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第2話 秘密の女教皇


夜空に三日月が昇った静かな夜。


ピコラはソファに腰掛けて三日月を眺めていた。


すると三日月の方から、一つの丸いものがフワフワと揺れながらゆっくりと飛んでくるのが見えた。


その丸いものは本当にゆっくりで、フラフラと蛇行しながら飛んで来ている。その姿を見たピコラは一瞬目を丸くしたが、すぐにクスッと笑みを漏らした。


よく見ると、それは背中に蝙蝠の羽根がついた、白と黒の子熊だった。まるで落ちるように飛んで来ている。


「わわわわ!」


ピコラはゆっくりと立ち上がると、目の前の窓を開けた。


するとその子熊は、まるでブレーキの壊れたダンプカーのように突進して窓から部屋の中へ飛び込んで来ると、ソファへボフンとぶつかって止まった。


「ムムム……」


子熊はムクリと起き上がると、ぶつかった頭を痛そうにさすった。


「相変わらず飛ぶのが下手ね、アークオプテリクス」


「その鳥みたいな名前で呼ぶなって!ピコラ」


子熊はそう言うとソファの上で仁王立ちになった。


「おいらのことは悪魔のアーくんと呼びなさい」


「アー熊で、悪魔って言いたいわけ? 色的にいうとパンダみたいだけど」


「おいらはパンダじゃないっ!毛並みが白と黒の熊だって!」


するとピコラは笑い出した。


「それで、あんた一体何の用なの?」


「おう、それだよ。お前、天使たちに何やらされてんだ?」


アーくんはソファの上でお尻を揺らしながら、不満げに言った。


「天使たちに、父さんが残したエメラルドタブレットっていうお宝を探せって言われてるのよ」


「なんでお前にそんなことさせてんだよ。自分で探しゃいいじゃないか」


「母さんがそれをバラバラにして、悪魔の倉庫に入れたから手も足も出ないみたいよ」


「それじゃ、悪魔の王に頼めばいいじゃないか」


「あれだけ戦争した相手に頼めないじゃない。そこで、半魔の私に依頼してきたってわけ」


「だけど、鍵はどうしてんだ? 亜空間につなぐには、それなりにエネルギーがいるだろ」


アーくんがそう言うと、ピコラは懐から一組のカードを取り出した。


「母さんが残したこのカードが鍵になっているのよ」


「エネルギー源はなんだ?」


「エモーショナル・リゾナンス」


「感情の共鳴? そんなものがエネルギーに?」


「人が感動した時に生まれるエネルギーは相当なものよ。それをどうやって利用しているのか全くわからないけど」


「しかし、カードに共鳴する人を探しだすのが大変なんじゃないか?」


「そうなのよ。共鳴する人が見つかっても、共鳴する力が弱ければ亜空間のゲートは開かないから」


「カードは何度でも使えるのか?」


「一度だけよ。アルカナツールを出現させると燃え尽きてしまう」


「じゃあ、チャンスは22回しかないんだ? 失敗は出来ないのか?」


「エメラルドタブレットのかけらは12個だから、2回に一回は失敗してもいい計算になるけど……あまり失敗はしたくないわね」


「タイムリミットは?」


「一か月」


「あっという間だな」


アーくんはため息をついた。


「なあピコラ。そんなのほっといて、悪魔の国へ戻っておいでよ」


「ありがとう。でもね、私は半分天使の血も引いてるから、居心地が悪いのよ」


アーくんは何か言いかけたが、ピコラの瞳がカードの光を映した。


「カードが共鳴しているのか?」


「ええ、すぐ近くにね」


ピコラの目が輝く。


カードの端から淡い光が漏れ、揺れるように流れていく。


ピコラは窓のそばに立って、その指し示す方向を見た。そこにあったのは、古びた看板の本屋だった。


淡い光に照らされた店内に、一人の少女の影が見える。


「見つけたわ」


ピコラの唇が、静かに笑みを刻んだ。



翌朝。


本屋では一人の少女が本を棚に戻していた。


名前は香織、十七歳。


小さなこの本屋でアルバイトをして、一年になる。


香織は棚の間に立ち止まり、本を戻しながら小さくため息をついた。


「はぁ……」


また、昨夜もあの夢を見た。


古い洋館。長い廊下。扉の向こうで誰かが呼ぶ声。


──お姉ちゃん。


「また、あの夢……」


毎晩のように繰り返されるその夢が、香織の心を静かに削っていた。


知っているような、知らないような声。


まるで、忘れてはいけない何かを思い出しそうで、思い出せない。


「気のせいよ……きっと」


そう呟きながら、香織は自分を守るように笑った。


香織は棚の本を撫でた。


子供向けの絵本。妹のユリが好きだった類のもの。


「この子も、こんな本読んでたのかな……」


香織は知らない子供たちに、妹の面影を探してしまう。


昼の休憩時間、香織はいつものカフェへ向かった。


だが足は勝手に、知らない道へ逸れていく。


「あれ……ここ、通ったことないのに……」


まるで何かに引き寄せられるように。


気づけば、古い煉瓦造りのビルの前に立っていた。


香織は驚いて辺りを見回した。


「えっ……ここ、どこ?」


すると近くにあった煉瓦造りの古いビルの入口に黒いマントの女性が立っているのを見つけた。


