8 カルスト平原
翌朝、オグリファンドを発ってヴァルク遺跡に向かう。その道中のカルスト地形が広がる平原。水に溶解しやすい地形で構成された大地が長年の雨水で侵食され、芝のような青々とした大地に数え切れないほどの大小様々な白い岩が無作為に並んでいる姿には感動を覚える。地下には巨大な鍾乳洞があるのだろうか。
大自然の作り出した圧巻の風景に目を奪われていただろう、今がダンジョン攻略の最中でなければ。
俺たちは不思議のダンジョンとなってしまったこの平原を突き進んでいた。不思議のダンジョンは洞窟のような明確な出入口がある場所にできるのではない。魔力が集まったことによる空間の歪みで平原や山や森にもできることがある。そのため知らずのうちに迷い込んでしまう事例も多い。
ダンジョンの内部か否かの判断は簡単だ、人が並んで歩けないほどの通路と多少開けた空間で構成されて、何もしていないのに魔力がなくなる感覚があればそうだ。
空間の異常なので内部ではストレージ魔法は使えず鞄に持ち込んだ道具のみで攻略を余儀なくされる。また拠点への転送魔法も使えない。一度、脱出という別の魔法を使う必要がある。そういうところもクエスターに毛嫌いされている理由だ。
遠目に見える遺跡が一向に大きくならないため、探索が進んでいるのか不安になったがそれを察したのかセレスタが口を開く。
「不思議のダンジョンというのは魔人の作り出したものと言われているわ。人類が領域を守るように壁を築き、堀を掘るように彼らは不思議のダンジョンを作ってよそ者を迷わせて侵入を阻んでいるのよ。ムキになってはダメ、ダンジョンの思うツボよ」
俺のすぐ前で迷わないようにマッピングをする傍ら、魔法で魔物を焼き払うセレスタ。初めて潜入するダンジョンであっても動じないあたり超えてきた場数の違いを思い知らされる。
自律して動く木のような魔物や精霊のような魔物を剣で叩き切る。魔物自体も暗がりの洞窟とは比べ物にならないほど強い。が勝てない相手ではない、殉職した6級クエスターは遺跡前で発見されたということはここは突破したということだ。踏破者がいるということはそれだけで希望になる。前向きに考えていくか。
それから数時間ほど探索を続けたところ、それまで遠目に見えていただけのヴァルク遺跡が目の前に見えた。どうやらカルスト平原を踏破したらしい。周囲に俺たちのように平原を超えてきた魔物の姿はない。ダンジョン内部ではいつ会敵するか分からなかったため、敵がいないのを確認すると肩の力が抜けた。
「ストレージ魔法もテレポート魔法も使えるわね。ここはヴァルク遺跡とカルスト平原を繋ぐ休憩地、遺跡を取り囲むような環形ね」
背後を見る。遠目にオグリファンドの街が見えるが徒歩20分もすればたどり着くだろう。ダンジョンの探索時間と釣り合わないあたりダンジョンは空間の歪みであることを証明している。
「なぁ師匠、なぜ中間地点ってあるんだ? ダンジョンが侵入者を阻むためにあるのならば、二つを繋いで長いダンジョンにしてしまえばいいんじゃないか?」
わざわざ魔力を回復させたり道具の補充や整理の余地を侵入者に与える必要はないはずだ。踏破される可能性をあげてしまう結果になるだろう。
俺の疑問にセレスタは笑顔で答える。
「いい質問ねオスカー。理由はいくつかあるけど一つはダンジョンの属性よ。火山や砂漠のダンジョンを構成している魔力は火、海や川のダンジョンは水で、山や洞窟は土、今踏破した平原や、森は木、遺跡や屋敷などの人工物のダンジョンは金の魔力で構成されているの。それぞれの地形に適した魔力が集まらないとダンジョンにはならないのよ。魔力の種類はそこで生成される魔物にも影響して……ほら今の平原でも火や水を扱う魔物はいなかったでしょ?」
探索を思い返して納得する。今のカルスト平原に限らず踏破してきたダンジョンには地形に即した魔物が出現してきた。
「いくつかって言っていたな。他にもあるのか?」
「こういったダンジョンの合間の休憩地っていうのは、侵入者が回復できる場所であると同時に、侵入者を殺すことができる場所でもあるの。ダンジョン内で力尽きても入ってきた所に戻されるだけだけどここで力尽きたらそのまま死亡することになるわ」
「番人のような存在をここに配置したら、ダンジョンを踏破して疲労している侵入者を楽に始末できる。ということか」
「そういうことよ。でもわざわざそんなことをしなくても、ここは侵入者が集まりやすい場所でもある。具体的には外側のダンジョンを踏破してきた者と内側のダンジョンの探索に失敗した者が顔を合わせることになるの」
「ダンジョン最新部にある財宝が両者の共通の目的の場合、戦闘が起こるということか」
先を越される不安を抱えつつ探索するよりも、事前に払拭できるならそれに越したことはない。思い返せば事前に調査に来たクエスターもここで死亡していたと言っていたな。
「今は脅威になりそうなものはないし魔力が回復して準備ができたら先に進みましょう」
そう言って近くの岩に腰掛けるセレスタ。俺も剣を置いてストレッチをした。セレスタのストレージ魔法で不足していた道具の補充を行う。腕輪が使えないため彼女に頼る必要があるのは癪だが。頼ってばかりではいられない、なるべく早く修得しなければ。
数十分の休憩の後、遺跡の入り口に向かう。階段を前にしてセレスタが忠告する。
「オスカー、ここから先はこれまで以上に警戒しなさい。この先にほぼ間違いなく6級クエスターを殺した奴がいるから」
それを聞いて気合を入れる俺、決して油断しないように探索を進めよう。そう意を決してセレスタの後をついていくが、一つ違和感があった。階段を登る彼女の頭の位置が変わらない。
「おい、様子がおかしいぞ!」
思わず声を荒げたが、これもおかしい。俺、こんなに声が高かったか?
直後、バチンッという異音とともに俺の剣が手元から離れ石造りの階段に甲高い音を立てた。
「なによ、うるっさいわね!」
前を歩く小さいセレスタが振り向こうとしたときに服の裾を踏んでしまった。足を滑らせて階段を転がってくる。受け止めようとしたものの非力な俺の身体は支えることもできずに巻き込まれてしまった。
「……くっそ、何が起きて」
目の前には憎たらしいほどの青空が広がっている。起き上がろうとしたもの身体が動かない。俺にのしかかりもぞもぞと動くそれがセレスタであることに大した時間はかからなかった。
「……さっさと退いてくれ」
「師匠に重いなんて失礼ね」
そこまで言っていないだろ。気を利かせて言わなかったことをなぜ自白するんだ。それはともかく起き上がったセレスタの姿は何の変化もないグンバツなスタイルだった。一連の出来事にセレスタは瞬時に結論を出す。
「……この遺跡、レベル1ダンジョンね」