37 稽古の庭
翌朝、宿として与えられた部屋に4人集まり今後のことを話し合う。
「師匠、二次試験監督なら一次試験を突破した受験者について知っているよな」
流雲組の襲撃は考えなくていいのだろうが、俺たちの依頼は完遂された訳ではない。他のクエスターの襲撃はもちろん、いまだに潜んでいるかもしれない屋敷内からの襲撃者にも対応しなければならない。
ただ、一次試験に落ちた者は二次試験が始まるまでの数日の間にエルミナスから出ていく決まりがある。どれくらいの受験者が試験を突破したのかは知らないが、この街のクエスターの人数は少なくなるはずだ。
「次の戦闘で私が相手にするのは流雲組、煌砂事務所、神代重工、魔類総研ね」
4人、いつも通りね。と呟くセレスタ。
「確か、煌砂事務所は数人で来ていて、神代重工は受験者だけだったか。あとの魔類総研ってのはどうなんだ?」
ウルフィンに尋ねるとすぐに答えてくれた。
「神代重工同様に受験者だけです。ですので二次試験の期間中、依頼として襲ってくる可能性のあるのは煌砂事務所の人達だけになるますね」
「でも、煌砂事務所の人達の依頼は私たちと同様に屋敷の依頼を引き受けているようね、私の感知魔法に引っかかったんだけど、ある屋敷に配置されているわ」
セレスタが続ける。
「それじゃあ、二次試験の間よそのクエスターは気にしなくてもいいんでしょうか?」
ウルフィンが期待混じりに尋ねる。高い能力のクエスターを相手にする必要はないのはこちらとしても余裕ができるが……そんな単純な話でもないだろう。
「その煌砂事務所、依頼の掛け持ちをしているという線は?」
「受験者が連れてきているのは1人だけのようだし、警備を留守にしてまで動くことはないと思うわ。私たちと同様に失敗は許されないほどの金をもらっているだろうし」
それなら、気にする必要はないのか……。ともかく神代重工と魔類総研の受験者が依頼を受けていないのが大きい。
「とにかく、二次試験の間に変更する点はないわ」
数日後、二次試験のためセレスタが屋敷を離れた。同時に警備も再開したのだが……どうも様子がおかしい。発端はウルフィンからの連絡だった。
「リセアお嬢様とユリエラ夫人とライラットさんが中庭にいるんですが……事前に連絡した待機場所に向かうように伝えてもらっていいですか? こちらから連絡しても無視されているようでして」
指示通り中庭に向かう。軽く動き回れる程度には広くリセア嬢が魔法の練習を行っていた場所でもあるらしい。たどり着くとリセア嬢とライラットが木の剣を持って向き合っているのが見えた。
「その程度だと9級のクエスターにすら殺されるぞ!」
多少の手傷を負っているリセア嬢に怒喝を飛ばすライラット。
「……何やっているんだ、お前」
稽古をつけているんだろうが目の前の状況を脳が理解を拒んだ。
「おぉ、オスカーか。今リセアに武器の扱い方を請われてな」
「……勝手なことをするな」
思わず声が荒くなる。護衛対象に剣を握らせ、ましてや打ち合いをさせるなど正気の沙汰じゃない。
しかしライラットは悪びれる様子もなく肩に木刀を担ぎ答える。
「勝手? 違う、これは教育だ。いざというとき、逃げ場も護衛もなければ、この子は自分を守るしかないんだぞ。ならば一太刀でも受け流す術を教える方が賢明だろう」
「でも、ここで怪我でもしたらどうする。俺たちが任されてるのは、あくまで護衛だ」
言葉を返すと、リセア嬢が木剣を握りしめながらこちらを見た。
「オスカーさん……わたしもやってみたいんです。セレスタ様やあなた方のように強くなりたい。守られるばかりじゃ嫌なんです」
胸の奥がちくりと痛んだ。子どもじみた我儘に聞こえるが目の奥の必死さはごまかしのないものだ。
