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夢幻大迷宮  作者: 鳥バード鶏チキン
夭逝妖精
48/48

48 寿命と資産

「申し訳ありませんが、武器の類は隠して頂けますか? あなた方を疑っているわけではないですし、クエスターが常に戦闘できるように備えているのは存じておりますが、住民の方々が恐れてしまうかもしれないので」


 それもそうか、それだけ治安に自信があると言うことか……。俺はライラットに荒涼天を預ける。彼女はカバンの収納魔法でそれらを隠す。


 リザンの街は、確かに静かだった。

 

 関所を越えてから1時間程、喧騒らしい喧騒に出くわしていない。通りを歩く人間は多いが、誰もが自分の用事だけをこなしている。視線が合っても深追いはしない。互いに干渉しないことが、この街の礼儀なのだろう。

 

 ドレヴァンは先導役として淡々と歩き、必要なことだけを話した。市場、宿、行政区画。どれも整然としていて、外縁部の都市にありがちな荒れは見当たらない。


「長旅でお疲れでしょう」

 

 歩調を緩めることなく言う。


「私がよく利用する食事処があります。高額ではありません。……決済方法の説明も兼ねて」

 

 拒む理由はなかった。そのとき、ウルフィンが自分の手の甲を見つめたまま口を開く。


「すみません。この数字は何ですか」

 

 言われて俺も自分の右手の甲を見る。

 

 先ほど蝶が触れた場所。

 

 そこに黒い蝶の紋様が刻まれていた。羽の縁に数字が浮かんでいる。


 62+0.8


 ライラットは 77+0.8、ウルフィンは 80+0.8。後ろの数字だけが共通していた。


「寿命です」


 ドレヴァンは即答した。


「正確には、リザンにおける資産価値として換算された寿命です。後ろの数値は外貨を両替した分」

 

 淡々と続ける。


「滞在中に上乗せ分を消費しきった場合、残りは寿命から引き落とされます。くれぐれもお気をつけて」

 

 ――寿命から。一瞬、言葉の意味を追いかけるのが遅れた。


「……俺は、あと六十二年ということですか」


「天寿までの目安です」

 

 否定も肯定もせず。


「事故、戦闘、病気などは考慮されていません」

 

 ライラットが口を挟む。


「じゃあおっさん。住民は自然に減る分と消費で減る分、街の外の人間より早く死ぬってこと?」


「いいえ」

 

 ドレヴァンは歩きながら答える。


「労働によって寿命は上乗せされます。消費と相殺されるため……貯蓄できる人は自然に減る以上の寿命を取り立てられることはありません」

 

 その逆もまた然りとのこと。合理的な説明だった。あまりにも。

 

 それが、この街の前提なのだ。


 なるほど街が回収できるはずの資産(寿命)を殺人事件で無闇に奪ってしまうのが重罪になるわけだ。


 ドレヴァンは俺達3人に黒いレザーの手袋を渡す。


「その数字は立派な個人情報ですから。人目に触れないように隠すことを勧めます」


 


 通りの向こうで、白い男が荷を運んでいた。髪の毛先から手の指先まで白く、表情はない。少し離れた場所では、男と同じように赤黒い肌、髪の女が路地の清掃をしている。


「おっさん。あれは何だ」


 ライラットが顎で示す。


「あれは、領主が集めた寿命から作られた眷属です」


 ドレヴァンは一度だけ視線を向けた。


「人の姿をしていますが、個別の名前はありません。会話もできません。配達、清掃、警備補助。必要な役割を担っています」


 白男はくだん赤女せきじょと呼ばれるそれらの個体は、禁忌が起きた際、秩序局の到着まで被害を抑える役目もあるという。


「……それ、あまり良くないんじゃないか?」


 ライラットが言いづらそうに続ける。


「労働で寿命を稼げるって言ってたけど……こういう仕事まで全部それで埋めたら、結局、損する奴が決まってるってことにはならないか?」


 ドレヴァンは、少し間を置いた。


「ご心配は理解できます」


 声音は変わらない。


「ですが、リザンでは“仕事がない”こと自体が問題にはなりません。寿命を消費することも、社会参加の一形態と見なされます。それに他の魔人の襲撃がないという点で他国の企業や工場が構えており、そこで雇用も生まれます」


 白男が荷を下ろす。赤女が、何事もなかったように通りを横切る。赤女が清掃をしていた路地に1人の男がいた。決して清潔とは言えない服装で地面に腰を下ろし、いつ飲んだのか分からない空の空き瓶を片手に虚空を見ていた。


「学ぶ者、働く者、浪費する者。どれも街の循環に含まれています」


 一拍。


「寿命が短期間で尽きる者が出るのは、制度の欠陥ではありません」


 少しだけ、言い切りを避けるように。


「当人の能力不足もしくは自制心の欠如……そう判断されています。少なくとも、この街では」


 それ以上、この話題は続かなかった。


 俺は歩きながら思う。


 この街では、人が人として扱われる条件は、生きていることではない。寿命を、どう使っているか。ただ、それだけなのだ。


 程なくして俺達はドレヴァンに案内された店に辿り着いた。俺たちは得体の知れない気味の悪さを抱えながらその敷居に足を踏み入れたのだった。

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