3 ダンジョン狂い
目が覚めた、よく知った天井ーーギルドの2階の一室か。
本来急な寝泊まりや、怪我人の手当てをする部屋だがここに運ばれたらしい。隣の棚には起きた時用の食事と、側の椅子にはセレスタがいた。俺が意識を取り戻したことに安堵した様子だった。
「目が覚めてよかった。私が殺人犯にならなくて」
なんだコイツ、キレそう。見た目よりもロクデナシだな。
「そうか負けましたか。まぁ分かりきってはいましたが」
起き上がって、未だに痺れる左手を見る。あれだけ譲歩をされておきながらこの体たらくか、この付近では俺より強いのはマスターしかいなかったため天狗になっていたようだ。
「あのフォトンレーザーって魔法。あれ俺が金の魔法使うの知ってたからそれに有利な属性を選んだんですか?」
魔法は属性としては火、木、水、金、土、陰、陽に大別され、その組み合わせで効果が決まる。俺は金と陽に適性があるようだ。そのため火には相性的に弱い。
俺の質問に間抜けな顔を傾けて答えるセレスタ。
「いんや? かっこいいじゃないレーザー。最近覚えて気に入っている魔法だから見せびらかしたかっただけよ?」
「……は?」
「適性だなんだ言って許されるのは4級までよ。そこから先は五行全部扱えないと進めないわ。1級になるには五行と陰陽すべて高いレベルを要求されるわ」
「それって才能の壁じゃないですか」
「そんなことないわよ。私があなたの歳の時は土魔法しか扱えなかったし。才能という面ではあなたの方が上よ、事実その年で5級なのは優秀な証拠よ」
意外な答えだ。てっきり幼少期からブイブイ言わせていたものかと……うん?
「お前、何歳?」
「詳しく数えてないけど多分、329……なによ『女に歳を尋ねるなんて失礼な奴』とかの言葉を期待したの? そういう道は300年前に既に踏破したわ」
「人間やめてるじゃないですか。他の1級ってどんな連中なんですか? 確かストレージリングを作った奴も、ポーション作った奴も1級って聞いたことありますが」
「あの人たちも大差ないんじゃない? 色々覚えて実験するうちに似た体になるんでしょうね」
3級が人類の到達点てそういうことか。それ以降は人でなくなるから別物扱いされているのか。
「あまり気落ちしないことね。事実あなた強化魔法の扱いと『操銀』っていう金属性の魔法、よかったわよ。特に後者は初めて見たわ」
そういいつつ、食事のトレーのスプーンを取ってフォークに変化させてスプーンに戻すセレスタ。練度はそれほどではないものの自分の得意魔法を簡単に習得されると……自信を無くす。
「でも、陰魔法はそんなに不得手なのね」
陰魔法、回復や防御、相手への弱化などが当てはまるがその手のものが苦手なのは事実だ。それを自覚して修行しているものの難航している。戦闘でも使った防御魔法も形になったのはつい最近だ。
「自己強化魔法で回避するのは選択肢としては合っているわね、扱いも上手いと思うわ。ただそれをあてにするのはよくない、広範囲攻撃魔法の対処とかいずれ限界がくるわよ」
「正直、傷の治療はポーションで間に合っていますから」
足りないものは他で補えば良い。というのが個人的な考えだ。エトレアは口の端を引き攣って苦虫を嚙み潰したような声を搾り出す。
「あぁ、ポーションね。便利よねあれ。私の数十年の鍛錬がお薬ごっくんで済んでいるのは人類としては喜ぶべきことなんでしょうけど。クエスターとしては気を付けた方がいいわよ」
「なんかあるんですか?」
「誰でも買える市販品は問題ないんだけど。四肢欠損や大量出血に対応するための効果の高いポーションは強い依存性があるし、人によっては拒絶反応が出るのよね。難易度の高いダンジョンや依頼はそういう危険と隣合わせだからポーションに頼り切っていると直ぐに廃人になるわよ。ストレージリングも装着している間は常に魔力を消費するから、あまりおすすめしないわね」
