指差した。
「欠片が4つもあるじゃないか!」
「そりゃ、源蔵爺さんが悪魔のカードと共鳴した時、大量のエモーショナルレゾナンスが出たから、その時しっかり回収したわよ」
「ちゃっかりしてるなあ」
「当たり前でしょ?何のために路地裏にいると思ってるの?」
「俺は悪魔が出てきてそれどころじゃなかったからなあ」
「私はしっかり者だからね」
それを聞いたアー君は大きなため息を吐いた。
「まあ、それはいいとして……なんでお前がそこにいるんだよっ!」
アー君が指差した方向……つまりピコラの膝の上には、なんとあの黒猫が寝転んでいるのである。
「お前とか呼ばないで、ノクスと呼んでちょうだい」
「ノクス???」
「ちゃんとお風呂には入れたから綺麗よ」
「いや、そうじゃなくて!」
「ゲオルグが死んで、自由になったらからここに置いてくれって言ってたわ」
「……」
「いいじゃない。丁度ペットが欲しかった所よ」
するとアー君はハアとため息を吐いた。
「まあ、こいつだって、好きでゲオルグの使い魔をしていたわけじゃなかったんだろうしな」
するとその黒猫はニャ―と鳴きながら欠伸をした。アー君が頭を撫でようと手を伸ばすと、ノクスはその手を爪でギャッと引っ掻いた。
「いててて!」
飛びあがって痛がったアー君は、両手を振り上げてノクスを追い回しはじめた。
「まてまて~!この化け猫が!」
アー君が飛び掛かるが、ノクスは敏捷で、するすると腕を擦り抜けていく。
たちまち、喫茶店で追い掛けっこが始まったが、ピコラはそんな二人の姿を見ながら、ニコリと微笑むのだった。
その時、ピコラのカードから金色の光が放たれ始めた。
「カードが輝きだしたわ……」
キラキラと、店の外へ向かって青白い光が舞う。
それを見たアー君はノクスを追うのをやめて、ピコラのもとへ駆け戻った。
「ピコラ! 行こうぜ! この光の先に、カードと共鳴する誰かがいるはずだ」
ピコラは頷いて、店から飛び出していった。




