50 カジノ
翌日案内されたリザン中央区にあるカジノ《オルディナ》は、昼でも明るかった。
娯楽施設ならばここ以外にも存在するが、リザンとその社会システムを語るなら、ここを見ずに済ませるわけにはいかない。
そう領主であるサルヴェリオンは考えているようで、俺たちは足を運ぶこととなる。
天井から吊るされた魔導灯は常に一定の光量を保ち、窓はない。時間の感覚を奪うためではない、と説明されている。ただ「公平性のため」だそうだ。
外の明るさや天候で判断力が左右されるのは好ましくない――そういう建前だった。
ドレヴァンは入口まで同行し、そこから先へは進まなかった。
「内部は民間運営ですので。私は外でお待ちします」
そう言って一礼する。止める理由も、勧める理由もない。この街では、選択は常に個人の自由だ。
中へ入ると、空気が変わった。酒の匂いは薄く、代わりに消毒薬に似た匂いがする。客層はばらばらだ。身なりのいい商人、労働者風の男、そしてーー浮浪者のような決して清潔とは言えない人。
彼らの共通点は、右手の甲を無意識に気にしていることだった。レザーの手袋は着けていない。変動の大きい寿命を常に把握するためだろう。
テーブルの一つで、複数人の男がポーカーをしていた。そのうちの1人、年の頃は四十前後。髪は整っているが目の下に影がある。チップの代わりに、卓上の魔導端末が使える寿命の残高を表示していた。
《残り:2.8年》
額が著しく低いため思わず注目してしまう。見た目の割には恐ろしいほど少ない、ここで一発取り返すという思惑があるのだろう。さながらその卓では主人公のようだ。
俺たちはその男を数ゲーム見ていた。
男は勝っていた。カードの巡りがいいのか、腕がいいのかは分からない。ただ、彼の前に表示される数字は少しずつ増えていた。
《残り:5.2年》
「調子がいいですね」
カードを切るディーラーが淡々と言う。
「ええ、運がいい」
男は笑った。その笑顔は満面の笑みとは言えないが自然だった。
周囲の客もそれなりに数をこなしているのか気に留めない。勝つ者がいれば、負ける者がいる。それだけの話だ。
数十分後。
《残り:1.8年》
数字は減っていた。寿命を増やすという思惑が他のプレイヤーにバレていたからこそ強い手札では勝負されず、思い切ってブラフをかけたところ負けたらしい。
ディーラーは男が自暴自棄にならないように警告する。しかし、男は一瞬だけ端末を見て、すぐに視線を戻した。
「続けます」
誰に言うでもなく、そう言った。ポーカーは選択の連続だ。降りるか、賭けるか。
男は賭け続けた。理由は簡単だ。ここで降りれば、今まで失った寿命が「無駄」になる。
その思考が、彼を縛っていた。
《残り:1.2年》
周囲の席が入れ替わっていることに、彼は気づいていなかった。
新しい客が来て、去っていく。彼だけが、そこに留まり続けていた。
最後の勝負。
配られたカードを見て、男は息を止めた。
悪くない。少なくとも、負ける手ではないらしい。
「オールイン」
掛けられる寿命を全て出して卓に乗せる。
結果は――負けだった。同様が隠せなくなった時点で周りからはカモだった。限界まで搾り取られる。
《残り:0年11ヶ月》
その瞬間、卓の端がわずかに光った。男の背後に、無音で扉が開く。
「お疲れさまでした」
係員が言う。声に感情はない。
「今後の生活区画について、ご案内いたします」
男は立ち上がろうとして、足元がふらついた。その場にへたり込む。
誰も助けない。誰も責めない。
「待ってくれ……まだ、取り戻せる」
「規定です」
それだけだった。2人の白男に引きづられるように男は連れて行かれた。項垂れるだけで、騒ぎ声は上げなかった。
ディーラーに警告された、ゲームを続ける選択をしたのは男自身だ。
――西部生活補助区画。
人間の生活圏でも西部に位置するリザンのさらに西部、つまりは未開の地の目の前の区画。魔物の襲撃も比べ物にならないほど多く、クエスターでもかなりの能力を要求される土地だ。
寿命が1年を下回ったものはここで配給された食料、薬、生活物資を受け取って過ごすことになる。理由は単純で余命が短い者は精神的不安定化が起きやすく、衝動犯罪・自暴自棄行動の発生率が高いらしい。
賭博施設も消費を煽る広告もない、余生を穏やかに過ごすことのできる場所という建前だ。余裕のない人間を華やかな生活の中に置くのはある種残酷な話でもあるのだろう。
安全で清潔で合理的な街――リザン。寿命を資産として扱うことで、人は納得する。納得させられる。
カジノはそのための装置だ。誰も強制しない。責任は選択した個人に押し付けられる。だからこそ、破滅は自己責任になる。
白い壁の向こうで、蝶が舞っていた。寿命がゲームで飛んでいく。誰かの寿命が、また換金される。
この街では、それが日常だ。
――良くないものを見た。
自分を見失わないようにしよう。そう思いながら、俺たちはカジノを後にした。出口には、入る時と同じようにドレヴァンが立っていた。
中で何があったかは、聞くまでもないのだろう。男のことを口にしたが、その表情は変わらなかった。
「あのような境遇に陥る方が出てくるのはここでは珍しいことではありません」
ただ、それだけを告げる。そこには同情も、嫌悪もなかった。あの男に対する評価ですらない。
――彼は、この街と同じ顔をしていた。




