40 慰労会の参加者達
翌日の夕方、俺達3人は慰労会が行われる店に向かう。
「13人も入れる店よく見つけたな」
「まぁな、あの店のおっさんも割と歓迎してくれたぞ。『世界で一番安全な場所になる』ってな」
「店の中で騒ぎを起こすなと釘を刺されましたけどね」
「騒ぎって、試験の参加者や師匠達1級がそれを起こしてみろ。誰が止めるんだよ」
ウルフィンとライラットの2人が揃って俺を指差す。
「死ぬて」
「骨は拾ってやる」
「どっかのダンジョンの入り口に埋めておきますから」
こいつら。
「俺をなんだと思ってる」
「先生ほどじゃないけど相当のダンジョン狂い。先頭のお前は依頼受ける時の3倍はイキイキしてるぞ」
「……テンションが上がるのは否定せんが、3倍はないだろ、3倍は」
「お師匠様がダンジョンに関する話をする時についていけるのオスカーさんくらいですよ」
それから数分歩き、目的の店に着いた。 ……のだが、どうも様子がおかしい。店主らしき人物と、1人の白衣を着た女性が言い争いをしているようだ。
「おいおい、おっさん。どうしたんだ?」
ライラットが小走りで2人の間に入り込み、宥める。
「あぁ、あんたか。この人に言ってくれよ。『そんな服装で店に入るな』って」
女性の服装? 揃って彼女を見る。
「うわ」
思わず声が漏れたのはウルフィンだった。まぁでも、分かる。遠目から見た時は分からなかったがこの人、白衣の下には水着を着ているだけで他には何も身につけていない。
常軌を逸している。店主もこんな人を客として扱いたくないのも当然か。
「『うわ』って失礼よ、少年。私は慰労会にお呼ばれしたのだけど、この人が中に入れさせてくれないのよ」
栗色の長髪をなびかせてウルフィンににじり寄る女性。思わずライラットの背後に隠れて距離を取る。
「すまないが、あんた所属は?」
「異類総研。名前はコレット・ヴァレン。あなた達がセレスタ・フィオーレ1級のお弟子さんね」
白衣の内ポケットから名刺を取り出すヴァレンさん。確かに2次試験の受験者で間違いないようだ。俺たち一人一人の顔を見た後、獲物を狙うようにウルフィンを見た。
「へぇ、あなたね。フェイスレス・トレードが実験に成功した個体っていうのは」
フェイスレス・トレードという名前を聞いてウルフィンの顔が強張る。
「ぜひ話を聞きたいのだけど……一緒に飲んでくれるかしら」
手を伸ばすヴァレンさんの顔にライラットが服を投げつける、割と勢いがあったが彼女は難なくそれを受け取った。
「流石に服着ろよ、店の予約をとった私達の顔に泥を塗らないでくれ」
着替えて来るとその場をさるヴァレンさん。ウルフィンがライラットに礼を述べる。
「助かりました。ライラットさん」
「助けたつもりはない。あんな姿だったらあの人が店に入れないだろ、それにお前の女運がないのは分かった、今更やばい女が1人知人になったところで大差ないだろ」
「え?」
「異類総研との繋がりを作るいい機会だ。お前に頼んだぜ」
突き放されたウルフィンが死にそうな顔をしていたのは言うまでもない。すぐに戻ってきたヴァレンさんに肩を掴まれた彼がなす術なく店の中に吸い込まれるのを俺たちは眺めるしかなかった。
逞しく生きろ。
「なんだ、先客がいたのか」
背後から声がする。振り返ると長身の男が立っていた。年齢は……40から50くらいか。白髪と顎髭がつなかっており、髪は後ろで短く束ねている。
少しくたびれたシャツは肘まで捲っており、灰色のベストが皺なく張ってあるあたりかなり鍛えられているようだ。
「俺は、ローガン・ストラウド。神代重工のテスター長をしている。お前達がフィオーレ1級クエスターの弟子だな。……クラウネスの娘もいるとは聞いていたが」
ストラウドさんは俺が腰に下げている剣に目をやった。
「それ、荒涼天だな。ウチが昔に作った一点ものでアルケミウムを贅沢に使った一振りだ。昔購入した地方の資産家の元から盗まれたという話は聞いていたが……まさか5級のクエスターが持っていたとは」
「取り返すのか?」
「まさか、盗まれた時にはすでに保証期間は過ぎていたし、期間の延長の申し入れもなかった。その義理はない。それにその剣も骨董品として丁寧に飾られるより血を吸って鈍く光る今の姿の方が俺は好きだぜ」
