25 2号目
セレスタに攻略したことがあるかを尋ねられたが、日数をかけて荷物を背負い山道を歩く登山ではない。
観光名所として有名なローテルホルンだがダンジョンとしても知られている。
一合目から十号目(山頂)までの10個の細かいダンジョンの集合体である。一つ一つのダンジョンは長いわけではないが山頂に近づくにつれ出現する魔物も強くなる。
「その2級昇格試験までの時間的な余裕はあるのか?」
「焦るほどではないけど、迂回する暇はないわね」
この山の攻略を避けることはできないようだ。別にダンジョン攻略自体は問題ではないだろう。問題は別のところにある。
「このダンジョン、観光客が入山する際はクエスターに護衛とダンジョン攻略の依頼を出す。それでその護衛費を出せる客はかなりの富裕層でな、ダンジョン間の休憩地帯にはそういう人たちを狙った野盗が多い」
「そう、観光地の割には治安が悪そうねこの山。それがどうかしたのかしら」
どうともないという顔で鞄の道具や装備の確認をするセレスタ。
「試験官として戦闘するんだろう? 余計な戦闘をする必要はないんじゃないか」
「そこらの賊の相手はあなた達に任せるわ。遅れをとるとは思えないし」
あなた達を信用していると言い残し、ダンジョンの入り口に向かうセレスタ。俺達3人はその後を追い潜入するのだった。
ローテルホルン 一合目までの道
山に生成されたダンジョンということもあってかゴーレムや怪鳥などの魔物が多い。まだ一合目までの道ということもあって魔物も弱い。
登山者が次々と高い地点を目指すようにダンジョンが誘っているのか、ただ単純に山頂の方が魔力が集まりやすくて強い魔物が生成されるのか知らない。しかし簡単だからといって五合目、六合目まで一気に進むと魔力がすっからかんになるだろう。
「今日はと何合目まで進むんだ?」
先頭の俺が相対していた岩のゴーレムを背後からボウガンで援護するライラットが尋ねてくる。彼女の矢に頭部を射抜かれたゴーレムが消滅したことを確認して返答する。
「三合目だな、そこまでなら難なく行けるはずだ」
険しい岩場を超えたり、登攀技術が必要な登山ではない。ただ途方もなく襲いかかってくる魔物を返り討ちにする戦闘力があれば初心者の登山家でも踏破可能な山だ。
「私もそのあたりで問題ないと思うわ、先頭のオスカーが効率の良いルート選択をしているお陰で消費魔力も抑えられてる」
最後尾のセレスタも同意する。旅の道中セレスタからダンジョン攻略の指南を受けていたのが功を奏している。
一合目までの道、続いて二合目までの道を突破して俺達4人は二合目の休憩地、その入り口にたどり着いた。登山者用の小屋があり、今日はそこで夜を超えることになりそうだ。
「……この先、誰かいますね。感知に引っかからないように魔力を上手く抑えていますし結構なやり手かもしれません。念の為警戒してください」
「この短期間で上手くなっているわね。あなたに教えたのがやはり正解だったわね」
列の3番目で索敵を担当していたウルフィンが小屋を指差し声を上げる。それに関心するセレスタ。
「人数は?」
ダガーと拳銃を握り戦闘体制に入ったライラックが尋ねる。
「一般人よりも抑えているのが3人。そのうち特別魔力の低い人が1人。 他にはいなさそうですし、登山者の護衛のクエスターではなさそうですね」
ローテルホルンはその全容が解明されて何十年となるダンジョンだ。近年発見された財宝があるわけでもない、一般人の護衛以外の目的で踏み入れる目的としては今の俺たちのように迂回する時間的余裕がなく超えた先に目的がある人物だろう。
「十中八九、2級昇格試験が目的の同業者でしょうね。争うことはないでしょう。武器も納めて立ち入らせてもらいましょうか」
セレスタは俺達3人を横一列に並ばせる。
「よし、誰か1人先に入りなさい。我こそはと名乗りを上げる奴は一歩前に出ること」
本当に2級試験に参加している奴なら気配を悟られないように魔力を抑えるつもりはない。こちらが戦闘の意思がなくとも向こうがそうとは限らないのだ。
それは他の2人もわかっているのか、誰1人として前に出るものはいない。
「ーーよし、オスカー。あなたに任せるわ」
