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第12話 新たな旅のはじまり



セラフィムが光に包まれた時と同じく、ピコラも光の中を彷徨っていた。



流れる光の波に乗って、漂うように流されていった。



ピコラは父からもらった指輪に触れると、中から黒い輪を解除する魔道具が現れて、たちまち首から消滅してしまった。



ピコラは大きく息を吸って、力なく波間を漂った。



「これが……エメラルド・タブレットの力なの?」



何人もの天使と悪魔が光の中を漂い、ある者は苦しみ、ある者は穏やかに眠っている。それを見たピコラは不思議な気持ちになった。



「天使の中にも……良い天使もいるのね」



そう思うと、そもそもセラフィムと関わったことが、父の不幸だったのかもしれない。



「よお、お前がこの騒動の首謀者かい?」



ピコラが顔を上げると、黒い戦闘服を着た美しい年配の女性が立っていた。



「あなたは?」



「私の名はリリシア・ノクトゥルナ。魔界のクイーンよ」



「あなたはなぜ悪魔に? 悪い人には見えない」



するとリリシアは笑った。



「私わね、昔、神の子アダムの妻となったけど、従順を拒んただめ悪魔として追放されたの……。理不尽だと思わない?」



ピコラは頷いた。



「理不尽だわ」



「でしょ? 昔はリリスと名乗っていたけど……腹の立つ名前だから、今はリリシアに改名したのよ。ちなみにノクトゥルナっていうのは、闇に追いやられた者って意味よ」



「あなたは全然悪くないと思う……悪魔にも、そんな理不尽に悪魔にされることもあるのね」



「その時の価値観によるからね。いい加減なものさ」



「でも、すべての悪魔があなたのような理由で悪魔になったわけじゃないでしょ?……例えばゲオルグみたいな」



「もちろん、本当に悪い悪魔もいるさ。そういう奴は、お前のエメラルド・タブレットで苦しんでいるだろうよ」



「犯罪者を擁護するつもりはないのね」



リリシアは首を振った。



「人は良いこともしながら、悪いこともする。それは天使も悪魔も同じなんだ。私が言いたかったのは、善悪二元論でわけるのではなくて、それぞれに個性もあることを理解するべきだと思っていたんだ」



