31 依頼開始
翌朝、1次試験の開始を知らせる鐘の音が響く。普段このエルミナスに常駐し、街の警備をしている1級クエスターも試験の方に出るため街のセキュリティが落ちることとなる。
だからと言ってそこらから戦闘の音が響くわけでもない。一見すると普段と変わらない街の姿がそこにある。
俺はウルフィンと共に魔石柱の警備を行い、有事の際に対応する。今回の依頼における一連のシステムはセレスタが構築したもので、この柱からの魔力を源としている。護衛対象の次に守るべきものだ。
ウルフィンは床に腰を下ろしている。魔石柱の魔力を用いて感知魔法を張り巡らせ、屋敷の使用人の位置を把握すると共に余所者の侵入を感知できているようだ。
「ウルフィン。感知魔法って個人の識別はどれくらい可能なんだ?」
「性別と、魔力量からの大体の年齢くらいですね。魔力量が少なかったら子供、多かったら青年期以上って具合です。今回は渡している拳銃に刻んだ座標魔法を紐づけて感知していますから使用人と護衛対象の一人一人の識別はできてます」
「そういや、渡す時に『肌身離さず持っておけ』って師匠が念を押してたな。屋敷の外から探知魔法を使って護衛対象の位置が筒抜けの可能性は?」
「難しいでしょうね。言った通り、識別は性別と魔力量による年齢しか分かりません。この屋敷には女性の家政婦さんが数人いますし、ライラットさんとクロウさんには魔力を抑えるように指示しています。その中でエスカダ夫人とその娘さんを特定するのは困難です」
「仮に負傷者がでたら分かるのか?」
「衰弱すると感知している魔力が少なくなります」
「それは技術的に可能だろ? 魔力を抑えて感知されにくくなるというのは俺でもできるぞ」
「その能力、ここの使用人ではクロウさんを除いて申告していません。彼女以外がその素振りを見せたら僕が気付きますし、待機しているライラットさんに制圧を指示します」
「侵入者が魔力を抑えて入ってくるという線は?」
ウルフィンの感知魔法も反応する下限の魔力はあるだろう。そうでないと微量の魔力を持つ虫やネズミなどの小動物も引っかかってしまうはずだ。
「僕の感知魔法に引っかからない魔力量で活発に動き回るというのは考えにくいです。大袈裟な話しダンジョンで死亡して魔力が0で締め出された数分後に走り回って武器を振り回すようなものです」
「それじゃ、厳しいか」
感知魔法というのは広く使われている魔法だが、それは突破の難しさに裏打ちされたもののようだ。程なくしてウルフィンが緊張感を含んだ声で呟く。
「オスカーさん。2階のユリエラ様の寝室に向かってもらっていいですか?」
「早いな。引っかかったか?」
「はい、ナタリーさんが立ち入り禁止エリアに入りました」
指示を受けた俺は身体能力強化の魔法をかけつつ、目的地に向かって足早に移動した。
階を移動して廊下を歩いていたところで目的の人物が目に入った。こちらに気がついたナタリーの目が僅かに泳ぐ。
「これはこれはオスカー様。いかがなさーー」
「一応聞いておく、なぜ禁止していた部屋に立ち入った?」
「ーーッ!」
ナタリーは手にした拳銃を向け引き金を引く。
寸前で彼女に近づき、手首を明後日の方向にひねった。乾いた音が廊下に響き、鳩尾に拳がめり込む。彼女の体が思わずしなる。
「ぐっ……!」
呻きとも嗚咽ともつかない声を絞り出すナタリー。物音に気がついた周囲の使用人が集まってくる。困惑の視線を向けられつつ、俺は縄を取り出し、暴れる彼女の手首を背後で組ませて縛り上げる。なおももがく足を押さえつけ、動きを奪うと、最後に胴と腕をまとめて締め上げた。
「今後、立ち入り禁止の場に足を踏み入れたものは彼女同様に縛り上げて地下の物置に隔離する!」
芋虫のようにもがく彼女を肩に担ぎ、使用人に警告するように呼びかける。ざわめきが走り、顔を見合わせて動揺する使用人達、規則違反者へ冷酷な対応に恐怖するだけでなく、身近な人物が雇用主を襲った現実に戸惑っているのだろう。
