27 6号目
六号目の休憩所までたどり着いたが、それまで他の登山者と出会うことはなかった。流雲組の3人もこの先に進んでいるのだろう。
俺達もただダンジョンを攻略していたわけではない。ライラットは座標魔法、ウルフィンは感知魔法だけでなく攻撃魔法を、俺はセレスタから直接指導を受けて土魔法を習得する運びとなった。
「オスカー、私を本気で切りつけなさい」
休憩所の前に広がる広場でセレスタが両手を広げて挑発する。それを聞いた俺は身体強化の魔法で強化した。
左の肩から右脇腹まで二つに分けるイメージを持ち両腕を振り下ろす。
「……っ! 硬!?」
セレスタは左腕で難なく防いだ。長々と前準備をした攻撃でダンジョン内のゴーレムの丸太のような腕も両断するほどの威力はあるのだが。
セレスタがローブの袖から見せた腕は灰色に変色していた。
「『ストーンスキン』身体防御強化の魔法よ。身体強化が得意なようだけど敵の攻撃は躱す方針で立ち回ってるでしょ」
「その魔法、昔のマスターに教えられたから一応使える。有用性も理解しているが、俺が単純に土魔法に慣れてないし、何より普段使っている強化魔法との併用が難しくて好んではいない。身体強化でできる回避に頼っている、今まで1人で依頼をこなすことが多かったからな」
まぁ、セレスタの言わんとしていることも分かる。俺がダンジョン内で最前線を歩く以上、後ろの危険を考えろということだろう。
「知っているだろうけど、あなたが避けることで背後にいる子に流れ弾が行くかもしれないから飛び道具や魔法は弾くか受けて欲しいのよ。これに必要な魔力は土と陽、追加で火も組み込めばより強固な魔法になる、今はそこまで要求しないけど」
目の前で火の魔力を加えて実演するセレスタ。灰色だった腕が黒みを帯びた赤色に変化した。5割から7割増しの強度が期待できるとのこと。
「目標はストーンスキンと身体強化魔法の同時発動ね」
「目的が分かりやすくて助かる」
課題の克服可能かどうかは別としてだが。俺も一度ストーンスキンを発動してみる。
セレスタがやったのと同じように腕が灰色に変化した、昔習得した魔法であるため扱えることはできるのだが時間がかかるな。瞬時に発動したい魔法がこれでは実用性に欠ける。
「先生ぇ、私も見て欲しいんだが」
ライラットがこちらにやってくる。遠目で掌サイズの石を弄っているのは見えたが、何か行き詰まったのか。
ライラットが手にした石をセレスタに向け思い切り投擲する。自然と彼女も投げられた石に対して防御するのだが、構えた腕はライラットの振る腕の向きとは直角だった。
セレスタの左側面に白い魔法陣が現れ、そこから飛び出してくる石。予知したかのように構えた硬化した腕に直撃し粉々に砕けた。
「どうだ?」
「とりあえずは形になっているじゃない、優秀ね。ただ使い方が良くないわ。それに座標魔法を刻術してるのね」
「いちいち魔力種類と量を調整するよりもこっちの方が扱いやすい」
それは別にいいわ、と納得して二つに割れた石を拾い上げて確認するセレスタ。
「ただ、死角を狙うだけなのは有効的な扱い方ではないわね。それはそれで重要なんだけど」
彼女は二つの石をライラットに投げ返す。それも座標魔法がかけられているようで、ライラットも側面から飛んでくる石を受け止めたのだが、真っ直ぐ飛んできた石が額に直撃しその場にうずくまる。
二つの石のうち片方は魔法をかけてなかったらしい。
「これの利点は1対1でも複数の方向から仕掛けられること、魔力探知で転移先の座標はバレるものと理解して良いわ」
「でも、黒樹の森の最奥部では転移ではなく、追尾で座標魔法使ってたよな」
「使い分けよ、転移は送るものに比例して消費魔力が大きくなるけど追尾は避けられやすい分扱いやすいわ。どちらにもメリットデメリットはあるから状況に合ったものを瞬時に選べるようになりなさい」
「先生ってすごいんだな」
「この魔法を作ったのよ、当たり前じゃない。私としてはあなた達の持っている物が羨ましいぐらいなんだけど」
俺達3人に比べたら自身は恵まれてない側だと主張するセレスタ。事あるごとにその言葉を聞いている気がするしその言葉自体に他意はないのだろうが、圧倒的な実力差を見せつけられてるこちら側からすれば嫌味にも聞こえてしまう。
