51 外貨
そして翌日以降は自由に探索することが許された。もちろん3人1組、ドレヴァンの監視の下という前提はある。
決済の方法を始めとして、リザンのシステムや住民の思考が理解できた今では住民らしく動くことができるだろうとドレヴァンは述べる。
俺達は商店街に行き、クエスター用の装備がある店を探すことになる。このリザンに来るまでの道中で消耗した分の補充目的だった。
「……あれ? あれなんです?」
店を探す中、不意のウルフィンの声が響く。彼の疑問の向く先はある路地に置かれていた一つの帽子だった。
白いつばの広い帽子、一昨日偶然出会った観光客のカップルの女が身につけていたものだ。つばに折り目がついて汚れている、落としたのだろうか?
探していたら気の毒だ、見つけ次第渡そうと帽子を拾い上げたところウルフィンがまた何かに気がついた様子だった。
「……これっ、なんでこんなのが落ちているんですか!」
彼が拾い上げたのは一枚のカードだった。あれこれ考える間もなくそれが何なのか気がついた。
関所で外貨を両替した際に受け取る決済カードだ。このカードがなければ観光客は消費活動ができないはずだ、無くすようなものではない。
もちろん彼らの物だと断定する根拠はないのだが。……妙な胸騒ぎがする。
カードの仔細を見ようとしたところ、視界の外から突然伸びた手に奪われてしまった。赤い女だった、赤い服を着て赤黒い髪と肌をした女、サルヴェリオンの眷属で清掃を担当する個体だった。
「なんだ? あんたが本人に渡してくれるのか?」
言葉を投げつける。相手は言葉を発することはないが、これ以上踏み込むなと警告するような威圧感を感じる。胸騒ぎが確信に変わる感じがした。
ライラット、ウルフィンも同じ考えがよぎったらしい。困惑した顔つきを見合わせる俺達。
「……ドレヴァンさん、ドレヴァン。寿命が1年を切った住民は西部に隔離されるって話だったよな」
ドレヴァンに対して、警戒が高まる。
「ええ、彼らが衝動的な行動を起こさないための処置です」
「向こうに行く明確な基準があるということは、条件さえ満たせばまたこちら側に戻って来れるということか?」
「そうです、西部生活補助区画での業務に従事することになり、自身の寿命が2年を超えた者は中央部への復帰を許可されます」
「西部で寿命を増やす方法は労働だけか?」
「仰っている意味が分かりません」
「……ここに入った観光客は無事に関所を出られるのか?」
「多くの場合には、無事に関所を出ることは可能です。しかし、西部生活補助区画に足を踏み入れて不運にも魔物に襲われる“事故“はたびたび発生し、我々も心を痛めています」
淡々と言葉を繋げるドレヴァン。白々しいのを通り越して何も入っていない空虚な心というのを目の当たりにした。
「正気かよ、お前」
ライラットの言葉に怒気が籠る。彼女も武器を向けるほど我を失っているわけではないだろうが、手で壁を作り彼女を制した。分かっていると答えて、軽く深呼吸をするライラット。
彼女は俺の手元にある帽子を一瞥すると、無言でそれを取った。そして背を向ける。
「どこに行くんですか?」
「気にすんなおっさん、領主のルールに歯向かうことはしねぇよ。この主人と離れてしまった可哀想な帽子の持ち主を探すだけだよ、お前らも来るだろ?」
ライラットは帽子を振りながら答え、俺とウルフィンは彼女の後ろをついて歩く。西部に近づくのは危険だと呼びかけるドレヴァンだったがライラットが言葉を返す。
「誰も西部に行くとは言ってねぇよ。」
ライラットの言葉に、ドレヴァンは一瞬だけ視線を伏せた。否定もしなければ、咎めもしない。ただ「理解しました」とだけ返し、俺たちの後ろを監視役としてついてくるだけだった。
西部生活補助区画は、街と呼ぶにはあまりに静かだった。建物は低く、窓は少ない。舗装はされているが、人の気配が薄い。
ドレヴァンは途中で足を止めて待機する。西部は彼の管轄では無い、つまりはここでは俺たちの監視をすることはない。戻ってくる時に合流するように念を押される。
武器を手にした俺達、警戒しつつ足を進める。ウルフィンの感知魔法では離れたところに魔物の気配があるようだ。
情報通り危険な区画であるようだ。ただの住民が生き残れる訳がない、刺激のない区画とは言うが結局は住民を魔物のエサにするだけの場所なのかも知れない。
「ウルフィン、人らしき魔力量の奴はいるのか」
「はい、一応住民らしき方も数人範囲内にいますが……こちらの様子を伺っているのかも知れません」