まぁ、久しぶりにその姿を見られて運がいいと笑うストラウドさん。次の興味はライラットに移ったようだ。
「あんたの親父さんのことは知っている。まさか流行り病にかかるとはな。彼自身はもちろんだが、技術も失われたことが残念だ」
「レヴェおじも残念がってた。親父は職人気質というか頑固で技術を継ぐことなんて考えてなかったからな。そうなるのは当然だったと思うぜ」
「そんなわがままが許されるなんて、羨ましい限りだがな。ところでクラウネスの娘といえば父の遺品での暴走の話がついて回るんだが……その装備は今も持っているのか?」
アサルトビットのことだろう。最初は渋っていたライラットだったが、次のストライドさんの会話で心が動く。
「ただで見せてくれとは言わんよ、交換条件として俺が試験で使った装備を見せてやろう。神代重工がAMFと共同で作ったリモートデバイスだ」
「よし分かった。約束は守れよおっさん」
即答だった。試験に持ち込んだ最新装備はそれだけ興味があるらしい。
そして2人どこかに姿を消してしまい、1人残された俺は先に店へと入ることになるのだった。
「情報では完全に魔人に変貌するという話だったけど、平常時にはその面影は一切ないのねぇ……」
ウルフィンの体をベタベタと触るヴァレンさんと、俺に救いを求めるような目を向けてくる彼を尻目に無言で座席に座り、現実から逃げんように配膳された水に口をつける。
程なくして流雲組の3人と、仮面をつけた2人組が入店した。この2人組が煌砂事務所だろう。入り口を屈んで入るほどの巨漢が目についたが、その前を歩く小柄な人物が事務所の代表のようだ。
「これはこれは、白紙事業所のお弟子はんでござりますか。セレスタ1級のお方の姿が見えまへんな。それに、ほかの方々もいろいろ絡まれてはるようで」
店の外で肩を並べて歩くライラットとストライドを見たと口にするフカミさん。視線はヴァレンさんに向いており、彼女は白衣の袖を軽く振っていた。
「師匠は……エルミナスでは単独行動が多かったので。来ていないのはライラット達と1級の3人ですかね。時間自体は教えたはずなのでそのうち来るとは思います」
3人の1級に反応したのはアジマさんだった。昨日の俺と同じく3人目の1級が誰なのか気になったらしい。
「レーヴェン・ヴァンシュタインやろな。あんたらは知らんかったやろけど、2次試験を見に来てはったんや。それに、話題に出したら……来はったわ」
「あなた達、人が命懸けの試験をしていたのに賭け事してたの?」
「済んだ話じゃないか。僕の奢りの会の雰囲気を悪くしないでくれよ」
「……あなた私が負ける方に賭けてたんでしょ?」
アッシュフォードさんと、セレスタが騒ぎながら店に入ってくる。それに加えて1人の男もついてきている。この人が……レーヴェン・ヴァンシュタインという1級クエスターか。
レーヴェン? ……あ、確かライラットが以前師事していたという1級がそんな名前だったような気がする。
「そりゃ、膝をつく1級なんて見たいに決まっているだろ? レーヴェン、君も本音はそっちにかけたかったんじゃないか?」
「ふざけるな。限りなく実戦に近い模擬戦、複数人と言えど階級が2段階も劣る相手に負けるなど1級としてあってはならない事態だ」
「おぉ、怖……」
慄くアッシュフォードさん。それを尻目に鼻を鳴らし、俺の隣に座る。……なんで俺の隣なんだ。そしてアッシュフォードさんに向けて人差し指と親指を擦る。
「ただでさえこの会の出費が馬鹿にならないというのに……」
金貨が一枚ヴァンシュタインさんに投げ渡される。それを懐に入れた彼はセレスタに向けて一言。
「おい、あのバカはいないのか?」
「神代のテスター長と遊んでいるようだけど……あなた、逃げられた弟子の尻を未だに追いかけてるの? 悪いけど彼女、私のことを『先生』って慕ってくれているのよ?」
なぜか勝ち誇ったかのようなセレスタ。……なんでそんな煽るような言い方をするのか。店に入る前にライラットとウルフィンに揶揄われたことが脳裏によぎる。
「……どの口が言ってんだ。まぁいい、いない奴らを待っていても仕方がない。さっさと会を始めようか」
「なんで試験を見ていただけのあなたが仕切るのよ」
各々が飲み物を頼んだ後、セレスタの音頭で会が始まるのだった。




