5 初心者ダンジョン攻略
それから数回、ダンジョンに潜ったのだが。彼女、エトレアは先ほどの熱狂からは程遠いほど堅実な探索をしていた。第一無駄な戦闘はしない、魔法を使うには多かれ少なかれ魔力を消費する、敵に囲まれた際に備えているらしい。
時には通路で挟み撃ちになることもあった。敵を倒さなければ先に進めない状況に陥った彼女はどうするのか見ていたところ……手にした杖で殴り、狼の魔物の頭蓋骨が凹んでいた。文字通りレベルが違うのだから当たり前ではある。
こいつに任せて金魚の糞のように後をついていこうと決めた矢先の出来事だ。目の前で転移の罠を踏んだ彼女が「あ」と間抜けな声をあげながら同じフロアの別の場所に飛ばされてしまった。
先に進んだら文句言われそうだと悟った俺は大人しくその場で待機していた。寄ってくる魔物を倒しながら待っていたところ、10を超える魔物の行列を引き連れて戻ってきた彼女の姿を見たときは肝が冷えた。
ダンジョンを制覇して外に出てはセレスタに魔力回復の魔法をかけられて再突入を繰り返しさせられた。そんな新手の拷問のようなことを日が暮れるまで繰り返し一生分の弱い狼とツノが生えただけのウサギを見た。
「あなた、ダンジョンにかなり入り浸っているわね」
「無限に湧いて出る魔物相手に魔法の使用感を確かめているからな。ここだけでなく他のダンジョンにも行くぞ」
口調は崩して欲しいと言われた。330年も生きていたら年齢による上下関係もどうでもよくなるらしい。本音は自分より年季の入った見た目をした相手から恭しく扱われるのは精神的に来るのだとか……。
「いやいやそういうつもりで聞いたんじゃなくて、今日私がワープ床を踏んだ時待っていたわね。どうして一人で探索を続けなかったの?」
「ダンジョン内で意図せず別行動になった時にお互い探索したら合流できないだろ。ワープ先が分からないお前を探すよりも探してもらう方が確実だからな。実力が信頼できる仲間なら最初から単独行動もできるんだろうが、それは事前の了解の上でやることでアドリブでやるもんでもない。ダンジョン内では地図が使えない上、時間経過で魔力が減っていくんだ。長居し過ぎないためには当たり前の話だ」
「正解よ」と煽るように拍手してほめてくるセレスタ。こんな基本的なことを聞いてくるとは。
「初心者ダンジョンでも油断しないのはいいわね。ところであなたダンジョンは好き?」
「……まぁ好きだぞ。今はどこに行っても地図が用意されているからな。侵入するごとに内部構造が変化するダンジョンの攻略は手探りで探検しているみたいで、なんだ、童心に帰れる。なんでそんなことを聞くんだ」
別に隠すようなことでもないと素直に返答すると、セレスタは満足そうに笑顔を向けてきた。
「いやね、以前都にいた時に噂で聞いたのよ。ダンジョンに入り浸っている時代錯誤な8級クエスターがいるって、皆笑っていたわ。クエスターっていう言葉が依頼遂行者を指して皆損得勘定で動く世の中にあなたみたいな探索者がいるなんて。世の中も捨てたものじゃないわね」
なんだろうセレスタに認められたことよりも、俺の知らぬところで笑い話にされていた事実に衝撃が隠せない。
「……なによ、驚いちゃって。 私に褒められたことがそんなに嬉しいの?」
なんだコイツ、キレそう。そうじゃねぇよ。……いちいち反応するのも馬鹿らしいな。
「そうだ、オスカー。何か持ち帰ってきたかしら?」
唐突に聞いてきたセレスタ。普段道具を入れている鞄に手を入れる。めぼしいものはないはずだ、ゴソゴソと漁っていたところ何かを掴み、引っ張り出す。
「……こんなものしかないな」
手にしていたのは手のひらサイズの鉄のトゲ。投げやすい形をしており投擲して攻撃するアイテムで店でも売っている。攻撃魔法に乏しい俺の遠距離攻撃手段だ、操鉄で加工もできるため無意識のうちに拾ったのだろう。
「それ私にくれない? 代わりに好きな魔導書一冊あげるから」
価値が釣り合わない。俺が詐欺師みたいじゃないか。破格の条件に断ろうとしたが、どうしてもこれが欲しいのだと駄々をこねるセレスタ。喚く1級クエスターも見ていられないので、彼女が拾ったものと交換するという条件で納得させた。
クラヤミの実。食べることで一時的に視界が夜の森のように暗くなる木の実。相手に食べさせて動きを妨害させる用途で使われる道具だ、俺の拾ったものよりは少し貴重だがこれもそこらへんの店で購入できる程度には特別な価値はない。交換に応じたところ子供のように無邪気な笑顔になるセレスタ。
満足そうなセレスタを見て俺たちの初のダンジョン攻略は終わりを告げ、帰途についたのだった。