43 風哭の丘、夕暮れにて
「クソ、ニアピンか」
潜入してから数時間が経過した。赤が45、青が32、緑が38まで進んだが——それでも誰一人、ゴールを示す黒い円の内側には入れない。
合計にして230もの出入り口を潰している訳だが誰も辿りつかないあたり、この風哭の丘の規模の広さを思い知らされる。ただ体力にも魔力にもまだ余裕がある。足を止めるわけにはいかない。
再び近くの穴に潜入し、出口を目指す。
何度も繰り返しているが西に進んで穴に入ったが出口が遥か東側、北向きだった時は流石に驚いた。分かったこととしては穴が密になっている中央部、そこから離れるにつれて疎になっていく。
ルートの解析さえ進めばここら一帯を繋ぐ便利な道になりそうだが、そうはならないのはこの穴が定期的に増えて地図の書き換えをする必要があるかららしい。魔物の出現による安全の担保も難しいのだとか。
しかし、この地道な作業も慣れてきたら楽しいものだ。やはりダンジョンというのは無限の可能性を秘めていると思う。
数時間後、地図を見ていた俺は、青の47番が黒円の内側に入っているのを確認した。ようやく突破者が出たらしい。
あとは彼の通った穴を逆順に辿っていけば辿り着けるはずだ。
比較的近くにあった青の35へ潜り込む。
「あ、オスカーか」
夕日が空を赤く染める時刻、穴を出た俺を労ってくれたのはライラットだった。3人の中では1番遅い事実に少しばかりショックを受ける。
「こういうのってオスカーが1番最初に見つけるもんだと思っていたが」
「どこに出るかは運だからな、俺には運がなかったという話だ」
「オスカーさんが1番多い出入り口を潰していたんですから。なんだかんだダンジョンの探索は1番上手いと思いますよ」
「しかしまぁ、私たちも結構探索したんじゃないか?」
地図を見るライラット。約5時間ほどで400近い出入り口を調べたのだ。簡単なダンジョンではあったが合計すればかなりの量になる。
蒼月の裏洞から続けて休みなく活動していたこともあり、疲労はすでにピークに近い。俺たちは自然と腰を下ろす。
「リザンまで残りどれくらいだ」
「道中にある大きなダンジョンはシルバークレストバレーです。それまで数日は歩くことになるとは思いますが、かなり近づいていますね」
「へぇ、早いんじゃないか。 そういや依頼の期日ってどれくらいなんだ?」
「現在リザンとグランゼル帝国間の不可侵条約は残り3ヶ月有効です。それまでにリザンの代表であるサルヴェリオンから調印をもらうのが目的になります」
「正直、貴族の魔人が治める土地ってだけで長い時間滞在したくない。相手がサインを渋るだけで3ヶ月滞在するハメになるのか」
「前向きに考えようぜ、これも経験ってやつだ。寿命が通貨の都市なんてどこを探してもリザンしかないわけだしな」
「リザンに立ち入るだけで自分の残りの寿命が分かるんだろ? もし寿命が8ヶ月とか出たらどうすんだよ」
「クエスターなら死にかけた経験の一つや二つあるだろ。ここまで生き残っただけで充分運がいいさ。それに、寿命を軽んじるのは向こうじゃ御法度らしい。むしろ命を狙われる心配は少ないかもしれん」
そうまでしないと命を尊重できないというのも改めて考えると変な話だ。
「……意外と見込みあるわよ。あなた達3人とも」
いつのまにか到着していたセレスタが口を開く。
「リザンに向かう時に一人二人離れるかと思ったけど、案外素直についてきたわね」
「もともとは先生の持つ『バロンスナッチャー』を一目見たくて着いてきてるんだ。貴族一人のために諦めないぞ」
「僕はこの魔人の力を扱うためにきてますから。それから逃げて一人怯えて生きるわけにもいきません。……それにあのクソ野郎のこともありますし」
クソ野郎、確かフェイスレス•トレードの頭目だったな。ウルフィンに貴族の魔人の血を入れた組織。その復讐心は今でも変わらないらしい。
思い出すだけで普段は温和な彼の目の色が変わるあたり相当のものがあったようだ、ライラットもその変貌ぶりに思わず黙ってしまう。
空気を悪くしたのに気がついたのかウルフィンは短く謝罪して、いつもの柔らかい目線に変わった。それぞれ明確に目的があってこの白紙事業所に入っているのだ。
話の流れからライラットが俺の加入目的を聞いてきた。過去ーーセレスタと出会った時のことを振り返って自分がどういう心持ちでここに入ったのかを思い出す。
「よく分からない。多分ダンジョンが好きだから師匠に着いてるんだと思う」
「え、マジ? そのためにリザンに向かうのか。お前だったら名のあるギルドでも活躍できると思うんだが」
「そういうのはないんだよ。あの辺境の村に居着いていたわけだしな」
「そうよ、私が彼のギルドのマスターに金を払って解雇させて、フリーのあなたを無理やりスカウトしたんだもの。旧友の頼みのウルフィンや、自ら売り込んできたライラットとはまた違うのよ」
二人から気の毒そうな視線を向けられている気がする。
「どういう経緯であれ、加入を決めたのは俺自身だ。今の選択に後悔はな……いやこんなに早くリザンに行くのを知っていたら流石に躊躇していたな」
それでも加入は決めていたと思う。セレスタと共にいたら今までに聞いたこともない場所に行けると思ったからだ。
「しかしあなた達もここ数日でかなり優秀になったわね」
穴の出入り口を記した地図を眺めるセレスタ。直後地図が折られていき鳥の形になったそれは自ら羽ばたき茜色の空に消えていった。
「紙鳥局の魔法か」
折った紙に命を吹き込む魔法だ。鳥の作品は鳥のように動き、蛇の作品は蛇のように動く。今のように魔塔による通信技術が整備されていない時代は新聞や手紙をこの魔法で送っていたという話だ。
「そうよ、昔あそこの爺さんに教わった魔法。あの人は死んだけど、魔法は途切れずに受け継がれているようね。そこの人材が先の試験にも来ていたけどジェニオに対しては決定力が不足していたわね」
「しかしどこに地図を送ったんだ?」
「協会連中の所、1級っていうのは放浪するにも建前が必要なの。こういうのを適宜しないと不穏なことをしているんじゃないかと目くじらを立てられるのよ……それにここら一帯の穴の接続情報を集める機会もないし、貴重なデータには違いないしね」
一々理由を要求されることを知っていたら1級にはならなかったと愚痴を吐くセレスタ。
風哭の丘、人々の移動に便利なものになるかと思ったが、ダンジョンに違いない以上危険は付きまとうし、この穴も定期的に増えているらしい。
「これも後世の研究のためよ。面白いダンジョンには違いないから私は好きだけど」
そんなこんなで日も完全に沈み、一層月の輝きが強くなる。俺たちはこの場で休み、明日以降の移動に備えるのだった。




