45 灰色の魔力
――どれくらいの時間が経っただろうか。
焚き火の音で目を覚ました。
身体が動かない。視線を巡らせると、俺は木に縛られていた。
近くの岩に、ウルフィンが座っている。息は荒いが、意識ははっきりしているようだった。
ライラットは――動いていない。
「起きてる?」
枝をくべながら、セレスタがこちらを見る。
「……最悪。ほどいてくれ」
「ダメよ」
即答だった。
「今のあなたは危険だから」
ウルフィンはいくらか回復しているようだ。腰掛けた岩から立ち上がり、焚き火で温めていたであろう芋を取り出した。
しかしライラットは物音一つ立てない。1番派手にやられていたから当然と言えば当然だが……死んでないよな。
「ライラットは大丈夫、ただ寝てるだけ。アサルトビットがあそこまで危険なものとは思わなかったわ。さすがはクラウネス工房の傑作ってところかしら」
セレスタの所見ではライラットが1番危険らしい。まぁ、あそこまで暴れたらな。街中で暴走しようものなら死傷者は100では済まないだろう。
「……うぇっ、気持ち悪っ」
数分後目を覚ましたライラットが身を起こしたが、目眩と吐き気が酷いようで再び横になる。
「大丈夫?」
ウルフィンが声をかけるが、ライラットは小さく首を振った。
「思ったより反動が大きいわね」
セレスタの声には、軽さがなかった。
「二人とも、約束して」
焚き火から視線を外さず、続ける。
「私がいない場所で、あの力を安易に使わないこと。逃げ場がない時だけ。それ以外は禁止」
分かりましたと応えるウルフィン、ライラットも曖昧な意識だが「ん」と返事を絞りだす。
もともと暴走した力込みでの模擬戦。その反省もそれで終わり――のはずだった。
だが、セレスタは立ち上がらない。
「……オスカー」
嫌な予感がした。
多分、気を失う前のあの感覚のことだろう。
クエスターとして10年近く活動してきたが、あれは初めての経験だ。
「あなたの出自は魔人の貴族にルーツがある可能性が高い」
「は?」
「え?」
「ん?」
俺達3人、思わず聞き返す。それだけ衝撃を受ける内容だからだ。
「だから可能性って言ったでしょ。断言できないって」
「……貴族にルーツって、オスカーさんの見た目は人に違いないですよ? 冗談にしては過激じゃないですか」
「まぁ理由としてはいくつかあるわ、姓が不明であること、魔力が人のものとは少し違うこと」
姓が不明、これは俺が捨て子なのが由来だ。俺以外にもいるし特別珍しいことじゃない、なんなら身内との絶縁のために姓を捨てることすらある世界だ。
それは分かっていると前置きした上でセレスタは4枚の石板を取り出した。蒼月の裏洞で探索失敗した際に煽るように出る石板だ。
セレスタ・フィオーレ、ウルフィン・ゲイルハート、ライラット・クラウネス、とメンバーの名前がある中、俺は「オスカー」とあるだけだった。
「この石板、とても不思議なものでね。どんな人物であれ本名が出るのよ、捨て子だと思っていた人物が実は名家の出身だったりーーまぁこれ以上はいいでしょう」
「それは分かった。それじゃあ、俺の使う魔力はどう関係するんだ」
「まぁ説明は見せながらの方が早いわね」
セレスタはそう言い残して収納魔法で何か白い四角い物体を取り出し、軽く練る。それはなんでもないただの紙粘土だ。
「これが人の魔力、人間はこの白い魔力を火や水の魔力に変換して魔法という形に整形するの。まぁ当たり前の話ね」
「ーーバカにしているのか」
「まさか、大切なのはこれからよ」
セレスタは収納魔法で新しい粘土を取り出した。真っ黒の粘土だ。そして白い粘土と黒い粘土を半分ずつ混ぜてそこそこの大きさのものを岩に置いた。
「オスカー、多分だけどあなたが生まれつき持っている魔力はコレよ」
灰色の粘土を指差すセレスタ。興味深そうに見ていたのはウルフィンだった。自分の他に魔人の魔力を持つという点で気になったのだろう。
「ウルフィンは人間の魔力と魔人の魔力の間に仕切りがあるけど、オスカーはそれがないと言った方が早いわ、生まれつき持っているものであるが故にこれまで暴走することがなかったんでしょう」
「……それじゃ暴走の原因は?」
ウルフィンの疑問を聞いてセレスタは指を鳴らす。すると、灰色の粘土が白と黒のものに分かれた。
「灰色の魔力から黒い魔力を抽出して、魔人の魔法を使おうとしたから……かしらね。ウルフィンと逆のことをしているのよ」
あくまで仮説にしか過ぎないというセレスタ。問題はそれではないと前置きした上で続ける。
「二人も暴走したけれど、それは爆弾の起爆ボタンを押したからだし、押さない限り爆発することはない……ただ、あなたはそれが分からない。だからそのトリガーがなんなのか考えなければならない」
居心地が悪そうな顔をするウルフィン。
「もし、原因が分からないなら俺はどうなる」
「私にも分からない、それに隠し通すこともできない。でも人類には未知の存在に対して確実な対処法が存在するわ……殺すことよ」
「そんなの、僕は納得しないですよ! 僕も魔人の魔力は持っていますがこうやって活動しているんですから!」
声を荒げたのはウルフィンだった。
「言ったでしょ、問題は暴走の原因が分からないこと。……ウルフィン、あなたが今生きているのは暴走の原因が分かっているからよ。そういう意味ではフェイスレス・トレードの連中は優秀だということよ」
何も言えなくなるウルフィン。俺は俯く彼をフォローするように語りかける。
「ウルフィン、何もすぐにその決断が降りるわけじゃない。むしろ暴走の原因が分かりさえすればいいんだろう? お前の知識と経験を貸して欲しい」
「決まりね。 私は話すことは話したし、ライラットの世話でもしておくわ。あなたたちはさっさと休みなさい」
月明かりが照らす中、俺は再び目を閉じる、俺を縛るこの木、絶えず魔力を吸収しているようで……沼に沈むように意識を手放した。