それ十数分の後、俺を除いた3人は次のダンジョン、七合目への道に潜入した。以前俺がやったようにライラットが暴走したウルフィンとの模擬戦を行うためだ。
ウルフィンが自身の境遇を話したところライラットが興味を持ったらしい。また、あの時とは異なりセレスタが同行する理由だが攻撃魔法や探知魔法を覚えたウルフィンが暴走することで危険性がどれほど上昇したのかを見るためだ。リスク管理として定期的に行う必要があるようだ。
程なくしてライラットの姿が突然現れた。宙に一瞬停止したかと思った直後、重力に沿って地面に落ちる。側にダンジョンでの死に様を示す石板も出現した。
『侵入者、ライラット・クラウネスはウルフィン・ゲイルハートの沸天葬の威力で力尽きた。 魔力指数 45』
「どうだった?」
「それ見りゃ分かるだろ。負けたよ、殺された」
落下の際に打った腰を摩りながら立ち上がるライラット。
「お前、この鞄に入っている装備が使える状況なら勝ち目はあったか?」
前もって預けられた鞄を返して尋ねる。ダンジョン内で死亡した際、所持品を失うペナルティを考慮してのことで、彼女は簡素なナイフと銃のみで相対することとなっていた。
「その状況で良くて相打ちだな。少なくとも全部の武器が扱えてその上でお前がいる2体1で勝てるくらいだ。……言っとくが、その鞄の中の武器が優秀だからと言ってそっちを本体だと思われるのは心外だからな」
痛みが引いたのか彼女が動き回れるくらいになったころ、ウルフィンがボテっと落下し、続いてセレスタがダンジョンからの脱出魔法で帰還してきた。
「想定内ってところかしら。習得した魔法の練度についても暴走した方が上な辺り流石貴族の血って所ね」
暴走したウルフィンをセレスタが倒して無理やり戻ってきたと言った具合か。セレスタの呼吸が乱れていない辺り流石だ。
『侵入者、ウルフィン・ゲイルハートはセレスタ・フィオーレのフォトンレーザーの威力で力尽きた 魔力指数 63』
目を回しているウルフィンを一瞥して、彼の石板を見る。俺と対戦した時と魔力指数は変わっていない。俺が確か48、ライラットが45だったか、それと比べて63はずば抜けて多い。
「この沸天葬って師匠が教えたものなのか?」
「いいえ、これは二つの魔法を組み合わせたもの。ただその二つの魔法は教えたわ。暴走したウルフィンがこれに行き着くのかを観察したかったのよ。言ってなかったライラットには悪いわね、痛かったでしょ?」
「痛いも何も、一瞬で逝ったからな」
実感がないと言うライラット。暴走したウルフィンは0から1にする能力はないが、1を10にする技術は持ち合わせているということか。
「どうするんだ、これを見るとあれこれ教えていたらまずいんじゃないか? 師匠はともかく、俺達一般のクエスターに手に負えない強さになりかねないぞ」
「あなた達がそれより強くなれば良いのよ。それ相応の技術や魔法は教えるつもりだし、オスカーも初めて出会った時よりも強くなっているわよ。それにウルフィンが魔法を扱いたいと言っていたのならば、彼の意思は尊重すべきでしょ?」
「私とオスカーの2人なら大丈夫だって!」
ライラットが俺の背中を叩く。俺も強くなっているのは自覚しているし彼女のように多少楽観的になってもいいのかもしれない。
ちょうどそのウルフィンがゆっくりと立ち上がった。自分の石板を見て何が起きたのかを把握したようだ。
「……すみません。手間取らせてしまいました、それとライラットさんもすみません」
「気にしないでいいぞ。それにしてもお前、すごい奴とは聞いていたがあそこまでとは知らなかった」
「ウルフィン、あなたに入った貴族の血についてなんだけど私の知らない貴族の物ね。他の1級や貴族に聞けば分かるかもしれないけど、気にしなくていいわ。あなたには攻撃魔法の習得を命じていたけど、水と火に限定するわね」
「他の属性の魔法は不味いんですか?」
「暴走したあなたは相生魔法を1人で扱えると見ていいわ。あなたが得意とする水を助ける金、水が助ける木は前提でダメ。新しく教えた火が助ける土もダメってわけ」
沸天葬という魔法は水と火を無理やり掛け合わせたものらしい、威力を増すのではなく異なる属性を組み合わせることで新しい形態で攻撃することが目的だ。
日はすでに沈んでおり、今日の予定が一通り終わった俺達は休憩所に戻り夜を明かすのだった。




