46 死の恐怖
その後、俺達はシルバークレストバレーの入り口に辿り着いた。針葉樹の生い茂る山にできた谷がダンジョンとなった所だ。
これまでの2つのダンジョンのように厳しい制約や、複雑な構造もない普遍的なダンジョンだが、内部の敵がシンプルに強いのが踏破を困難にしている。
「ここでの目的はオスカーの暴走のトリガーを見つけること。最初の数回は私と2人で探索するわ。ウルフィンとライラットはここで待機、いい?」
セレスタが指示を出す。ダンジョン内部で先日の暴走の時と条件を合わせて再現性があるのかどうかを見るらしい。
要はダンジョン内部でセレスタとの模擬戦を繰り返すとのことだ。これで本当に暴走できるのか不安を抱えつつ俺はセレスタの後ろに着いてダンジョンに潜入した。
潜入すること10回、内8回の模擬戦全て敗北、2回の強い魔物との戦闘で死亡。一度も暴走することはなかった。
喉を裂かれ、視界が暗転する感覚。
胸を貫かれ、感覚が途切れる瞬間。
それらを、俺はまとめて思い出せる。
その度にダンジョンの外に戻ってきて、魔力の回復魔法を施して再突入。正直頭がおかしくなりそうだったが一度も暴走しなかったという事実が余計に気持ちを焦らせる。
「……今日は、ここまでにしましょう」
十回目の探索を終えた後、セレスタがそう告げた。その声には、微かだが迷いが混じっているように聞こえる。
1級の知識を持ってしても暴走の条件を見抜くのは難しいようだ。
俺は岩に腰を下ろし、深く息を吐く。
「すまない。役に立たなくて」
「違うわ」
即座に否定され、顔を上げる。
セレスタは俺を見て――いや、観察するように、じっと視線を向けていた。
「あなた、何度も死んだ直後よね」
「ええ。まあ……外に出されただけだが」
そう答えた瞬間、彼女の眉がわずかに動いた。
「呼吸が乱れていない。顔色も普段と変わらない」
言われてみれば、確かにそうだった。胸は静かで、手の震えもない。
「……それが、何か?」
俺が首を傾げると、セレスタは一拍置いてから口を開いた。
「あなた、“死を体験すること”に慣れているんじゃない?」
その言葉は、静かだった。だが、胸の奥に小さな棘のように刺さった。
「ダンジョン内の死亡は安全よ。魔力は空になっても傷ついた肉体は元通り。でも――」
彼女は一歩近づき、低い声で続ける。
「精神は、確かに“死んだ”と認識する」
脳裏に、さっきの光景がよみがえる。魔物の一撃。視界が暗転し、感覚が途切れる瞬間。
……思い出せる。あまりにも、はっきりと。
「あなたが小さくてダンジョンに慣れていない時は、死の恐怖と生きていた安心感を持っていたはずよ。胸が締め付けられるほど苦しいけれど、ほっとする感覚」
セレスタの言葉に、俺は反論できなかった。
「でも今のあなたは違う。ダンジョンでの死を次の探索に活かすための“手順”として処理している。それはダンジョン好きとしてはごく普通のことなんだけどね」
手順。その表現に、心臓の鼓動が大きくなった気がする。いつからだろう。ダンジョン内で首を切られた感触を、冷静に思い返せるようになったのは。
「暴走は、死に対する極限の拒絶反応よ。生存本能が悲鳴を上げた結果と言っても良いかもしれない」
セレスタは、少しだけ目を伏せた。
「でもあなたは、もう拒絶していない。だから暴走しない」
しばらく、言葉が出なかった。風の音と、遠くで待機する仲間たちの気配だけがあった。
「……なあ、師匠」
自分の声が、やけに平坦に聞こえた。
「今ここで師匠が俺を殺す気で模擬戦をしたら暴走するのかもしれない」
セレスタはそんなことは意味ないと呟く、即答だった。
「私がやっても、半殺しまでよ。あなたは心のどこかで『師匠は本当は殺す気がない』と思うでしょう、正直その通りよ。あくまで模擬戦だし殺す気はない。先日の暴走もトリガーは私じゃなくて暴走したライラットとウルフィンでしょうね、そもそも死にかけることだけが引き金とも限らないけど」
我を忘れた見境ない2人が俺の集中力を引き上げたのだろうと予測するセレスタ。死にかけることで暴走するというのは仮説でしかなく、他の条件があるかもしれないが……現状分かってるのはこのくらいだ。
そもそも先日の暴走が俺の底とは限らない。暴走にも段階があるかもしれない、ーーわからないことだらけだ。
合理的に考えようとした思考の奥で、
説明できないざらつきだけが、残り続けていた。