「あの、すみません。道に――」


「迷ったのね?」


マント姿の女が微笑む。


「道だけじゃないわね。あなた、人生にも迷ってる」


「な、何の話ですか?」


「だって、あなた。前に進もうとせず、ずっと同じ場所に立ち止まってるじゃない」


香織は言葉を失った。


その通りだったからだ。


「来なさい。あなたに見せたいものがあるの」


香織は導かれるように、その扉をくぐった。


螺旋階段を上り、紫の布がかかった部屋へ。


気がつけば、椅子に座らされていた。


「あなた……最近、不思議な夢を見ているでしょう?」


ピコラの言葉に、香織の手が止まる。


「ど、どうして知ってるの……」


「私は占い師だからね」


紫の布をめくると、タロットの束が現れた。


ピコラは静かに祈るように指先でカードを撫でる。この娘の心を映し出して」


一枚だけが光を帯び、まるで意思を持つように舞い踊り——


香織の前にふわりと降り立った。


描かれていたのは、二本の柱の間に座る女性――「女教皇」


「あなたの心の奥に、封印された記憶があるわ。このカードは、それを解き放とうとしている」


香織は胸を押さえた。


「私……何を……?」


「前に進む気があるなら、願いなさい」


ピコラの声が静かに響いた。


香織はカードを握りしめ、涙をこぼす。


「お願い……教えて。私が忘れたものを――!」


瞬間、部屋をまばゆい光が包んだ。



記憶の扉


光の中、香織は幼い自分を見た。


隣には、小さな女の子。


「お姉ちゃん、遊ぼ!」


「うん!」


──妹。ユリ。


雨音。赤い傘。冷たい小さな手。


「お姉ちゃん、濡れちゃうよ」


「大丈夫。ユリが濡れなければ」


笑い声。そして——


車の音。叫び声。沈黙。


その映像を見た香織が凍りつく。


「ユリ……!」


香織は叫んだ。体から青い光があふれ出す。


涙が床に落ちるたび、光の粒が浮かび上がる。


「ユリ……会いたい……」


青い光が香織の涙と共に揺れ、一筋ずつ糸のように伸びていく。


そしてそれが雲のように集まって、バスケットボールほどの大きさになった。


それは雪のように、幻想的に宙を舞う。


「悲しみの……エモーショナル・リソナンス……」


ピコラが立ち上がって、マントの下から腕を伸ばした。占い師の黒髪が紫へと変わると同時に、耳の上に2本の角が現れ、彼女の頭上には、天使の輪が輝く。


「お願い!……届いて!」


ピコラは雲のように固まりながら水色に輝くエモーショナル・リソナンスに腕を突っ込むと、中から何かを掴み取って握りしめた。


手の平を開いてみると、そこには綺麗な翡翠色した石の欠片が現れた。


「良かった、二つ目を手に入れたわ」


しばらくすると、水色に輝く雲は雨のように落ちて、姿を消した。


ピコラはマントで身を包み、フードで髪と角を隠した。


その時、香織が目を覚ました。彼女の手の中にあるカードが光って、小さなロケットペンダントへと姿を変える。


女教皇の姿が刻まれてるフタを開けると、中には幼い香織とユリの写真が入っていた。


「これは……」


香織はそれを抱きしめ、涙を流した。


「それは、カードが形を変えたお守り――アルカナツール」


ピコラは立ち上がり、マントを翻す。


「そのお守りを肩身離さず持ち歩くのよ。ユリはあなたの悲しむ姿を望んでない。生きていたら、きっとあなたの幸せを望んだはずよ」


香織はピコラを見つめたまま、涙を溢れさせた。


ピコラはニコリと微笑むと、マントを振って黒い風が巻き起こした。そして風が止んだ時には、ピコラの姿はなかった。


「ユリ……ありがとう。これからは笑って生きるね」

風がそっと頬を撫でた。

まるでユリの声が届いたかのように――。


数日後、香織は本屋で子供向けの絵本を手に取った。


以前なら、見るだけで胸が痛んだはずの本。


「この子にも、読んでくれるお姉ちゃんがいるといいな」


香織は微笑んで、本を棚に戻した。


胸のペンダントが、そっと温かくなった気がした。



エピローグ


夜の街角。


ピコラはガラス瓶を掲げ、淡く光る青い霧を見つめた。


「……人間の涙って、どうしてこんなに綺麗なのかしら」


アーくんが肩の上で鼻を鳴らす。


「なぁピコラ、その”リゾナンス”ってやつ、あとどのくらい集めりゃいいんだ?」


「まだ、ほんの2欠片よ」


「それじゃあ、あと10個もあるじゃないか」


ピコラは夜空を見上げた。


星が瞬く。


「でも、私のわがままでやっていることに、みんなを巻き込んでいいのかしら?」


夜風がピコラの髪を撫でる。それを見たあーくんは、ハハハっと笑った。


「バカなこと言ってるんじゃねえよピコラ。美月も香織も幸せそうじゃねえか」


「幸せ?」


「お前の両親はな、お前が良い行いをしなければ、宝か手に入らないように、こんか手の込んだことを考えたんじゃないか?」


それを聞いたピコラはハッとしてアーくんを見た。


「アーくんったら、悪魔らしくないこと言うのね」


ピコラはそう言うと、パァッの笑顔を見せた。


挿絵(By みてみん)





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