28 エルミナス
それから俺たちは2日かけてローテルホルンの山頂に辿り着いた。9号目への道、山頂への道はダンジョン内の魔物も強くはなっていたが俺達の敵ではなかった。
個々が強くなっているのもあるのだが、1番の違いは俺の背後をウルフィンがついてきた点だ。俺がストーンスキンで敵の攻撃を受けてウルフィンが攻撃魔法で倒す。ウルフィンの膨大な魔力による攻撃魔法は多少強力になった魔物をものともしなかった。
ライラットが2番目の時とは異なる戦い方だが……流石に俺への負担が大きかった。万が一ウルフィンが大きな傷を受けたら回復しないといけないのだ。人用に作られているポーションは、魔人の血を持つウルフィンとは体質的に合わないので期待できない。
器用なライラットだが彼女は回復魔法が使えない。だから彼女が足止めをしている間に俺がウルフィンを回復するというのが現状での対応だ。
一応ウルフィンは回復魔法が多少使えるが、人の魔力を消費する、つまり魔人の魔力の割合が増加するため暴走の可能性が高くなる。とてもではないが受け入れられない。
セレスタはこの問題に対して不干渉を貫いている。俺達が3人になったのだから、なんとかしろと命令したのだった。
そんな状況でもなんだかんだ山頂にたどり着いたのだ。とりあえず喜ぶべきだろう。
空気が澄んでおり、眼下にエルミナスの街が広がっている。中央部に魔塔を兼ねた巨大な図書館があり、それを囲むようにいくつかの大きな建物が配置している。そしてその外縁部にあるのが住宅地、街の外縁部を高い塀が囲んでいる。
「2級の試験日まで余裕を持って着いたわね。あなた達3人、慣れない魔法を練習しつつ踏破したのだから上出来よ。さぁ、山頂でやることもないしさっさと下山するわよ」
4人で初めてクリアしたダンジョンなのだから感慨深くなる訳ではなく、セレスタは先に進む。ダンジョンは奥に進むのは手間がかかるが、その逆は恐ろしいほど簡単だ。
エルミナス方面の9号目、8号目……と次々下山し、ものの数十分で麓にたどり着いたのだった。ついさっきまでいた山頂がはるか頭上に見える。
「以外とあっさりだな。師匠の性格上、もう少しはしゃぐのかと」
「そう? 私は楽しかったわよ? なんたって4人で挑んだダンジョンだから。そういう意味ではヴァルク遺跡も黒樹の森もかけがえの無い冒険よ」
態度とは裏腹に全ての物事を楽しむべきというセレスタ。俺たちとしては彼女の気まぐれに必死について行っているだけなのだが。
「ものの数日でギルドが4人に増えるとは思わなかった。このギルドはどのくらいの規模を想定しているんだ?」
「これ以上の人員を増やすつもりはないわ。ダンジョンに潜入する上で5人以上は動きが悪くなるし、だからと言って数人のグループに分けての攻略も足並みを揃えるのが面倒だし」
そもそも特定の拠点をもたずいろんな都市や街を移動するギルドなため大所帯はないだろうと予想していたが、この4人が上限か。言っている意味も分かるが、ダンジョン外で引き受けた依頼をこなす上では人数が多いに越したことはない。
「今回の依頼は屋敷の使用人もいるから常に私達がついている必要はないわ。そこら辺の細かいことはこれから聞きに行くの」
エルミナスの関所でセレスタが2級昇格試験に参加する旨の書類を出す。審査官は俺達4人の審査を行った後エルミナスの滞在許可が降りた。どうも試験の参加者の連れは3人が上限らしい。
エルミナス。試験の期間は外部のクエスターが入るためか全体的に人の気配はない。すれ違う人々も明らかに警戒の姿勢で俺達を見ている、中にはこの場で試験期間の護衛を依頼する住民もいるほどだ。
口約束の依頼などまず引き受けられないのは分かっているはずだがそれほど余裕がないのだろう。
道中の人や店に目を向けることなく目的の屋敷に向かう俺達。
エスカダ邸
俺たちは門の前に立ち、首を動かさないと全体を把握できないほどの大きさの屋敷を見て俺達3人の口が開くことになる。
セレスタが門に備え付けられた獅子のレリーフが咥えているドアノッカーを打ち付ける。乾いた低い音が響く、程なくして1人の初老の男性が内側から姿を現した。
「白紙営業所の代表のセレスタです。ご依頼の件でお伺いに上がりました」
男性は俺たちの素性がわかるや否や、すぐに玄関まで案内した。そばに枝切り鋏が置かれていたのを見るにこの人は屋敷の庭師なのだろうか。
広い屋敷によく手入れされた庭、そして庭師を雇うだけの金を見るに、依頼主が資産家であるのを思い知らされる。
玄関に案内された俺たちの対応は庭師から執事長に引き継がれた。応接室に案内される道中、清掃を行う使用人を数人見ることができた。これでも2級昇格試験期間は使用人の多くはエルミナスの外に出ているらしい。