「メーカーは安心安全を謳っているようですけど」
「そういうのって用法用量を守ってという触れ書きが小さくあるものよ。普段の感覚でぐびぐび使っていたら確実にダメになるわよ。メーカーといっても実質他の1級のことを指すんだけどあなた、私のいうことを全て信頼できるの?」
「……」
呑気な振る舞いをするセレスタを見る。何かが起きた時にこいつが責任を取るとは……。
「そこは頷いてほしいわね」
活動を補助する道具が増えてきたのは喜ばしいことでもあると同時に、6級以下のクエスターの向上心が失われていると嘆くセレスタ。老害臭いかしらと自嘲する。
「まぁ、独学でそこまでできるなら見込みは悪くないし、そこらへんの魔法は教えてあげるわ」
俺はトレーの乾いたパンを嚙みちぎり、スープで喉に押し流し食事を一分もかからないうちに終わらせる。
「それで、いつ出発するんですか?」
ベッドから起き上がり身体を伸ばす。体はもう大丈夫だ。無駄に丈夫なのが昔からの自慢だ。
「明後日ね、この村も見てまわりたいし」
直ぐに出発すると思っていたばかりに肩透かしを受けたような気分がした。この辺りに1級が初めて見るような物は何もないはずだが。
「うちの……このギルドは駆け出しクエスター向けを売りにしたギルドですから。付近も森や洞窟も開拓され尽くしているし珍しいものは何もないですよ」
「『ダンジョン』あるでしょ?」
ダンジョン、この世界には魔物が生息し財宝が隠されているダンジョンというものがあり。普段の魔物が飛び出してくる洞窟や山道とは異なった特長がある。
一番大きいのはダンジョンでは入るごとにその地形が変わり、魔物や道具が生成される。一般的には魔物も生態系を築いているのだがダンジョン内では、全ての魔物が侵入者を敵と認識して襲い掛かってくる。肉食性も魔物も隣に獲物となる草食性の魔物がいようが侵入者をみて涎を垂らす。
ダンジョンも無からアイテムや魔物を生み出すのではなく、時間経過で侵入者から魔力を吸い取りその魔力から道具や魔物を生成する、生き物みたいな空間というのが世間の認識だ。侵入者の魔力の量が事実上の活動限界だ。魔力量が多いほどより長いダンジョンの探索が可能になるし、逆もまた然り。
例外的な話だが場所によっては道具の持ち込みが出来ない、侵入者の魔力や修得している魔法の種類が0から始まるなどダンジョンによって独自のルールがある所もある。そう言う場所は必然的に攻略の難易度が上昇する。
そういえばダンジョンでは内部で力尽きても金と所持品がなくなるだけで入り口に戻されるんだったか。死なないのはいいとして貴重な道具を失うのは嫌う人は嫌うらしい。どちらにせよ魔力すっからかんで野放しにされるのだ、道具も金もなくなるため拠点に帰るのも一苦労になり最悪の場合魔物に襲われて命を落とす。
その割に入手できるものは店で購入できるものと大差ない。噂だが一部の高難度ダンジョンでは破格の財宝が眠っているらしい。クセがあってリスクもあるのに特別なメリットはないため進んで攻略しようとするクエスターはいない。
「一応あります、ここから南に10分ほど歩いた『暗がり洞窟』ですね。構造は簡単だし出現する魔物も弱いですから、1級だと散歩にもならないでしょう。金も物資も足りない時に取りに行くのがほとんどで特別な物は何もないですよ」
「あるじゃないダンジョン!」
セレスタは俺の話を聞くや否や部屋をとび出していった。そういえば聞いたことがあるな、ダンジョンはそのランダム性からハマる人はとことんハマるのだとか。彼女もその口か。