リリシアは周囲を見渡した。すると、様々な悪魔や天使がキラキラと光りの粉となって、大きな渦に吸い込まれている。その渦の中心には、エメラルドタブレットがあった。



「見ろ、お前の持ってきたエメラルド・タブレットによって、天使や悪魔……そのすべてが消滅して、人間の輪廻の輪へと流れている」



ピコラは驚いて目を見張った。



「嘘……これじゃ、みんな死んじゃうってこと?」



リリシアは首を振った。



「いや、そうじゃない。天使と悪魔という二元論が否定されたことで、そういう世界が消滅したってことさ」



「それって死ぬってことじゃないの?」



「……生まれ変わるのさ。新しい自分にね」



「私も生まれ変われるの? 天使でも悪魔でもない……半端な私なのに?」



「違う、違う、お前だから出来たんだ。こうしてみんな生まれ変わるといい」



「これで良かったのかしら?」



「ああ、間違いなくな。天使も悪魔も……そしてお前も……物語の世界に生き続けるんだ」



「天使と悪魔が消えてなくなったら、何に生まれ変わるのかしら?」



「さあな…鳥にでも生まれ変わるんじゃねえか」



するとリリシアはニコリと微笑んだ。



「ピコラ、みんな不完全だからこそ、愛を学べるんだ。だから私は、お前の両親……リリアとルカリエルの結婚に希望を持ってみていたのさ」



ルカリエルは腕を伸ばしてピコラに触れた。



「ピコラ……最後に会えてよかった。私はあなたのお婆ちゃんだよ……」



「お婆ちゃん!」



リリシアとピコラは強く抱き合った。しばらくすると、リリシアの体がキラキラと輝き始める。



「行かないで!お婆ちゃん!」



リリシアの体がキラキラと輝いて薄くなっていく。



「ああ、もう時間ね……」



リリシアは薄くなった体でピコラを抱き寄せる。



「ありがとうピコラ……」



「嫌っ!お婆ちゃん!」



ピコラは涙を流した。するとリリシアは微笑みながら光の粒となって消えた。



やがてピコラの体もキラキラと輝きだす。その時、遠くから、ノクスとアー君が駆け寄って来るのが見えた。



「ノクス、アー君」



3人はガシッと抱き合った。



「お別れだな、ピコラ」



「ピコラ様……別れたくないニャ」



それを聞いてピコラは微笑みながら首を振った。



「ううん、終わりじゃないわ、これからよ」



ピコラはアー君とノクスをぎゅっと抱きしめた。



「わたしたとの魂は深くつながっている。生まれ変わってもまた……どこかで必ず出会うはずよ」



「本当に?」



「ええ、本当よ」



「出会った時……俺たちはピコラのことが分かるのかな?」



「きっと、きっとわかるわ!……ノクス、アー君……私はきっとあなたを探すわ!」



「じゃあ、それまで、少しだけお別れだな……」



ええ、必ず会いましょう」



「ピコラ様……またニャ……」



「ピコラ……俺のこと、忘れるんじゃねえぞ」



ピコラは涙ながらに頷く。



「みんな……またね……」



天界も魔界も消え、金の霧がピコラを包む。こんなにも多くのエモーショナル・レゾナンスに包まれて、ピコラは思わず涙を流した。



きっと、みんなが相手の痛みを理解して、激しく心を揺さぶられ、多くの共感が生み出されたのだろう。



ピコラは最後にアー君へ別れを告げる。



「あなたと過ごした時間が、いちばん人間らしかった」









波に乗れ……



ピコラの頭の中に、何者かの声が響き渡る。




寄せる波には、訪れる刻がある。



焦って踏み出せば、ただその力に押し流されるだけ。



大切なのは……調律。



ゆるやかな時の流れに身をゆだね、



静かに耳を澄ませて、波の囁きを聴け。



やがて、すべての波がひとつに重なり、



波と波が共鳴し合うとき、



物事は自然とその姿をあらわす。



まるで、見えない手にそっと押し出されるように。



「何……私をどこへ連れて行こうとしてるの?」



その時、目の前に1枚のカードが舞い降りてくる。



それは、愚者のカードだった。



「愚者のカード。それは新たな旅の始まり」



ピコラが腕を伸ばして愚者のカードを受け取った時、目の前が光に包まれた。







タブレットの力で彼女は“人間としての命”を得て、普通の少女として生まれ変わった。



ピコラは日本のある家庭に生まれて、涼子と名付けられた。



父は厳粛で真面目な働き者、母は陽気な女性だった。祖母は勝気な女性らしい。



「涼子……明夫くんが来てるわよ」



母の声に、涼子は玄関へ駆けていく。



玄関で待っている明夫は少し小太りで、真っ黒な髪の毛をしていた。そして白いセーターを腕まくりしている。



その時、金色の粒子が舞って、何かが涼子の心をざわつかせた。その時、白熊のような白い髪の男の子の姿が目に浮かぶ。



「あれ……明夫ってどこかで会った気がする……」



涼子がそう口にした時、明夫は唇を尖らせた。



「何言ってるんだ、隣同士だから毎日会ってるじゃん」



そう言って明夫は笑った。



「そうよね」



涼子もつられて笑った時、明夫の妹が元気よく涼子の胸に飛び込んでくる。



「お姉ちゃん!」



「あ、則子ちゃん!」



すると明夫が唇を尖らせた。



「則子は甘えん坊だなあ!」



「いいもん、則子、お姉ちゃんとずっと一緒にいたいもん」



そう言われると涼子も悪い気はしない。彼女は則子の頭を撫でた。



「則子ちゃんは可愛いわね!」



「うれしいニャ!」



則子はそう言って笑った。涼子はその語尾に、なんだかとても懐かしいものを感じていた。



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