7 灰の街 オグリファンド
太陽が南中するころ、俺たちは灰の街、オグリファンドにたどり着いた。石造りの建物が建ち並ぶ風景が特徴の観光地で、災害が滅多に起きないことも相まって昔のものがそのまま住居として用いられおり、実際に宿泊できる事を売りにしている。
がどうも様子がおかしい。普段ならもう少し人で賑わっていてもおかしくないはずだが、観光地にしては閑散としているのが気になる。
「師匠、なんでこの街に来たんだ」
「オグリファンドは近くにダンジョンとなった遺跡があるからそこの調査で来たんだけど、それより前に解決することがありそうね」
セレスタも街の違和感には気が付いているらしい。俺たちは近くの宿屋で話を聞くことにした。
「お客さんが減っちまって、経営が厳しいよ。前は毎晩満室だったのに、最近は半分も埋まらない。特に遠方からの客が来なくなったんだ。宿屋だけじゃなく食事処も皆が音をあげている。ここ数週間で急にだ」
「具体的には何が起きているんですか?」
宿屋の主人に再び尋ねると、唸るように答える。
「オグリファンドの周囲にはカルスト地形が広がっていて、それも観光資源なんだが。そこで魔物が現れてね皆が怖がって来てくれなくなったんだよ」
観光名所に魔物がはびこっているとは深刻な問題だ。価値がある場所ならば派手に戦闘できない。景観を損なってしまう恐れがある。
「今までは街とその周囲を守る結界が魔物の侵入すら許さなかったんだが、それが機能しなくなったみたいでな」
人類の拠点となる場所は結界で守られているところが多く、魔物の脅威に晒されることはない。それがないところは壁などの物理的な障壁で阻まれていたり、クエスターのギルドの拠点があったりする。
結界が機能しないとなると要に何らかの異常が起きているということになる。
「ギルドに依頼は出したんですか? 結界の問題となれば動くと思いますが」
セレスタが問いかけるが宿屋の主人は返答を渋る。
「町長が都のギルドに依頼を出して数人の6級のクエスターが解決に当たってくれたが連絡が途絶えた数日後、別のクエスターが調査に向かったところ遺跡前で魔物にやられて死亡しているのが発見されたらしい」
一筋縄では行かないらしい。6級でダメとなるとギルドも本腰を入れて動き出すだろう。
「それでお二人さんは旅人のようだが。観光なら時期が悪かったな。どこを見るつもりだったんだ?」
「ヴァルク遺跡よ」
その名前を聞いて顔が再び強張る主人。
「さっき言った殉職したクエスターだがその人達もただで死亡したわけではなくいくつかの情報を残してくれたんだ。どうも結界の要となるヴァルク遺跡とその周囲の平原がダンジョンとなったらしい」
そこの攻略に向かって失敗し、魔力ゼロの満身創痍のところを魔物にやられたと言ったところか。主人が地図を机に広げる。結界は要から同心円状に展開される、確かに結界の中心部に遺跡が位置していた。
どうも俺達の目的地と一致しているようだ。なら話が早い。
「では私達がそこに行って様子を見てきます。いえ心配はないですよ、私達もクエスターですので」
翌朝出発するということでその宿を借りた。事件の解決をしてくれるならと料金もゼロにすると言い出した主人だったがセレスタが金を握らせて費用を無理矢理払ったのだった。
「しかし、不思議のダンジョンが結界のど真ん中にあるものなのか?」
「あの遺跡何百、何千年と経過しているでしょ? なら魔人の作ったものの可能性が高いわね」
魔人、魔物の中で人の形をした者たちの総称で人並かそれ以上の知性を持っている。それぞれが縄張りを持ち踏み入った者には容赦しない、魔人の序列はその縄張りの規模で決まり広大な縄張りを持つものは「貴族」として恐れられている。
ただそれは縄張りを持つほどの力を持った魔人に限る話である、力のない虚弱な個体は度々人類に襲い掛かり縄張りを得ようとして討伐されており俺も何度か相手したことがある。普段の魔物とは比べ物にならないほど強いが当時6級の俺でも勝てる相手だった。
それ故個体数が爆発的に増えることはない。むしろ問題となるのは人類の居住地が足りなくなった場合に貴族の縄張りを侵すことが考えられることだろうか。間違いなく数えられないほどの血が流れる。
「仮にその結界が魔人の作ったもののだとしても、師匠に何とかできるのか? できるといっても人類の結界だろ?」
「……あのねぇ、魔法っていうのはそもそも字のごとく魔の法則。それを何千、何万年と築き上げてきたのは魔物で私たち人類はそれを僅か数百年で生物模倣をしているにすぎないのよ。結界魔法もそう、全く違うなんてことはないわ」
魔法がすべて五行陰陽の魔力で構成されていると解明したのは人類の偉大な功績だが、魔物が意識せずにやっていることを体系化して共通認識にしているだけだという。
「そういえば、あくまでダンジョン攻略はお前の趣味で、キャラバンの目的は未開の地の地図作りだよな? その未開の地っていうのに貴族の領土は含まれるのか? 出くわしたらどうするんだ?」
「もちろんぶっ飛ばすわよ? 魔人はユニークな魔法を扱うから貴族程の個体となったらどんなものを見せてくれるのかしら」
目を輝かせて話すセレスタ。正直貴族の縄張りは避けるものだと思っていたが……とんでもないものに首を突っ込んでしまったようだ。