「ユリエラ夫人も……止めなかったんですか」
視線を向けると、夫人は達観したような顔で小さく頷く。
「私も最初は反対しました。でも、あの子の気持ちは無視できませんでした。それに皆さんと一緒にいたほうが安全でしょうし」
思わずため息が漏れる。将来を考えると正しいかどうかは分からない。ただ――このまま強引に止めても、彼女たちの意志は折れないだろう。
「……分かった。ただし、俺も立ち会う。リセア嬢も無茶をするなら止めます」
そう告げると、リセア嬢は小さく息を呑んだあと、こくりと真剣に頷いた。
「お願いします、オスカーさん。わたし……少しでも強くなりたいんです」
木剣を受け取り、向き合う。彼女の握りはまだおぼつかない。重心も浮ついていて踏み込みの前に崩れるのが目に見える。
「構えが高すぎます。もう少し腰を落として、剣先は少し下へ。……そうです」
肩越しにライラットの不満げな息遣いが聞こえたが、無視した。まずは形を整えることだ。
「じゃあ、打ち込んでみてください」
リセア嬢が大きく踏み込んで振り下ろす。――当然、隙だらけだ。軽く木剣を横に流すと、彼女は体勢を崩して膝をついた。
「くっ……!」
「力に任せて振り下ろしたら、相手に読まれます。大事なのは狙いを隠すこと。相手をよく見て、次の動きを悟らせないように」
リセア嬢は悔しそうに唇を噛み、それでも再び立ち上がった。その瞳に宿る光は、先ほどよりも鋭い。
二度、三度と剣を交わす。受け止めるたび、腕に伝わる力が少しずつ強く、正確になっていくのが分かった。
「……いい。今のは悪くない」
「ほんとですか……?」
息を切らしながらも、笑みが浮かぶ。
「ええ。まだ戦えるとは言えませんが、続ければ“守るだけ”じゃなくなるでしょう」
その言葉に、リセア嬢の頬が明るく染まった。背後で見ていたユリエラ夫人も微笑み、ライラットですら小さく鼻を鳴らした。
一通り動きを教えたのち、休息の時間をとる。途中、焦りを交えながら走ってきたウルフィンに問い詰められたがリセア嬢の熱量を伝えると渋々ながら同意してくれた。
「皆さんが普段使っている魔法ってどの様なものなんですか?」
俺たちがそれぞれ、身体強化魔法、刻術魔法、創造魔法を披露する。要望には応えたはずだがイマイチ納得のいっていない様子のリセア嬢。
「火球や、水の柱で攻撃はしないんですか?」
「単純な殺し合いになった際に、派手な魔法は隙だらけになるんですよ……予め例外として断っておきますが俺たちの師匠である1級クエスターや、今回の試験に参加している3級クエスターの上澄みの人達は別です。引き合いに出さないでください」
俺が答えると、リセア嬢はきょとんとした顔をした。
「隙……ですか?」
よく分かっていないリセア嬢にライラットが口を挟む。
「火球を撃つとするだろ? 自分の魔力を火の魔力に変換し、それを球の形に形成する時間が必要になる。その一瞬で詰められて斬られたらどうしようもない。魔法に頼り切った奴ほど、間合いに入られたら終わりだ。だから魔法は補助として使う。身体強化や感知、治療や刻術魔法で武器に組み込んだりする工夫――そういう実用の方が生き残れる。人を焼くのは殺した後でもできる」
リセア嬢は唇を結び、少しうつむいた。
「……わたし、魔法って強ければ全部解決できると思ってました。でも、そんな簡単じゃないんですね」
野太いビームを撃ち、黒樹の森でも地形を変えるほどの魔法を放ったセレスタが脳裏をよぎったが、俺達は頷いた。
「派手さより、生き残るために使えるかどうか。それが俺たちにとっての魔法です」
しばし沈黙が落ちる。しかし次の瞬間、リセア嬢はぱっと顔を上げた。
「じゃあ――わたしに効果的な魔法の扱い方を教えてください」