本来は護衛対象も外に出ている筈だったため、今は最小限しか残っていないのだという。エスカダの妻と娘が残っているとのことだったが……俺達を案内してから数分、当の2人が応接室に姿を現した。
ガルマン・エスカダの妻であるユリエラ・エスカダ、そして娘のリセア・エスカダ。ユリエラ誰もが一度は振り向くほどの容姿を持った麗人で、娘のリセアにもその面影がある。
「この度は急の依頼を引き受けて下さってありがとうございます」
ユリエラは深々と礼をして、リセアもそれに続いて頭を下げる。
「まさか、1級のセレスタ様にお引き受けいただけるとは思ってもおらず、十分なおもてなしもできず申し訳ありません」
「どうか、お顔をお上げください。私どもといたしましても、エルミナスでの滞在にあたり宿を必要としておりましたので、何ら問題ございません。ただ――私どもをお雇いいただいた以上、こちらの条件をお受けくださった、という理解でよろしいでしょうか?」
ユリエラは、少し戸惑いつつも「はい、了承しております」と短く答えた。
2週間の2級昇格試験だが、セレスタは試験官としてそちらを優先しなくてはならない。全日程でこの邸宅にいないという訳ではないが、二次試験をおこなう数日間はここに顔すら出せなくなるようだ。
襲撃が前提として俺達に依頼している側からすれば1番の戦力である彼女の不在は不安だろう。ただその条件は襲撃犯も主力である3級が動けないため特別不利ではないはずだ。
セレスタも本人が動けないだけで、打てる手については妥協しないとのこと。そして試験が始まるまでの数日間、邸宅の警備を強化するための細工をする許可を夫人からもらったのだった。
俺とウルフィンの2人はセレスタからの指示でこの街にいるであろうジェニオ・マーデンに言伝を頼まれたのだ。
エルミナスの大通りの一角に彼は店を構えていた。俺達2人の姿を見ると軽く頭を下げる。
「これはこれはお二人とも久しぶりに姿を見ますな。どうもこの数日間でも能力が上がったのが見て分かります。それで何か必要なものでもありますかな?」
「特にはないが、うちの代表からの伝言だ『2級試験の日程は分かっているのか』とのことだ」
ジェニオは最初首を傾けていたが、すぐに「あぁ」と思い出したかのような高い声を出した。
「今回の二次試験の担当者はセレスタ様でしたか。もちろん分かっておりますとも、私としてもこの試験の一次試験は楽しみの一つでありますからな」
今の反応を見る限り忘れていたのではないかとも思ってしまうが……まぁいいか、気になることは別にあるし。
「ジェニオ、お前いろんな国や都市に行くとは思うが狼の魔人……それも貴族ほど力のある存在は知っているか?」
「……知っていますよ? 昔、彼の者の領地に誤って侵入したことがありまして……派手にやられたものです」
「具体的に話せ」
「言わせてご覧なさい。あなた方のギルドが何を目指しているのか知ったことではないですが……手下がその程度もできないようであればその道も険しいものになるでしょう」
蛇のような視線に動けなくなる。コイツならば何か知っているかも知れないと思ったのだが……ダメだったか。今の段階ではこいつに挑んでも瞬く間に細切れにされるだろう。
「……しかしお前はどれくらい留守にするんだ? その間この店は開いていないんだろ? それなら前もって物を買いたいんだが」
「その心配には及びませんよ」
途端に営業用の張り付いた笑顔に戻ったジェニオが言い残すと、彼の頭部が二つに分かれてそれぞれが再生し、瞬く間に彼が2人に増殖した。こいつが人前で魔法で増えているのは久しぶりに見た。
魔が刺してダンジョン内で泥棒した際に10人のジェニオにボコボコにされたはるか昔の思い出が思い出される。増殖しても魔力量を始めとした個人の強さは変わらないというのが恐ろしい話だ。
「気持ち悪いな」
「「魔法は奇天烈であるほど興味深いものですよ」」
「単純に火を出し、水で流す」
「それもいいですが、複雑であればあるほど魔法が自分のアイデンティティとなる」
「「自身の他に再現できない魔法を生み出すことこそクエスターの本懐ですよ!!」」
2人のジェニオが同時に話す、それぞれに自我があるため異なる動きをすることができるものの思考は同じらしい。うるさくて胡散臭い奴が増えたところでこちらとしては不愉快なのだが。
俺達が不機嫌なことを察して、2人のうちの1人がその場を後にして先に試験会場に向けて姿を消した。片割れが話し始める。
「とにかく、試験期間でも私の店は変わらず営業致します。急なポーションや薬、魔水晶、魔石、武器、にも対応致しますよ」
俺たちはジェニオの店を後にしてエスカダ邸に戻ることとなった。