感知魔法は人の識別まではできない。位置とおおよその人物像のみ。魔物だけでは無く住民にも襲われる可能性があるのか……こちらは武器を持っているしクエスターとして対人戦を何度も行ってきている、ただの住民に負けるとは思えない。
秩序局の目がないと言うことは住民間の争いは黙認されているのかも知れない。その争いの原因は何かいまいち判断できないが……。
「しかし、出涸らしの寿命の住民が殺し合うかもしれない区画なんて作って領主は何がしたいんだろうな」
出涸らしとはいえ、寿命は搾り取ったほうが社会の利になるだろうと結論を出すライラット。
「さぁな、とにかく情報収集だ。……とは言っても結局は2人を見つけた住民を探すところからだろうな」
ウルフィンの感知魔法に引っかかった人に手当たり次第に尋ねる。寿命が少ない人達ということもあり、その目には光はなかった。
俺達を襲って道具を奪わんとする者もいたがクエスターであることを名乗り出ると途端に覇気を失うのだった。
結論から言うとあの観光客を見たと名乗る人はいなかった。無法地帯であるここが第一候補だったのだが……アテが外れたか。
「あんたたちはなぜリザンに来たんだ?」
声をかけ始めてから16人目、崩れかけの壁に背を預けて座る男。手の甲には0.5と刻まれた数字、その表情は疲れているというか諦めているように見える。
「依頼だ」
短く言い切る。クエスターに動く理由を尋ねても依頼としか言わないのは常識だ。
「荒事と縁遠いリザンにクエスターがくるだけでも珍しいんだがな……あんたら観光客を探してるんだろ? 護衛か?」
「……」
「まぁいいか、ここのことをおっちゃんが教えてやるよ、どうせここは監視も薄いからな。ついてこい」
そう言い切るとおもむろに立ち上がり、悩むことなく足を進める男。
数分歩いてたどり着いたのはゴミの集積所だった。誰かが回収するわけでもないため、簡易的な焼却炉が備え付けられており、高い煙突からは黒い煙が出ている。
「こんなものを見せたいのか」
「いやいや、見せたいのはこれだ」
男は足元の鉄板についている取手に指をかけて持ち上げる。この鉄板は蓋であり、真っ暗な穴がこちらに口を開いていた。縁に血の跡がついており、ただの穴ではないのは直感で分かった。
焼却炉の目の前であるにもかかわらずどこか涼しい風が吹いている気がする。
「……なんだこれは」
「ゴミ箱だよ、人の。入れられた人の寿命を入れた人に引き継がせるというものだ」
物騒な響きだ。有無を言わせず寿命を他の人に受け継がせるのか。
「なんだおっさん。私たちを捧げてここから出ようってハラか?」
ライラットが武器を構えて警戒する。俺とウルフィンも距離を取り安全を確保する。
「違う違う違う、あの観光客2人はすでにここに突っ込まれて誰かの資産に変わったって話さ。あんたらに彷徨かれてもここの住民は萎縮するんだよ。答え合わせしたからさっさと帰ってくれ」
男が蓋から手を離す。勢いよく閉まり、乾いた音が響く、砂が巻き起こる。嘘を言っているようには見えない。外から来た人間もリザンの資産に違いないようだ。
男たちに見えるように指を擦り合わせる。何を要求しているのかは自明だった。情報を一方的に押し付けてその対価の要求、断ることもましてや殺して穴に放り込むことも可能だったが……それを指示できるのはこの場にいないセレスタだ。
依頼とは関係のない形で人を手にかけるのは後々のことを考えたら割に合わない。
小さく舌打ちする。俺達は男にそれぞれ0.2年分の寿命を対価として渡すことにした。
「しけてるな」
「贅沢言うな。0.6年分の苦労が浮いたことを素直に喜ぶんだな」
男と別れて来た道をと戻る俺達、表向きの事件にはならず、事故と結論づけて外に報告する。魔物由来の事故とすれば予防策も一筋縄では行かない。
俺達はサルヴェリオンとまともに対話することはできるのか?
西部から戻る。その場から移動せずに待っていたドレヴァンは口だけで俺たちの無事の帰還を喜ぶ。俺たちが西部で何を見てきたのか分かっているかのようだ。
「ダメだな、どうも居心地が悪い。廃れた街の悪意がむき出しの荒んだ人の方が裏表がないだけマシだな」
俺がつぶやくように話す。ドレヴァンは初めて素早く反応した。
「その言葉はここでは控えてください、ここは西部ではなく中央部ですから…あまりひどいと私も対応せざるを得なくなります」
「はいはい」
自分が我儘に扱える力があれば、サルヴェリオンと人類が不可侵条約を結んでいなければ住民丸ごと焼き野原にしていたかもしれない。
そもそもそんな力はない。やったところで、一番痛手を負うのはサルヴェリオンじゃなく人類だ。ゆっくり息を吐いて、頭の熱を逃がした。




