47 入境
「そいつを逃すな。あとでつけられたら面倒だ!」
俺の一言で反応したライラットが槍で脚を折り、ウルフィンが魔物の首を刎ねる。
翌朝シルバークレストバレーに4人で探索を開始した。道中の手強い魔物も俺達弟子3人なら難なく対処でき、問題なく超えることができたのだった。
エルミナスを立ってから数週間経つが、この短期間でも明らかに力はついた。ダンジョンを探索することで戦闘の経験値を得ることができた。
俺の暴走のトリガーははっきりとしていないもの、これ以上足を止めても得られるものはないということで次の目的地であるリザンへの到着を急ぐこととなる。
シルバークレストバレー超えて歩くこと数日、リザンの関所が地平線の先に見えた。地図を見るとここが人類の生活圏の最西端であり、リザンの向こうは強力な貴族の魔人が居座る未開の地である。
サルヴェリオンが牛耳るリザンも貴族の領土と主張するものも多いが、世間的にはサルヴェリオンは人類と手を取り合ったと言うことになっているらしい。
「あなた方は……リザンに何の御用で向かうつもりで?」
関所の前で1組の若い男女と出会う。男は動きやすいラフな格好、女は白いワンピースにつばの広い帽子、武装はしていない、それなりに大きな荷物。……なるほど観光か。
「俺たちも観光ですよ。クエスターとして活動していると休みも欲しくなるものですから……持っている武器は自衛用です。気にしなくて大丈夫です」
息をするように嘘を吐く。サルヴェリオンとの条約に関する依頼なんて簡単に話せるわけもない。
俺たちがクエスターであることを知って、護衛の依頼をだそうかどうかなど騒いでいたが……引き受けるわけはない。
1級のセレスタの顔を知らないあたりこちらの世界を深く知っているわけでもないようだ。
「しかし、自衛なんて必要ないですよ。リザンは人間界の中でも1,2を争うほどの治安の良さを誇っています。魔物の襲撃が絶えない外縁部でこの評価は本当にすごいんですから」
「へぇ、リザンで活動するクエスターのギルドってほぼ無いんだな」
パンフレットを片手に補足するライラット。治安の不安定な地域には旅行者から護衛料をもらうために現地のクエスターがいるんだが……数が少ないということは治安の話は本当らしい。
「このリザンでは外貨は使えません。ここで両替になりますが……大丈夫ですか?」
カップルが現金を渡して代わりにキャッシュカードを受け取る。中には現金分の通貨が入っているようだ。
「オスカー、あれ受け取らないで」
セレスタが釘を刺してくる。いまいち意味がわからない。
「受け取るなって……リザンではよそ者はあのカードを使うんじゃないのか?」
あそこに書いてあるでしょ? と指を刺すセレスタ。そこにはリザンでの決済方法について書かれていた。先のカップルのようにカードで払う方法と、手のひらに表示された手のひらで支払う方法。
前者はともかく、後者はリザンの住民と同じ決済方法であり、外から持ち込んだ現金を寿命に上乗せしてリザンで利用可能にする方法のようだ。
両方ともスマートな決済だが前者はリザンで浪費しすぎた際に寿命で支払わないようにセーブするためのもので看板ではこちらを薦められている。後者は予算以上の浪費が可能だが、デメリットとして上乗せした分は都市から出る際に現金に戻すことができないようだ。
まともに考えたらカードを選ぶ他はないのだが、わざわざ選択肢として残っている以上、メリットはあるはずだ。
どちらにするべきか悩む。関所の管理官も早く選ぶように急かしてくる。
「あぁ……私もカードは反対だな」
パンフレットを眺めていたライラットだが、何かに気が付いたのかセレスタに賛同したようだ。
「何だ、お前が納得する理由があるのか」
「さっきの人達、リザンは治安がいいって言っていただろ? このパンフレットにもそれについて書かれてて、ここ見てくれよ」
パンフレットのグラフを見る。殺人事件の発生件数を示しているものなのだが、いや殺人事件に限っているらしい。
普通軽犯罪も引っくるめた統計を出した方が治安の良さはアピールできるのだろう。
それをしない理由を、俺は考えないことにした。考えたところで面倒なだけだからだ。
2人の考えに従い俺も寿命に上乗せする方法を選ぶ。そして管理官の前に札束を置いて両替を頼み込んだ。
「……了解しました。では皆様、どちらでもいいので手首を出してください」
俺は袖を捲り、差し出す。管理官が部屋の奥から虫カゴを出し、その蓋を出したかと思うと4羽の緑の蝶が羽ばたいたかと思うとそれぞれの手首にとまり、その口吻を伸ばす。
針で刺される痛み、というよりは冷たい指で撫でられたような感触があった。
みるみるうちに俺とウルフィンの蝶は白く染まり、ライラットの蝶は赤く染まった。そしてセレスタの蝶は……羽がボロボロになり光の粒となって消えたのだった。
「……あら?」
「お前たち!! そこを動くんじゃない!!」
それを見た管理官は顔を青くしたかと思うと、何かしらのボタンを押して俺たちに動かないように警告する。
確か1級が貴族が治める土地で自由に動けるわけはない。と、依頼を受けた時に話題になったな。素性を隠していれば誤魔化せるものかと思っていたが……こんなに早くバレてしまうとは。
これ以上騒ぎを起こすわけにもいかず、その場で待機していたところ、1人の男がこちらに向かってくるのが見えた。
「これはこれは、久々の救援信号を受けて来てみれば……1級の方ですね」
数人の武装した集団を引き連れた中年の男はセレスタを見て驚いた声を上げる。リザンの治安維持部隊で、先頭の男はその隊長格のようだ。
手下に銃口を降ろさせて名乗り出る。
「秩序局、第3部隊隊長のセヴァン・ドレヴァンと申します。我らが領主の魔法にとってのイレギュラーが発生したとのことで今回参上しました」
我らが領主か……ならばこの人達は領民と言ったところか。しかしこの装備、いろんなところの工場の装備を取り入れているようだ。
リザンと工場の商売が伺えるというもの。
丁寧に挨拶をする秩序局に倣い、俺たちもギルド名と目的を伝える。条約の話の依頼を受けて来たというと、セレスタの顔もあるのか素直に信じてくれたらしい。
「しかし、すみません。領主が申しますに『1級は血の気が多くて気に入らない』とのことで、あなた方の依頼は把握した上でセレスタ様は当面の間隔離させていただく運びとなりますがよろしいでしょうか」
ドレヴァンさんが手を挙げる。手下達の銃口が再び俺達の方を向く。なるほどドレヴァンが俺達に与える選択肢はないらしい。
セレスタが静かに頷く。
「理解いただきありがとうございます。また残ったお三方には案内兼監視役として私がつくことをお許しください」
土地勘のない場所だ、ガイドは必要だったが向こうが用意してくれるならそれに越したことはないか。
武装された秩序局の人員に囲まれて連れて行かれるセレスタを尻目に俺達はドレヴァンにリザンを案内されるのだった。