……は? 俺は一歩も動いていない。なぜ名指しで指名されたのかが分からない。思わず2人を見ると、その理由がすぐにわかった。
こいつら、一歩後ずさっていた。
「お前ら……」
「素直に人柱になれよオスカー、お前が犠牲になることで私たち3人は安心が得られるんだ」
「お願いします。かっこいいところ見せてください先輩」
打ち合わせたかのように俺を嵌める2人、清々しいくらいに人の心のない発言に俺は……考えるよりも前に手が出た、足も出た。
20歳を超えた3人が殴り合いの喧嘩をした。それはもう、声をあげて情けなく。全員曲がりなりにもクエスターとして体を動かしているので拳には体重がなっているし、蹴りは腰が入っている。
全員が二、三発ほど傷を負ったところで小屋の扉が開き、1人の長い煙管を手にした男の声が響いた。
「お前らが俺達に敵意がないことは分かったから早く入れ」
先に小屋の中にいたのは、流雲組の構成員3人。2人の男と彼らが「頭」「姐さん」と慕う女性。流雲組の長であり、俺達の予想通り2級昇格試験に向かうためにローテルホルンを登っているらしい。
「こんなとこで1級の方にお会いするやなんて、思うてまへんでしたわ」
話し方にクセがある女性、名前はチエ・フカミ。東方の国の出身らしい。連れの男性2人はそれぞれ、サンダユウ・アジマとエイジ・サイカワ。クエスターとしてはそれぞれ4級と5級らしい。
3人の特徴としては、服装が着物を着ており涼しそうを通り越して寒そうな服装をしている。この辺りでは見かけない衣服のため印象に残るのだが、何より目を引くのは身長ほどもある長い煙管だろう。ライラットの持っていたものよりも長いだけでなく、雁首には刃物がついており刺突武器にもなっているのだろうか。
「つい先日までご依頼を受けてまして、試験のための出立が少し遅れましたんや」
「そうですか、しかし他の2人は? あなたほどの実力者ならば護衛なんて必要なさそうに見えますが」
「エルミナスでも1件、依頼を受けておりましてな。うちが試験を受けております間、その仕事はアジマとサイカワの二人に任せるつもりです。4番手と5番手にあたる者で、どちらも信頼のおける人達ですさかい」
確かにエルミナスは普段、簡単に人が立ち入れないとは聞く。それこそ外部からクエスターは試験の関係者とその随伴者しか行き来できないほどだ。理由は単純に1級クエスターが2人駐在しており、漏れてはならない情報があるためらしい。転移腕輪で入ることもできず陸路で入るしかない。
ただ一般人がいないわけではない。強大な力を持つ1級が数人いるということは、生活する上で魔族や魔物による脅威から守られて安全性が高いということでもある。そのためエルミナスに家を構える者は資産家や、企業の重役の家族などだ。金銭的に豊かな人物が多額の移住費を払ってでも安全と安心を購入している。
ただ街への行き来の制限が緩くなるこの時期は外部から受験と同時に依頼を受けたクエスターが入る時期でもある。
そしてエルミナスに駐在する1級もクエスターから守ることは厳しくなる。運営に回るため街の監視にも限界があるからだ。
そのため住人は暗殺や、誘拐などの依頼を受けたクエスターから身を守るために同じく試験を受けるクエスターに警護を依頼したり、期間の間だけ街の外に避難したりと対策するようだ。
「セレスタさんがギルドを立てはって、弟子を取ってはるいう話はうちも聞いてましたけど、三人もいてはるとは思いませんでしたわ。それに、どの子も若いのにようできたはるようですね」
フカミさんは俺達3人を見て微笑みながら返す。
「私の脇を固めるにはまだ力不足ですけどね。ただ伸び代はありますよ、思っていたよりも器用で覚えがいい。者によっては飛び級になりますが、次回かその次の4級昇格の試験には出してみてもいいでしょう」
それから数分話していた。内容としては最近幅を利かせているという人身売買組織の話や、魔人の出現の増加などで依頼が増えていることだった。
「うちら、本日中に四号目までの到着を目指してますんで、そろそろこのあたりで失礼させてもらいますな」
フカミさんはそう言い残すと2人を連れて小屋を後にしたのだった。3人が次のダンジョンに侵入したのを確認したセレスタは扉を閉めて俺達に机につくように指示したのだった。