拳銃の返却を名乗り出す者もいたが毅然とした態度で断り、肌身離さず持つように忠告する。仮に夫人やリセア嬢に向けられても問題ない仕組みらしい。
ナタリーを抱え物置へと移動する。しばらく暴れていた彼女も無駄だと悟ったのか大人しくなった。扉を開け、雑多な物が積まれた部屋の一角にそっと下ろす。
食事は定期的に運ばれること、夜間には事情を聞くことーーそれだけを告げ、静かに部屋を後にした。
ユリエラ様とリセア嬢は、昼夜で異なる場所に避難させている。使用人には、それぞれ違う避難先を伝えていた。
ナタリーには昼間の避難場所を夫人の部屋と伝えていたのだ。使用人に紛れ込んでいる襲撃者も動いてくるとは踏んでいたがまさかここまで早く行動するとは思わなかった。
見せしめのように騒ぎを起こしたため、これ以上の身内の襲撃者がいたとして簡単に動くことはないだろう。
「早かったですね」
「まぁな。屋敷の家政婦に徹する程度には優秀だったようだがクエスターとしてはゴロツキだった。暗殺を受けたギルドの構成員だったらこうはいかない」
「ナタリーさんの依頼主も調べます?」
「軽くはするだろうが正直余裕がないだろ。それにルナテクスの時とは違ってそこまでは要求されてない、報酬も増えないのに仕事を増やしたくない、尋問するにも時間がかかるからな」
人員も足りない、だからと言って一般人であるここの使用人にそんなことをさせるわけにもいかない。
「しかし、使用人達も身内から襲撃者がでたことに不安を感じているようだな」
「エルミナスはそもそも出入りが厳しくて荒事とは無縁の街ですからね。稀に起きる事件も1級クエスターが解決しているようですから、テリトリーとも言える場所で事件なんて滅多に起きないでしょう。オスカーさんはお師匠様にケンカ売れます?」
無理と一言言い切った。ウルフィンが一枚の髪を取り出した。
「なんだそれ」
「2級昇格試験の要項です。お師匠様が一枚渡してくれました」
軽く目を通す。内容としてはこれまでに聞いたようなことが小難しい言葉遣いで書かれていた。
第一試験、ジェニオ・マーデンと1対1の戦闘を行い勝利すること。第二試験、第一試験に合格した受験者全員と事前に公表された1級クエスターによる戦闘試験。
一次試験は3日間、その後4日の休養、準備を経て再び3日間の二次試験が行われる。この休養期間だが一次試験の落第者がエルミナスから立ち去るための猶予でもある。
逆を言えば受験者の付き添いで受けた依頼をこなす人員にとって、この1週間が自由に動ける期間とも言える。
「動くとしたらこの3日間か、一次試験の後に受験者と情報を共有すると考えるとどこかで動いてくるはずだ。問題は受験者とそれらが連れてきている部下がどれくらいいるのかだが......」
「それは僕らが眠っている間にお師匠様が調べてくれたみたいですよ。それの裏面にメモが書かれていますから」
裏返して目を通す。この街の関所を通る際の記録らしい。
「……なるほどな。分かりやすいな」
10数人の受験者はいるものの側近を連れてきているのは半分ほどだ。そもそも2級試験を受けるほどの者であれば側近なんて連れてくる必要はない。
組織の仲間を連れてきている者はここの依頼を受ける前提でここにきている。その中にはローテルホルンの道中で出会った流雲組の名前もあった。
他にはハーネスオフィス、煌砂事務所、などが該当するか。どこも一度は耳にしたことのある実力者揃いのギルドだ。
依頼を受けず個人で来ている所は……紙鳥局に……神代重工か。
「神代ってオスカーさんの剣の製造元ですよね。まさか剣の回収をしに来たんじゃ」
「10年以上経って今更か。未開の地にはまだ手付かずの鉱床や資源地帯があると言うし、そこの採掘権が欲しいんじゃないのか?」
流雲組もそうだが、基本的に自分の工場由来の依頼しか引き受けないテスターがより高い階級を欲しがるのは大体そういう理由だ。
「もし、受験者達が襲撃者に加わったら僕たち、守れますかね」
「無理だろうな。そもそも俺たちの首が物理的に繋がっていたらいいな」
流石に休養期間はセレスタもこっちに着くだろ……多分。




