23 魔人の貴族
それから採寸を終わらせてからいくつか希望を聞かれてから十数時間、白紙事業所の制服が完成した。
膝丈の白いコート。胸元にはロゴが刻まれていた。セレスタのデザインらしいがいつ考えていたのだろうか。
「あなた達、意外と様になっているじゃない」
セレスタが姿を現す。彼女は俺たちの物とは違い白いローブに身を包んでいた。それに加えてつばの広い円錐形の帽子を被っていた。
「なんか師匠だけ違わないか? 言っちゃあなんだが、クエスターというよりかは昔の魔法使いだな、魔女ってやつ」
「確かクエスターが一般化する以前の魔法を扱う物の総称ですよね」
「ちょっと古臭いな」
三者三様の感想を述べる俺達。300年生きているんだ価値観が違うのも無理はないか。
「それだけ魔法が一般的になったということよ。今の時代に人を指差して魔法使いなんて言わないんだから、それにしても1級の肩書きも捨てた物じゃないわね。ここまで上等なものを仕立ててくれるなんて」
生地を撫でてその質に舌を巻くセレスタ。これほどいいものをもらっていいのかとベールに尋ねる。
「その生地は私たちの製品の中でも熱や衝撃、裂傷に強いものです。1級のものは特にいいものを選んで作っています。他の3人のは品質としては数段劣りますが……それが分からないほど世間知らずでもないでしょう」
なんらかの理由で死亡した際に奪われるのを防ぐためだろう。工場も客であるクエスターを品定めしている。
「身体の動作を阻むことがなく様々な外傷から身を守ることができますが、過信はしないで下さい。あなた方の受ける依頼がどれほどのものかは存じませんが、貴族の魔人の攻撃に対しての保証はできかねますので」
「分かっているわよ。何回負けたと思っているの」
むかし貴族の領土に不用意に足を踏み込み死にかけたと言っていたな。これまで何度か彼女が戦っている姿を見たことがあるが、その度に俺達2級以下とは格が違うことを思い知らされている。
「前も聞いたが師匠も負けたことはあるのか」
「当たり前でしょ……研鑽する過程で人間には数え切れないくらい負けているわ。そうねぇ、3級になって以降だと、人間相手に3回。貴族を含む魔人には4回負けているわ。それでその4回は全部死にかけた」
「差し支えなければその魔人について教えていただけますか?」
「夭逝妖精のサルヴェリオン、蒼白海のバル=ゼリオス、次裂破のリムナス。のこり一人は放浪魔人ね、領地を持たない異端な魔人」
名前を挙げられても分からないが、ベールはサルヴェリンという名前の魔人に反応した。
「サルヴェリオンといえば人類の最西端の国のそばに領地を持つ貴族ですよね」
「付近の都市とよろしくやっているらしいわね。20年ほど前に人類との共存を名乗り出た魔人、人類から物資と人をやる代わりに西からくる他の魔人や魔物の侵入を防ぐ都市を作っているのだとか」
「当時の代表が魔人に対して宥和的でしたからね。機会を狙っていたのはありそうです。それにしては譲歩しすぎているような気がしますが……事実その都市がサルヴェリオンの傘に守られているのは事実です」
「あの貴族の扱う魔法『夭逝妖精』は運用する上で人類のそばにいるのが都合がいいから。遅かれ早かれこうなるとは思っていたけど、確かその都市の名前を……リザンだったわね。案の定若者の数が減っていて高齢化が深刻らしいわ」
ベールは仕事に戻ると言い残しその部屋を後にした。残された俺達がサルヴェリオンという貴族の魔人に興味を持つのはさほど変な話ではないだろう。
「……その貴族支配について、リザンの代表の一時の過ちとはいえ自業自得と切り捨てるには大問題だろ。1級ともなれば貴族の討伐依頼も来ているんじゃないのか?」
「それが来てないのよ。人類としてはサルヴェリオンが西部の憂いをなくしているのは事実だし、他の貴族もあれと対立するのは毛嫌いするほど力がある。あれは話が分かるだけ他の魔人よりマシよ。性根は腐ってるけど」
ため息を吐きつつ答えるセレスタ。そんな彼女に再び質問を投げかけたのはライラットだった。
「さらっと流したが魔人に異名や名前はあるんだな」
「えぇ、あれほどの力を持っているのだから魔人とは言えど個別に識別する必要はあるんでしょうね。異名は各々が専門としている魔法よ。夭逝妖精も白海も次裂破もどれも強力な魔法で人類は完全に再現できていないわ」
「完全に、って含みのある言い方だな」
「前2つはともかく、次裂破はそれに近しい魔法を人類はものにしているわ。収納魔法って言うんだけど」
セレスタは生み出した魔法陣に腕を入れ杖を引っ張り出して続ける。
「この魔法は異空間に自身だけの倉庫を作り、物の出し入れを行う魔法。この魔法の倉庫の出入り口は一つだけだけど、次裂破の倉庫は出入り口は複数、その上生物が異空間に侵入もできる。任意の地点に出ることで側から見たら瞬間移動しているように見せることができるわ」
次裂破と収納魔法は近しいだけで本質は異なるという。むしろ次裂破から収納魔法を編み出した偉業を褒め称えるべきらしい。
そもそも収納魔法ですら、日常の運送から軍の兵站まであらゆる物流の根本を覆した魔法なのだ。それが下位互換に成り下がるほどの魔法という点で貴族はレベルが違う。
「よく師匠は生き残ってたな」
「当時はすでに2級だったしね。貴族相手に生き残るなら3級相当の実力があればいけるわよ。だから……まぁ、あなた達3人には最低でも4級にはなってもらうわよ。自分の面倒は自分で見てほしいし」
正直、4級というのも比較はない壁ではあるのだが、セレスタと旅を始めてから自分の実力が伸びているのは実感している。ウルフィンも日々新しい魔法を習得している。ウルフィンは魔法を使えない状態で6級ならば4級になるのに大した時間はかからないだろう。
「当面の目標はそこなんだけど。みんな実力も才能もあるしさほど遠い話ではないでしょう」
「……それはいいとして、将来貴族と戦闘が起きた時に俺たちは勝てるのか」
「私一人と貴族一体が大体同じくらい。それなりの戦力の4級が3人もいればまぁ、大丈夫でしょう……多分」
「端切れが悪いですね……」
不安げなウルフィン、頭の後ろで手を組んだセレスタがいい加減な態度で応える。
「だってぇ、私が外に行かなかった間に多分貴族も強くなってるんだもん。他の奴はともかくサルヴェリオンはそれなりに力つけてそうだし。私一人だと厳しいかなぁって」
「……今までの話だとそのサル……なんちゃらとは戦闘になるとは思えないんだが。私の勘違いか? 未開の地に行くにしても明らかに貴族の領土である西である必要はないだろ」
「いくつか理由はあるけど……西部は平原が広がっていて動きやすいのよ。南部の海も東部の森林地帯も北部の山岳地帯も超えるのは骨が折れるのよ」
「他に理由があるのか? 隠さずに教えてくれ」
俺が尋ねる。もったいぶらないで教えてほしいんだが。セレスタは俺たちに視線を合わせようとはしない、そんなに言いずらいのか。
「あなた達3人を最終テストとしてサルヴェリオンにぶつけるわ」
「は?」 「え?」 「うん?」
思いもよらぬ発言に対しての俺たちの反応は何ら変なものではないのだろう。




